第4話 エラい

 その夜、タクシーで自宅にたどり着いた僕は、とりあえずひとっ風呂浴びた。

 寝間着に着替えた僕は、すぐさま両親が寝静まったことを確認する。


 やることはもちろん決まっている。さっき教えてもらった葉月の出演作を観ることだ。


 自室にこもり、愛用のノートパソコンの電源を入れる。

 パスワードを求められる画面が出てくるので、身体に染み付いた動きでスラスラと入力すると、いつものデスクトップが現れた。


 インターネットの接続状況を確認すると、僕のマシンは自宅の無線LANをバッチリ捉えている。電波強度も良好だ。


 ブラウザのアイコンをダブルクリックするか、タスクバーに固定されているアイコンをシングルクリックするか少しだけ悩んで、結局手数の少ないタスクバーのアイコンをクリックする。

 開いたウインドウには、Gから始まる超有名な検索エンジンが表示された。


 ここにFから始まるあのサイトの名前を打ち込んでもいいが、そうすると検索履歴が残る。

 検索履歴程度のものならば、あとから消すこともできるのだがそれはそれで手間だ。


 僕はなんだかんだ三十路を迎えた男だ。そんなトロくさい方法なんて取るわけがない。

 Fのサイトなど、ブックマークしていないわけがないのだ。


 ブックマークのタブを開く。しかし、その中にはFのサイトのアイコンは無い。当たり前だ、こんなわかりやすいところにそんなサイトのアイコンを置くわけがないだろう。

 ほぼ全ての男性陣なら理解してもらえると思うが、そういうサイトのブックマークは必ずと言っていいほどカモフラージュをする。


 例えば名前を変えてみたり、新しく関係のなさそうなフォルダを作ってその中に仕込んだり。

 もっと巧妙な手口として、Fのサイトへのリンクを記したウェブページを自作し、そこにワンクッションを挟んだり。


 エロが絡むと、男の知能指数というものは急激に向上する。ときには信じられない行動力も現れたりして、たかがエロと侮ってしまうとエロ……、えらい目にあう。


 僕はオーソドックスに、関係のなさそうなブックマークを集めたフォルダの中にFのサイトのアイコンを隠している。

 そこをクリックすれば、わざわざ検索履歴を汚すこともない。


 現れるFのサイト。

 もちろん、大人だけがアクセス可能であるページなので、「あなたは18歳以上ですか?」というYESかNOで答えるだけの質問が最初に表示される。


 思い出す若き日々。

 この18歳以上であるか否かの問いに対して嘘をついたとき、大した罰則があるかといえばそうではない。18歳未満の少年がうっかりYESを押してしまっても、別に命を取られたりすることはないのだ。


 それでも煩悩と戦う若き日の一太郎少年は、この問の前に立ち尽くすことが何度もあった。


 YESを押したい。しかしYESを押してしまっては、その事実が親や学校にバレるのではないかとか、高額な利用料金を請求されてしまうのではないかとか、無知ゆえの恐怖心が僕を襲った。


 今思えばバカバカしいと感じるが、当時の自分にとっては一大イベントだったのだ。


 30歳になった僕は遠慮なくYESをクリックする。この瞬間が1番大人になったなと感じられる。僕はちっぽけな大人だ。


 そうして開かれたトップページは、エロく……、えらく扇情的な女性の画像で溢れていた。

 たくさんの作品がピックアップされていたり、期間限定セールされていたり、ランキング順に並べられていたりと、商売というのはこんなにも慌ただしいものなのかと感じざるを得ない。


 僕はそんな商売っ気の強いトップページには見向きもせず、マウスカーソルを検索ワードのボックスに合わせてクリックする。


 そこに入力するのは、『新斗米あらとまいもこ』という名前。

 なんのことはない、桜庭葉月がAV女優をやっていたときの名前――いわゆる芸名だ。


 打ち込んでエンターキーを押すと、すぐに検索結果が表示される。

 黒ギャル路線で活動していたのが一発でわかるようなパッケージデザインが、サムネイルとして何本も並んでいた。


 ベスト盤やまとめ作品的なのを除くと、出演作品は5本かそこら。新斗米もこはそれほど売れっ子であったわけではなく、AV女優としては平凡であったようだった。


 とにかく観るべきはデビュー作だろう。


 僕はロックが好きだけれど、有名なロックバンドのデビューアルバムなんていうものは大概名盤なんて呼ばれる。

 世の中に新たな風を巻き起こそうと躍起になって作った作品なのだから、当たり前と言えば当たり前。


 その理屈でいけば、新斗米もこもデビュー作が肝心だと言っていいだろう。これを観なければ兎にも角にも始まらない。


 デビュー作のページを開く。

 普段ならサンプル動画をチラ見するところだが、今日はそれをしてしまうと興が削がれてしまう感じがしたので思いとどまった。

 きちんと購入してフルで視聴しよう。


 僕は右側にある価格表を見る。期間限定のストリーミング再生のみならかなり割安で、ダウンロードして買い切るようになると値段は上がる。もちろん、高画質動画となればもっと値段が上がると云うのがこのサイトのお約束。


 何も迷うことはない。僕は最高画質のダウンロード商品を選択し、すぐに購入するボタンを押した。


 しかしそこで思わぬ落とし穴。

 久しくFのサイトにアクセスしていなかったのもあって、クレジットカードの情報が古くなっていたのだ。


 せっかく気持ちが高まってきたところに変な水をさされてしまった。

 僕は財布を探してカードを取り出し、打ち間違えないように慎重すぎるぐらいの手付きで番号を入力する。

 支払いが滞りなく終わるといよいよご対面。


 ここからダウンロードとなるとまた時間がかかるので、ダウンロードしつつストリーミング再生をすることにした。


 そこでまた僕はミスを犯す。

 ノートPCから動画の音声が爆音で再生されたのだ。

 幸いオープニングのなんのことないBGMだったので事なきを得たが、これが重要なシーンであったらエロい……、えらいことになる。


 僕は深く呼吸をして、己のリズムを整える。

 慌ててはいけない。興奮が高まってきたときこそ冷静に、だ。


 そうして改めて僕は、自分のお気に入りである密閉型ヘッドホンを用意し、念には念を入れオーディオインターフェースにそれを接続した。


 最近流行りのドンシャリサウンドではなく、ロー・ミッドが暖かく出てくるという評判のヘッドホンだ。せっかくならば映像だけでなく音声も最高に近い状態で視聴したい。


 男という生き物のエロに対する行動力は、なぜかこういうときに存分に発揮される。

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