第14話 氷狼の山

 北フローリオ郡に向かうためには、乗合馬車を乗り継いでいく必要がある。デシーカ宗主国の国境付近の村まで行ってから、そこから北西方向へ。乗合馬車の終点、フィオーレ村に着く頃にはすっかり辺りは暗く、冬季に入る頃ということもあって雪が降り積もっていた。

 フィオーレ村の宿屋で一泊し、翌朝、まだ日が登り始めたばかりの頃。俺達は村の裏手、フィオーレ山の登山口に来ていた。


「ここがフィオーレ山か……」


 山を見上げながら俺がつぶやくと、足元の雪を踏みながらエレンが尻尾を震わせた。隣ではロドリゴが防寒具に身を包みながら、それでもなお寒いらしく身体をガタガタ震わせている。


氷狼アイスウルフが住んでいる山ってだけあって、すごい雪ね」

「うぅっ、寒いなぁ……君達二人はいいよな、もっふもふなんだもの」


 腕をさすり、歯をガチガチと言わせながら、羨ましそうに俺とエレンを見るロドリゴだ。

 確かに俺もエレンも全身もふもふ。エレンに至っては子犬人コボルトだから人間よりも体温が高い。きっと俺より温かいだろう。

 しかし彼女も寒いは寒いようで、口を尖らせながらロドリゴに言った。


「そうは言っても、ライモンドには負けるわよ。あたしだって肉球に当たる部分は冷たいんだもの」

「おい、俺が楽だなんて思わないでくれ。冷気は入ってくるし身体は重いんだ」


 話を振られて、慌てて俺も抗弁する。確かに着ぐるみに覆われて温かいのはあるが、その反面身体に雪はまとわりついて来るし、そもそも重たい。それに環境遮断のスキルがあっても口の部分や目の隙間から風が吹き込んで、寒いは寒いのだ。

 とはいえ、ここでやいのやいの言っていても話は進まない。山をもう一度見上げながら、俺はエレンに問いかけた。


「ともあれ……氷狼アイスウルフは山裾の村にやって来ては食糧を荒らしまわると、そういうことだったか?」

「ええ。フィオーレ村、チャーニ村、イゾラ村……あちこち襲われてるそうよ」


 俺の言葉に、ロドリゴの腕の中に飛び込みながらエレンがうなずく。昨日宿屋で聞いた話では、本来なら山から降りてくることのない氷狼アイスウルフ達が、毎日のように山を降りてはフィオーレ山周辺の村に入ってきて、食糧を求めて暴れ回るのだそうだ。

 村民も自警団も、Sランクの魔物相手にどうすることも出来ず、村の食糧庫の乾パンや干し肉が奪われていくのを、ただ見ているだけしかないのだという。

 この近隣の村々にとって、氷狼アイスウルフは隣人でもある。おいそれと手出しはできないが、しかしこのままでは自分達が死ぬ、ということだろう。

 と、そこでロドリゴが山の上を見上げながら首をひねった。


「妙だね。フィオーレ山の氷狼アイスウルフ達は、『』に統率されているはずじゃなかったかい?」

「『ぬし』?」


 彼の言葉に俺は目を見開いた。:氷狼アイスウルフのような強力な魔物を統率する主、とは。

 そういえば昨日に宿屋の主人から、「主様はどうしちまったんだか……」という言葉を聞いた気もする。その時は深く突っ込むことはしなかったが、思えばあの時に話を聞いておけばよかったか。

 話を掴みかねている俺に、ロドリゴが胸元にエレンを招き入れながら笑う。


「かつての魔王、『人魔共存じんまきょうぞんの盟主』と今なお名高い神魔王ギュードリンの子の一人、『雪獣王せつじゅうおう』アンスガルの一人息子。つまりは神魔王のお孫さんさ。名を『凍牙とうが』のハルム」


 エレンで暖を取るロドリゴの言葉に、俺もようやく得心が行った。

 今の時代でも世界最強と謳われる神魔王ギュードリンの孫とあれば、その実力は充分過ぎるほどに高い。おまけに神魔王は狼の神霊だ。その系譜とあれば氷狼アイスウルフなど、むしろ向こうから恭順を示してくるだろう。

 エレンがギュードリン自治区の冒険者として人間界の味方をするように、ギュードリンの子ども達も基本的に人間の味方だ。自分の任された土地とそこに生きる魔物、そしてその土地の周辺で生きる人間を守る。それが役目だ。

 ロドリゴが山の頂上を見つめ、目を凝らすように細めながら言う。


「彼がいるからフィオーレ山の周辺は魔力も高く、安定した土地だと言われているんだけれど……それにしては、山の状態がよくないようだ。頂上の天気も妙だし、踏み荒らされた跡も多い」

「ふうん……何かあったのかしら」


 ロドリゴの言葉にエレンも首を傾げる。確かに状況を考えると、ハルムに何かがあったか、あるいは山の魔力に異常が生じたが、山の魔物だけでは対応ができない、と見るのが正解だろう。

 と、ここでディーデリックが感慨深そうに目を光らせながら口を開いた。


「アンスガルか、懐かしい名前を聞いたものだ」

「おや、ディーデリック。彼の名前に聞き覚えが?」


 ディーデリックの漏らした言葉に、ロドリゴが目を見開きながら声をかけた。この治癒士ヒーラーも早々に、着ぐるみが勝手に喋りだすのを受け入れている。順応性が高いのは有り難いが、少々複雑だ。

 果たしてディーデリックが懐かしむように視線を山に向けながら話す。


「愛嬌豊かで面白みのある男であった。母親に実によく似ているし、強者ゆえの余裕もある傑物であったよ」

「なるほどね、面白い評価だ」


 彼の言葉に、ロドリゴが口角を持ち上げながら返した。魔物を指して愛嬌豊かで面白い、という評価も、なかなか聞けるものではない。

 そこからロドリゴがエレンに視線を移す。


「エレン、君の見解を聞きたい。どう思う?」


 頭にあごを乗せるようにしながら問いかけるロドリゴを見上げながら、エレンは難しい顔をしながら答えた。


「そうね……ハルム殿に何か問題があって、食糧確保のために略奪を行っている、と見るのが正解だと思うわ。ファン・エーステレンの系譜だから弱いはずはないけれど、偽王の配下に傷つけられたのかもしれない」


 エレンの言葉に、俺とロドリゴが視線を交わす。確かに魔王軍の魔物に襲われ、傷つき、その回復のために配下の魔物が食糧を集めている、というのが一番筋道だっている。


「魔王軍の魔物か……なるほど。もし本当にいたとしたらだが、力を見せつけるにはいい相手かもしれないな」

「そうだね、恩も売れるしちょうどいい」


 そしてそれは俺達としても好都合だ。魔王軍の魔物は一兵卒だろうが、単独で村を一つ攻め落とせる力がある。俺達の相手にはちょうどいいし、何より討伐できれば村人だけでなく、ハルムにもありがたがられるだろう。

 そうと決まればのんびりはしていられない。だが俺達にはやるべきことがあった。揃って村へと引き返す・・・・・・・


「だとしたら、一回村に戻りましょ。もし魔王軍の魔物がいるなら依頼が出ているはずだわ」


 エレンがそう言うより早く、俺とロドリゴはフィオーレ村の冒険者ギルドの出張所に急いだ。魔王軍の魔物が出現したならクエストが発令されているだろうからだ。

 果たして目的の依頼票を見つけ、クエスト受注を済ませ、取って返してフィオーレ山を登る俺達だ。


「やっぱりそうだったか」

「依頼がロックされていなくて助かったね」

「急ぎましょ、悠長に構えてはいられないわ」


 俺も、ロドリゴも、エレンも、一緒になって完封吹きすさぶフィオーレ山を登っていく。付与魔法も使えるロドリゴに、移動速度を高める魔法の疾駆スプリントをかけてもらって、険しい雪山を登っているとは思えない速度で俺達は進んでいた。

 それにしても、恐ろしいまでの効果だ。並の付与術士エンチャンターならこの状況で疾駆スプリントをかけても、せいぜいちょっとスムーズに登れるだけになるのだが、ロドリゴは本職の付与術士エンチャンターですらないのにこれである。さすがは、その名を知られた回復弓師。

 果たして十数分山を登って、三合目程まで到達したところで、俺達の前方に氷狼アイスウルフが二匹、姿を見せた。


「人間……」

「いや、魔物か……!?」


 魔獣語で話す彼らの言葉は、俺の耳にはハッキリと人間語同様に意味が聞き取れた。さすが、生まれながらの魔獣相当に意味を聞き取れる魔獣語5。

 足を止めながら、ロドリゴが目を見開いた。


「おっと、もうおでましか」

「エレン、魔獣ならお前が何とかできないか? 魔獣語が話せるだろう」


 俺も足を止めて、エレンに視線を向けつつ言う。俺も彼らに話が出来ればよかったのだが、あいにくスキルを得たばかり。魔獣語の話し方までは分からない。

 果たして、俺の言わんとする事を理解したエレンが、ロドリゴの腕の中から飛び降りた。


「当然よ、任せて」


 そのままエレンは雪を踏み越え、氷狼アイスウルフの前に立つ。そして流暢な魔獣語で、彼らに話しかけた。


「あなた達、あたし達は冒険者よ。山の問題に対処しに来たわ、状況を教えて」

「冒険者……!?」

「本当か……!?」


 エレンの言葉に氷狼アイスウルフ達が上ずった声を上げた。既にこの山に魔王軍の魔物討伐のために冒険者は3パーティーほど来ているはずだが、やはり魔獣語でやり取りできるとこの辺がスムーズだ。

 彼らから迅速に必要な情報を聞き取り、頂上方面に走り去る彼らを見送り、エレンがこちらを振り返る。


「うん、やっぱり。偽王の軍勢が攻めてきて、ハルム殿は深い傷を負ったらしいわ。その隙に山を乗っ取られて、今はルーロフっていう偽王の配下に牛耳られているみたい」


 話を聞いて、俺もロドリゴも眉間にしわを寄せた。

 山の主であるハルムが傷を負ったなら、その傷の修復のために魔力が集中する。結果、土地の魔力が少なくなり、魔物の発生数が増える。そして食糧が不足し、魔物が近隣の村々を襲う。よくあるプロセスだが、そうであるゆえにたちが悪い。

 先にも述べた通り、この山の主は神魔王の系譜である。それに深い傷を追わせるなど、魔王軍の魔物だとしても並ではない。


「想定通りってところかな。だから魔物の発生数も多いんだろう」

「便利だな、こういう時魔物とコミュニケーション取れるやつがいると……俺は魔獣語スキルを持っているけれど喋れはしないし。ディーデリック、お前も魔物なら何とかできないのか」


 エレンの身体を抱き上げ、再び疾駆スプリントをかけ直して走り出すロドリゴを追いかけながら、俺はディーデリックに声をかけた。

 「黄金魔獣」たるディーデリックだって魔獣種の魔物のはずなのだ。ならば俺のかわりに魔獣種の魔物と話をしてくれてもいいものだが、しかし彼の返事はつれない。


「下々の魔物に吾輩から話しかけるなど、ノールデルメールの称号が泣くわ、愚か者め」

「そういうところがだな……」


 尊大な態度で言ってくるディーデリックに、俺が密かに苦言を呈したところで。エレンが前方を見ながらハッとして、ロドリゴの胸元を叩いた。


「あら? 二人とも、前」


 エレンの言葉に俺もロドリゴも立ち止まる。前方を見れば、こちらに向かって来る人間の姿が見て取れた。見たところ、三人。冒険者であることを示す頭上の簡易ステータスもある。


「冒険者?」

「下山中かな? にしては随分と急いでいるようだけれど……」


 俺とロドリゴが揃って、向かってくる彼らの姿を見ながら首を傾げた。何せ、彼らは山の斜面を走り下りて来ているのだ・・・・・・・・・・・

 こんな雪山の斜面を走って降りるなど、事故の元だ。普通の状況でないことなどひと目で分かる。

 だが、彼らが近付いてくればくるほど、俺には大変に見覚えのある連中で。果たして互いに簡易ステータスの名前を認識出来るくらいまで近付いて、俺と彼らは同時に声を上げた。


「あっ」

「あ? ……あーっ!!」


 先頭にいた女性の付与術士エンチャンターが声を上げると同時に、その後ろにいた男性の魔法使いソーサラー弓使いアーチャーも声を上げる。見紛いようがない。彼らも俺を見間違えるはずがない。


「ライモンド!!」

「イザベッラ! ステファノ、エジェオも!」


 彼らが揃って俺の名前を呼ぶと同時に、俺も彼らの名前を呼んだ。まさかここで、「噛みつく炎モルデレフィアンマ」と出くわすとは。

 目をまんまるに見開いているエレンをよそに、ロドリゴが小さく肩をすくめる。


「知り合いかい? ……って、そりゃそうか。『噛みつく炎モルデレフィアンマ』だね?」

「え、ライモンドの元の所属パーティーだっていう?」


 ロドリゴの発言を聞いてようやくエレンも、目の前にいる彼らがかつて俺を追放した連中と知ったらしい。俺と彼らを交互に見るエレンにうなずくと、俺は静かに問いかけた。


「何があったんだ、お前達」


 俺の問いかけに、「噛みつく炎モルデレフィアンマ」の三人は一様に下を向いた。重々しい表情で、ステファノが口を開く。


「俺達は……『業火ごうかつめ』ルーロフの討伐に……失敗したんだ」

「なんだって?」


 ステファノの発した言葉に俺は着ぐるみの内側で目を見開いた。

 彼らがまさか、クエストに失敗するとは。疑問と驚きが脳内を支配する中、俺は今の仲間達と顔を見合わせるのだった。

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