第39話 誕生石
僕の冬物のアウターはあっという間に選び終わった。気がついたら葉月の手を握る反対側の手には、ブレストコートの入った紙袋が握られている。
葉月いわく、ちょっとビジネスカジュアルっぽいコートのほうが僕には似合うらしい。
「思ったより似合っててびっくりしちゃった。やっぱり上背があるとコートが似合うね」
「そ、そうかなあ。あんまり服を着て似合うなんて言われたことないから、ちょっと恥ずかしいかも」
「一太郎に似合う服の選び方はさっき教えたとおりだから、次何か買うときに参考にしてよ。私がいなくてもカッコいい服が選べるようにね」
「ぜ、善処します……。でも、僕ひとりで服を買いに来ることもないかも。葉月にアドバイス貰いながらのほうが間違いないし」
葉月は「そうだね」と言う。
これからはずっと葉月と一緒になるはずで、彼女の表情も笑っているのに、どうしてかその「そうだね」は乾いたセリフのように聞こえた。
はっきりと肯定したのに、どこか触れたら消えてしまいそうな、そんなニュアンスを含んでいたのだ。
僕の気にしすぎかなと思った。
今までよりも葉月に近づけるようになった分、逆に葉月のほうがまだ戸惑っているのだろうと、その時の僕は勝手に解釈していた。
ショッピングモールを歩きながら今度は葉月の服を選ぶことにした。ああでもないこうでもないと色々なお店をはしごして、葉月らしいコーディネートが出来上がっていく。
おしゃれに精通している人は、そもそも衣服に対する思考回路が違うのだなと、服を選ぶ葉月を見ながらそう思った。
「どう? 似合う?」
「似合う似合う。全部僕のツボをしっかり突いてるよ」
「んもー、褒め方が雑すぎる。そんなんじゃ女の子が心変わりしちゃうよ? モテなくなるよ?」
「はいはい。別にモテなくてもいいよ。葉月に嫌われないように努力します」
そう言うと、葉月は何も返事をしなかった。
彼女の表情は曇っていないので、僕が悪いことを言ってしまったわけではなさそうだ。多分、ちょっと会話の間が悪かっただけだろう。
葉月の服が入った紙袋を追加で右手に握り、ショッピングモールをさらに練り歩く。
ふと、ハンドメイド雑貨の催し物が開かれている広場で葉月の足が止まった。
「ねえ、ちょっと覗いてみてもいい?」
「もちろん」
「こういうの好きなんだよねー。一品ものって感じ? 値段じゃなくて、他のどこでも手に入らないのが良いよね」
葉月は吸い込まれるようにハンドメイド雑貨の並ぶ通りを歩いていく。
アクセサリーや小物、出品者によっては衣服やかばんまで様々な物が陳列されている。これらすべてが趣味の人たちによる手作りであることを考えると、ものすごいクオリティだ。
とあるブースの前で葉月はなにかに惹かれたのか視線が釘付けになる。僕は彼女の視線の先を追うと、そこにはひと組のピアスがあった。
デザインはシンプルで丸型。小さな粒状のガラス玉のように見えるそれは、ライムグリーンのような色を帯びていた。
まるで葉月の誕生石である、ペリドットのよう。
「そのピアスが気になってるの?」
「うん。いい色だなーって。でもしばらくピアスなんてつけてないから、またピアスホールあけるの面倒だなって思っちゃって」
「あー、しばらく放っておくと塞がっちゃうんだっけ。またあけるのは痛そうだね」
「しかも片耳しかあけてないしね。両耳につけるとなると、もう1箇所新しくあけないと」
葉月はやんちゃしていた高校時代にピアスホールをあけたらしい。少しだけピアッサーに恐怖心があったのか、その時は左耳だけあけたのだとか。
度々ピアスをつけることはあったものの、地元に帰ってきてからは放ったらかしのようで、すっかり穴は塞がって目立たなくなっていた。
ちなみに僕は全くピアスホールなどあけたことはない。見るからに痛そうだし、僕自身ピアスをつけるようなキャラでもない。ピアスというものが別世界の物のような感覚すらある。
「まあでも、一期一会ってことでせっかくだから買おうかな。気が向いたらピアッサーであければいいだけだし」
「そんなに気軽にピアスホールあけちゃうんだ……」
「耳だったら一太郎の思っているほど痛くないよ。舌とか鼻とかは知らないけど」
「舌……? そんなところにまでピアスつけるの……?」
葉月はそういう人も見たことあるよと、まるで僕をからかうかのように言う。
僕にとってそういうのは縁がなさすぎて、ファンタジーの中に巻き込まれたみたいな感覚になる。
仕事上服装はきっちりしていたほうが好まれるので、もし僕がピアスをあけたとしてもつける機会はほぼ無い。それでも葉月がそういうならば、ちょっと気になったりもする。
「一太郎もピアスつける?」
「い、いや、さすがに遠慮しておこうかな……。キャラに合わないし」
「ふふっ、意外と似合うと思うけど?」
「それはダウト」
そんなことないよと葉月は言うが、やっぱり本気でそう言っているようには見えない。いつものいたずらっぽい表情をしていた。
彼女はペリドットのようなそのピアスを購入すると、その足でショッピングモール内にある化粧品売り場へ向かった。
買ったのはもちろんピアッサー。ひとつで両耳ぶんのピアスホールをあけられるタイプのもので、針の鋭さに僕は終始ビビりっぱなしだった。自分があけるわけでもないのに。
買いたいものを買って、カフェで軽くお茶をした僕と葉月は、車に乗って自宅へ帰ることにした。
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