魔導兇犬録:哀しき獣

@HasumiChouji

もし、あなたなら……

 日本を一変させた富士山の噴火の前から……景気は悪かった。

 俺達のような「魔法使い」にとってだけじゃない。

 日本全体の景気が悪かったんだ。

 政治も腐ってたが……俺達は、それを見て見ぬフリをしてきた。

 気付いた時には、犯罪の被害に遭った時には警察に賄賂を渡すのが当り前、確定申告の際には、これまた税務署の役人に賄賂を渡さないと、とんでもない額の追徴金の通知が来るのが当り前になっていたが……マトモだった頃の日本を知っている古い世代さえ、いつしか、それが「普通の国」なら良く有る事だと思い込むようになっていた。

 そして……皮肉にも……首都圏が壊滅し政府が消え去ってから、日本は、どんどんマシになっていった。

 と言っても、マイナス一千万ぐらいがゼロに近付いてると云う意味だが……。

 ついでに、俺達「関東難民」は、その「マシになっていく日本」の「日本人」から除外されてるようだった。


 疲れ切って泥のように眠っていると、雇い主から渡された端末が鳴り響く。

 富士の噴火の一〇年ほど前から普及し始めた「ブンコPhone」と呼ばれるタイプの携帯電話だが……実は、Simチップは入っておらず、外部との接続を制限されてるイントラWi−Fiにしか接続出来ない。

『おまえ、いつまで寝とる気かッ⁉ 見回りの時間やろうがッ‼』

「は……はい……」

 今の雇い主が、無線LANの向こう側で怒鳴り散らしてる。

 俺はLEDタイプの懐中電灯を手に「家」を出る。

 二十年以上前に作られたらしい4畳半のプレハブの建物が並び、トイレは共同、風呂は2日に1度の……刑務所並に酷い「家」。

 いや、刑務所の方がマシか……刑務所なら台風や大雨の日でも「共同トイレ」を使うのに屋外に出なきゃいけない、なんて事だけは絶対にねえ。

 かつては……「本物の東京」有数の「魔法結社」である「薔薇十字魔導師会・神保町ロッジ」の中でもトップ5に入る「魔導師」だった俺が、今、やっている仕事は……熊本の畜産農家の下働き。

 もちろん、非正規雇用だ。

 鶏を狙う狐や狸や野良犬を敷地内に入れない為の見回りだが……疲れ切った体と寝惚け頭では、「生物の気配を察知する」程度の簡単な「魔法」さえ使えない。

 東京壊滅後に、俺のかつての所属組織も色々と有った。

 生き残った兄弟子の1人は……富士の噴火による惨状に対して何も出来なかったトラウマから、自信と共に「力」を失なった。

 組織は天才と言われた妹弟子が仕切る事になったが……俺は奴との折り合いが悪く組織を抜けた。

 その結果がコレだ。

 その妹弟子が率いる新なる「薔薇十字魔導師会・神保町ロッジ」は、関東難民用に作られた人工島「NEO TOKYO」の1つで「自警団」稼業を始め、かなりの儲けを出してるらしい。

 一方、俺は、熊本の山中で、肉体労働のその日暮し。

 今世紀の初め頃なら、外国から来た出稼ぎがやっていたような仕事だが……富士の噴火の直前には……最早、東南アジアあたりの国の中にも、1人あたりのGDPが日本を追い抜いてる国なんざゴロゴロ有った。

「一生……このままなのか……?」

 農園内の見回りをしてる間、ふと……「本物の東京」が火山灰の下に埋まる前の日々が脳裏に浮かんだ……。

 他の「魔法結社」の奴らとの……命のやりとり……。

 恐怖と爽快感の2つの理由での胸の高鳴り……。

 ああ……そうか……俺は……いつの間にかスリル中毒になってたんだ……。

 麻薬中毒や性犯罪中毒から抜けたつもりの奴が……何かの拍子に、またクスリに手を出しちまったり、痴漢をやらかしちまうように……俺も……。

 理性あたまでは……馬鹿な真似だと判っていた……。

 だが、俺は……雇い主との連絡用の携帯端末を投げ捨て……そして……。

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