第7話 当てたくて当てたくて震える

 週が明けて月曜日。僕は新しい仕事場へ足を踏み入れた。


「ようこそ高橋クン、合同会社フルッティ・ディ・マレ本社ビルへ!」


 出迎えてくれたのは釘崎。なぜかとても偉そうで、漫画に出てくるような金持ちの社長さんみたいな口調で話しかけてくる。

 

 いや、実質的に釘崎はこの会社の社長なんだけど。

 

「本社ビルって、ただのマンションの一室じゃないか」


「そうとも言う。とりあえず本社って言っておけば大きい会社っぽく見えるじゃん? 見栄ってやつ?」


「なんだそりゃ……」


 釘崎特有の調子の外れた明るい雰囲気は相変わらずだ。大学を出てから10年近く経つけれども、性格面ではあまり変化していない。


「とりあえず入って入って。社員を紹介するからさ」


「う、うん……」


 僕は玄関で靴を脱ぎ、奥の部屋へ案内される。

 会社の事務所用に借りた物件だが、中身は家族向けの賃貸マンションだ。僕と葉月が住んでいるところよりも綺麗で部屋が多い。

 

 事務所とは言いつつ釘崎が生活している部屋もあるので、その部屋だけは固く鍵がかかっていた。


「ここは入っちゃ駄目だからね? 絶対に」


「わ、わかったよ。約束します」


「よろしい」


「ところで、改めて聞くんだけど、この会社って何をやってる会社なの?」


 僕は念の為釘崎へもう一度会社のことについて質問をする。

 この間ばったりあったときに一杯飲んだのだが、その時は釘崎が酔っ払ってしまっていた。彼女は酔っ払うと笑い上戸で手がつけられなくなるので、あのとき言っていたことが果たして本当なのかもわからなくなるのだ。

 

 改めて会社について聞いておかないと、後々大変な思いをしてしまうかもしれない。苦労を重ねた僕なりの防衛本能みたいなものだ。


「この間も言ったけど、北海道の海の幸を仕入れて販売するってことをやってるんだ。本来なら漁師さんとか仲買人のもとへ直接出向かないと買えないような新鮮な魚介類を、インターネットで販売する感じ」


「おお、案外ちゃんとビジネスしてる……」


「そりゃあ一応社長ですから。最近知名度も上がってきてて、売上も悪くないよ」


「なるほど。それは後で財務諸表を見させてもらおうかな」


 釘崎は得意気な顔をしていた。彼女は水産学部出身なので海の幸には詳しい。それにこの明るい性格なら、漁師さんとか仲買人とすぐに仲良くなって取引ができるだろう。

 案外、社長というのは釘崎にとって天職なのかもしれない。


 ちなみに社名の『フルッティ・ディ・マレ』はイタリア語で『海の幸』という意味なのだとか。そこはあまりひねりがないなと思ったけれど、こういうのは響きとか見た目、それっぽい理由があることが重要なのだと釘崎は言う。


 とりあえず思いついた単語をグーグル翻訳にツッコんで、良さげな響きの言語にならないかひたすら探すという釘崎の姿は容易に思い浮かんだ。

 

 リビングルームもとい執務室に入ると、そこにはデスクやパソコン、OA機器やファイル類などところ狭しと並んでいる。ちょっと片付けが行き届いていないのは、やっぱり釘崎の会社だからだろう。

 

 部屋の奥の方で座り心地の良さそうなゲーミングに腰をかけながら、周りの音を遮断するかのようにヘッドフォンをつけて作業をしている若い男性がいた。

 黙々とパソコンに向かい、何やらコードを打ち込んでプログラミングをしているようだ。


羽山はやま! はーやーまっ!」


「な、なんですかいきなり……」


「ほら、この間言ってた新しいメンバーだよ」


 釘崎から羽山と呼ばれた彼はヘッドフォンを取って僕の方を向く。

 細身で色白、背はそれほど高い方ではなさそうだが、目つきは少し鋭い。最近流行の丸いレンズのメガネをかけていて、レンズ越しに僕のことを睨みつけた。


「ど、どうも。高橋一太郎です。これからお世話になります。よろしくお願いします!」


 僕は一瞬彼の目つきに怯んでしまったが、とにかく初対面のときは第一印象が大切ということで丁寧に挨拶をした。

 すると羽山と呼ばれた彼は、かなり怪訝な表情で僕に一言だけ言う。


「……よろしく」


 とても無愛想な挨拶だった。それを見かねた釘崎が、すぐさまフォローを入れる。


「んもー、羽山はいつもそう。もうちょっと社交的になりなさいって昔から言ってるのに……」


「……すいません」


 彼は少しだけ頭を下げて、またヘッドフォンをつけ直してプログラミングを再開してしまった。

 察するに、それほど人付き合いが上手なタイプではないのだろう。


「ごめんね高橋、この子は羽山はやま聖也せいや。私が昔勤めてた会社の同期で、ウチの技術的なことをやってもらってる」


「そうなんだ。確かにものすごいスピードでコードを打ち込んでるもんね」


「もうシステムエンジニアとしては一級品だと思うよ。だから私は結構頼りにしてるんだ」


 どことなく嬉しそうな表情を釘崎は浮かべる。

 会社を起こすにあたって、彼は釘崎についてきた唯一の人。お互い、それなりに思うところがあるのかもしれない。

 ただ、今の僕には何もわからないので、ここはとにかく仕事に集中するようにしよう。


「それじゃ、高橋の席を案内するね。羽山が物音を結構嫌うから、ちょっと遠くて申し訳ないけどあっちの席に座ってもらえるかな」


「わかった。とりあえず椅子と机があれば助かるよ」


「パソコンは後で支給するね。文具とかそのへんは適当に買い揃えてくれれば立て替えるから」


「りょーかい」


 僕は釘崎に支持されたとおり、羽山の机から離れた場所にある席へと向かった。

 まだ誰も使っていないまっさらな机、そして真新しい椅子。とりあえずその椅子に腰をかけて一息つくと、なんの気無しに僕は机についている引き出しを開けた。


 すると、その中にはとある家電製品が入っていた。

 グレーの色をしたこけしのような形状で、電源を入れると振動するもの。肩こりや首こりを緩和するときに使う、電動マッサージ機だ。


「……あれ? これは一体……?」


「あー!!! 片付けるの忘れてたー!!! それはだめー!!!!」


 その電動マッサージ機を手に取った瞬間、釘崎に突き飛ばされた。


 そうして僕は察知する。

 こいつ、ここでナニしてるんだ……? と。

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