第二部 札幌編
第1話 冬の朝
ふと目が覚めた。
カーテンの隙間から朝日が差し込む部屋。オンタイマーをセットしていたので、1時間ほど前からファンヒーターの風切り音だけがこの部屋に響いていた。
先日買ったばかりのクイーンサイズベッド。その上に転がっていた僕は、冬用のふかふかした羽毛布団にくるまってつい先程まで寝ていたらしい。
人肌よりも少し高い温度に触れている感覚があって、ぬくぬくとして心地よい。目を閉じれば、もう一度眠りにつけそうなそんな気持ちの良い朝だ。
「……ふふっ、やっと起きた」
同じ布団の中、隣で一緒に寝ていた葉月がいたずらっぽい顔をしながら僕にささやく。
「あれ……、葉月、もう起きてたの?」
「ほんのちょっとだけ一太郎より早く起きてた。案外可愛い寝顔してるんだなって」
「そ、そんなところをまじまじと見ないでよ……! 恥ずかしいじゃないか」
「いいじゃん別にー。そんな減るもんじゃないしー」
葉月はわざとらしくふくれ面を見せつける。多分この顔のほうが、僕の寝顔より数億倍可愛い。
「昨夜はあんなに激しかったから、ちょっと寝顔が可愛いっていうギャップがあっていいなーって」
「なっ……」
僕は思わず赤面する。
そういえばそうだった。頭が冴えてきてやっと気づいたけど、今の自分と葉月は一糸まとわぬ姿なのだ。
それもそのはず。昨夜もなんやかんや、葉月と何度も身体を重ねたあと、そのまま眠りについてしまったのだから。
「一太郎って序盤優しい感じだけど、終盤ここぞってときに男を見せるよね。うんうん」
「なに一人で納得してるのさ。……そりゃ、夢中になっちゃうから仕方がないじゃないか」
「ふーん、それってつまり、私でちゃんと興奮してくれるってこと?」
「そ、そうだよ……」
嘘をつくことが苦手な僕は、恥ずかしさをこらえながらそう答える。
葉月の容姿は間違いなく魅力的だし、肌や唇、恥ずかしい所が触れ合った感覚は、これまでの誰よりも心地よい。
……まあ、誰かと比べるほど経験値が高いわけではないけれど。
そんな葉月相手に興奮しないわけがない。普段は理性で抑えていても、我慢をする理由がなくなってしまえば僕だって獣のようになりうる。
「ふーん。でも、そういうの結構嬉しいかも」
「そうなの? AV女優をやっていたときなら、もっと多くの人が興奮してくれていたと思うけど」
「それとこれとは別なの。仕事とプライベートは一緒くたにしないのが私の主義」
「ははは、確かにそうだね。ごめんごめん」
まったくもう、と言いたげに葉月は軽くそっぽを向く。でも、それは全然嫌がっている感じではない。
会話のキャッチボールがどんどん上手くできるようになってきて、多少懐の深いところへ投げ込んでも大丈夫という、暗黙の了解みたいなものが僕ら二人の間には出来始めていた。
不意に、布団の中で葉月が足を絡めてきた。少し僕より体温が低く、すべすべとしている。
身体へのケアを欠かさなかった葉月だからこそ、こんなにも絹のような肌を保っているのだなと僕は一人で納得していた。
足が絡んだのをきっかけに、僕と葉月の距離はまた近づく。
お互いの額がくっつく。目の前には葉月の綺麗な瞳がある。化粧は落としているはずなのに、まつ毛は長くて潤っていた。
「……今、何時だっけ」
「さっき時計を見たけど、9時半くらい。一太郎、今日は仕事休みだよね」
「うん。葉月は……?」
「午前中だけ休みにしちゃった」
葉月は悪びれる様子もなくそう言う。
この街――北海道札幌市へ引っ越してきてから、彼女は昔の知り合いと一緒にフォトスタジオをやることにした。葉月はヘアメイクや雑務担当、知り合いさんはカメラマンという役割らしい。
休みにしちゃったと葉月が言うということは、相方のカメラマンさんはスタジオではなく外回りで写真を撮りに行っているのだろう。そうなると、葉月は事務仕事をこなすだけ。午前中だけ休みにしちゃったという言葉の背景がなんとなくわかってくる。
つまり、仕事を後回しにしてでも僕ともう少しいちゃいちゃしていたいということだ。
もちろんそんな葉月の要望を僕が拒むわけがない。前妻からの仕打ちを受けて女性恐怖症になっていた僕を葉月は救ってくれたのだ。
全てが終わりだと思った日々。これから先の人生は実質的に余生みたいなものだと下を向いていた僕にとって、葉月は確かに輝いている一つの希望なのだ。
「葉月」
「なあに?」
「キスしていい?」
「嫌だって言ったら?」
いたずらっ子のように葉月は焦らそうとする。でもそれすら僕には心地が良い。
「嫌って言われてもする」
「うわー、デリカシーないやつだ」
「よく言うよ、本当に」
「ふふっ、よく言われる」
お互いに少し笑う。そして、吸い寄せられるように僕は葉月と唇を重ねた。
柔らかくて湿った触感。身体が甘く痺れるような感覚に、僕のボルテージは上がってくる。
いつの間にか葉月と舌先の追いかけっこをしていて、気がつけば空いていた両手は彼女の身体を撫で回していた。
「へへっ……、気持ちいい。優しく触ってくれるの、好き」
葉月も上気していて、その表情はとろけかけていた。その無防備な姿を見ると、だんだん僕が僕自身にかけていたブレーキが外れていく。
「……濡れてる。もういい?」
「いいけど……、もうちょっと焦らしてくれてもいいんだよ?」
「無理。我慢できない」
「仕方がないなあ。じゃあそのかわり、目一杯愛してよ」
僕はその後、もう返事をしたかどうかも覚えていない。
気がつけば、お菓子の空缶に保管していたコンドームが一つ減っていた。
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ご無沙汰しております、水卜みうです。
カクヨムコンテスト9が始まりました。前回落選した本作ですが、開催期間中に不定期ですが続編を書いていこうかなと思います。
のんびり更新ですがお付き合い頂ければ幸いです。
そういえば、何処かの誰かさんのカクヨムコンテスト8特別賞受賞作
「バンドをクビにされた僕と推しJKの青春リライト」
URL https://kakuyomu.jp/works/16817330647793094782
が12/28に角川スニーカー文庫さんから発売されます
予約受付開始しているので、よかったら買ったください
よろしくお願いします
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