第41話 ピアス
さすがに僕も葉月も10代の頃のような勢いはなかった。
時間いっぱいセックスに明け暮れるかと思っていたけれど、気づいてみたら触れ合ったり会話をしているだけの時間のほうが長くなっていた。
もともと僕がそれほどがっつくタイプでもないし、葉月も案外のんびりな方が好きだと言う。意外なところで僕ら2人は波長が合うみたいだ。
これはこれで良い楽しみ方なのかなと思う。体力任せで単純に快楽を求めるのもありだろうし、そこまでに至る過程とかその後のこととか、ひとつの物語みたいなセックスというものもあるのだなと改めて感じた。
おそらく昔の僕では、こんな結論にたどり着くことさえ出来なかった。
葉月が僕を内面から大きく変えてくれたのだ。彼女なしでの人生というのは、既に考えられなくなっている。
できることならば命が尽きる最後の瞬間まで、桜庭葉月とともに過ごせたらなんて思う。
そんなことがぼんやりと思い浮かんでいて、すっかり今の僕は心も身体も満たされていた。
「あっ、そうだ」
ベッドの上で横になりながら抱き合っていると、葉月が突然何かを思いついたらしい。
「どうしたの?」
「今のうちにピアスホールあけようかなって」
「え? 今あけちゃうの?」
「うん。……ほら、タイミングいいじゃん?」
僕は首をかしげる。
なんのタイミングなのだろう。ピアスホールをあけるくらい、自宅でもできることだ。わざわざ事後にやらなくてもいい。
「……もう、『はじめて記念』ってことだよ」
「き、記念にピアスホールあけちゃうの?」
「うん。そしたら、ピアスを見るたびに今日のことを思い出せるかなって。なんなら、一太郎があけてくれてもいいよ?」
「僕が? それはちょっと……」
ピアスホールをあけるということは、身体に針を刺す行為にほかならない。
葉月が良いとは言うものの、彼女の身体に傷をつけることに僕は躊躇する。
「さっきまで人の身体に棒を突っ込んでガンガン突いてきたクセにビビらないの」
「言い方よ」
「私は一太郎にあけてほしいなって思ってるよ。――好きな人にはじめてを捧げたいってよく言うけど、私はもう処女てもなんでもないから。せめて、まっさらな右耳にあけてくれたらなって」
葉月は珍しく恥ずかしさを言葉に込めてそう言う。
そんな気持ちの入った言葉を聞かされてしまったら、僕は断るに断われなかった。
「わ、わかったよ。でも、それなら僕からもひとつお願いがある」
「なあに?」
「さっき葉月が買ったピアッサー、両耳用だよね?」
「そうだよ。2回分の針がついてる」
ピアッサーに詳しくない僕は、その事実を確認したかった。なぜそんなことを訊いたかというのには、きちんと理由がある。
「……もうひとつの穴を、僕の耳にあけてほしい」
「な、何言ってんの……。一太郎、ピアス苦手だって言ってたじゃん」
僕がそんなことを言うなんて思いもしなかったのか、葉月は動揺する。
「でもあけたいんだ。理由は葉月とだいたい同じ。分けられるものがあるんだから、そのひと組のピアスを2人で共有したいなって思ったんだ」
「……さっきのピアス、男物じゃないよ? ピアスつけたらお仕事に支障出ない?」
「シンプルな見た目だから大丈夫だよ。葉月と同じものをつけていられるなら、たとえ派手なものでも僕はつけたいなって思う」
「…………ばか」
観念したのか、葉月はそれ以上何も言わなかった。
いつもは葉月のほうが僕のことをからかっている。だから今みたいに僕に上手を取られたのが少し気に食わなかったのかもしれない。
てっきり拗ねるかと思っていたけれど、状況が状況だからか葉月はびっくりするぐらい素直だった。
先程購入したピアッサーを取り出すと、葉月は僕に手渡してきた。
使ったことのない僕は、とにかく取扱説明書を読み込む。
「一太郎って、説明書めっちゃ読み込むタイプ?」
「うん……。特にこういう一発勝負みたいな道具のときは特にね」
「性格出るよねー。私はだいたい要領がわかったらすぐに実行しちゃう。ガサツだよねー私」
「そんなことないよ。その行動力はちょっと羨ましい」
使用方法をきっちり読み込んだ僕は、ピアッサーを葉月のまっさらな右耳に当てがう。
喉元過ぎれば熱さを忘れる。こういうのは思い切りの良さが肝心。
「じゃあ……、いくよ?」
「……うん。来て」
あっさりとピアスホールがあいてしまった。
そのために特化した道具であるから、負荷がかからないのは当たり前だけど、僕は気を張っていたせいかすっかり拍子抜けだ。
攻守交代して今度は僕の右耳に人生初のピアスホールがあけられる。
痛みは確かにあるけれど、同じものを葉月と共有出来ていると思うと、むしろ心地よく感じられた。
「痛くない? 私、初めてあけたとき場所が悪かったのか結構痛い思いをしたんだよね」
「大丈夫大丈夫。葉月が上手にあけてくれたおかげだよ」
「……もう。お世辞を言うならもうちょっと上手になってもらいたいんだけど?」
「ははは、違いない」
そう言われて不思議と悪い気持ちはしなかった。葉月と同じ傷を共有しているという事実が、僕はたまらなく嬉しかった。
興奮したり緊張したりと慌ただしかったので、ふとした瞬間に僕はのどが乾いていることに気がついた。
部屋の冷蔵庫に備え付けてあるサービスのミネラルウォーターのペットボトルを開けると、2つ用意されているグラスの片方にそれを注ぐ。
「飲む?」
「うん」
もうひとつのグラスに水を注いで、僕はそれを葉月へ手渡す。
彼女ものどが乾いてしまっていたのか、手渡すなりグビグビと飲み干した。
空になったグラスを僕は葉月から受け取ると、自分の分と合わせてローテーブルに置く。
なんとなく時計を見ると、思っていたよりも時間が経っていた。そろそろチェックアウトをしないと、休憩料金が宿泊料金に切り替わりそうな時刻。
もう1度シャワーでも浴びて、さっぱりしてから家に帰ろうなんて僕は考える。
するとそんな僕の動きを察知したのか、葉月は急に僕の手を握る。
「葉月?」
「あのね一太郎……、その……」
彼女はこれ以上ないぐらいに端切れ悪く言葉を発する。
いつもの葉月とは様子が違いすぎて、一瞬僕は不安になる。
「どうしたの?」
「えっと……、その、一太郎が良ければでいいんだけど……」
「なに? 遠慮しなくていいから言ってみなよ」
「も、もう一回、シたいなって……」
顔を真っ赤にしながらそう言う葉月を見て、僕もつられて顔が赤くなる。
男心とは単純なもので、たったそれだけの言葉で臨戦態勢に復帰してしまうのだ。
「……葉月、それは反則」
「へへっ、じゃあ延長決定だね」
「あっ、でも、もう備え付けのゴムが……」
「まあそこは……、一太郎の裁量で」
僕は「参ったなあ」とわざとらしく言う。
そんな僕の困った顔が、葉月は大の好物らしい。
ルームサービスで追加のコンドームをオーダーすることも出来る。でも僕も葉月もこの瞬間を無駄にしたくなかったので、そんなことなど全く考えてはいなかった。
ベッドに腰掛けている僕の太ももの上に、彼女はゆっくりと跨がってきた。お互いに抱き合って向かい合うと、葉月はしっとりとした唇で僕の口を塞いだ。
身体と心を求め合い、疲れたら眠るを繰り返す幸せなひととき。
最後に目覚めたときはもう明け方になっていて、外に出ると雪がちらついていたのを僕はしっかりと覚えている。
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