第9話 祝勝会とエール

 洞窟の外で待っていた残りの4人も呼んできて、テラの死体を確認してもらい、全員で手分けして素材を回収してから、俺達はコルティ村まで戻ってきた。

 ちなみに血塗れになってしまった着ぐるみは、ディーデリックが自分で身体洗浄ボディクリーニングを使って綺麗にしていた。確かにこの着ぐるみはディーデリックの身体、洗浄の魔法が使える。そのやり方は盲点だった。

 俺を囲むように歩きながら、アブラーモが呆れ顔で俺の肩を叩く。


「まさか、本当に一人で地竜テラの討伐を成し遂げるとはな」

「しかも、『黄金魔獣の着ぐるみ』の力を我が物にするだなんて……恐ろしい話だわ」


 クララも杖を握りながら、俺の着ぐるみを見つつ言う。その言葉に、俺は苦笑を返すしかない。

 普通に考えたら恐ろしすぎる話なのだ。聞きしに勝る呪いの『黄金魔獣の着ぐるみ』、身につけたら最後、たくさんの人間を殺し、喰らい、最後は着ぐるみに喰われるなんて代物の力を我が物にして、おまけにその着ぐるみとよろしくやっているなど。

 その言われている当人が、人前だというのに気にせず勝手に口を動かして言う。


「単なる吾輩の気まぐれだ。この戦士は殊更に幸運だった、それ以上のものはない」

「ああ。単に俺が100人目だったっていうだけの話だ」


 ディーデリックの言葉に俺もうなずいた。確かに俺は、運が良かったがゆえに命を助けられたし最強になったに過ぎない。

 他の冒険者達も着ぐるみの正体がなまじ分かっているし有名だったものだから、ディーデリックが喋っていても何も思わないで話してくる。


「そうか……だが、運も実力のうちと言うしな」

「パーティーランクは今後順調に上がっていくとして、今後はどうするんだ?」


 アブラーモが苦笑交じりにため息を付くと、オルランドがにこにこしながら問いかけてきた。

 この後。概ね展望は出来ているが、少し言葉を選びながら俺は話していく。


「そうだな、なるべく早くに王都に行って、冒険者ギルド本部で仲間を探そうと思っている」


 そう、この仕事を終えて準備が整ったら、俺はさっさと王都ジャンピエロに向かいたいのだ。何ならガスコの町ではなくジャンピエロでクエストの依頼受領をしたいくらいだ。クエストの達成報告は先程、コルティ村のギルド出張所で済ませているからどこのギルドの建物で報酬を受け取っても問題はないのだが。

 と、俺の言葉にオルランドが首を傾げながら問いかけてきた。


「仲間? どうしてだ?」

「あなた、一人でほとんどのことが出来るじゃない。一人の方が動きやすいんじゃないの?」


 ベアタも一緒になって不思議そうな顔をしながら、俺に質問を投げてくる。

 気持ちは分かる。同じことをディーデリックにも聞かれた。

 確かに俺は物理攻撃も魔法攻撃も出来る。なんなら回復も出来るし付与エンチャントも出来る。冒険者の出来る大概のことは、今の俺なら出来るわけだ。

 しかし、それは俺が一人でもやっていけるということにはならない。


「確かに、俺は冒険者の出来ることなら大概は出来るようになった。だが、どれも中途半端だから上位の魔法や技術が必要になった時には何も出来ない……スキルレベルが10なのは、近接系の武器マスタリースキルと、着ぐるみの呪いだけだ」


 俺の言葉に、冒険者達が一斉に「あぁ……」という声を漏らしてきた。

 俺のステータスについては、下山する最中に皆に見せている。ステータスの値もスキルの一覧も、両方ともだ。だから俺のスキル構成が幅広いながらも究極まで行っていないのは、皆が知っているのだ。

 ゆるゆると頭を振りながら、俺は言葉を続ける。


「それに、俺は魔法に関してはスキルを持っているだけの素人にすぎない。魔法の使い方をよく分かっている仲間がいた方が、効率よく戦えるだろう」

「ああ……」

「確かに、そうね」


 俺の言葉に、魔法使いウィザードであるオルランドとクララが、二人揃ってうなずいた。

 魔法を扱うにあたって、重要になる技術はいろいろとある。詠唱文の一部を二度繰り返し、魔法の威力を高めたり付加効果をつけたりする重複詠唱ちょうふくえいしょうとか、詠唱文の一部を省略し、MP魔法力を多く消費する代わりに即座に魔法を発動させる詠唱省略えいしょうしょうりゃくとか、そうしたものは俺は使えない。魔法使いソーサラー治癒士ヒーラーではないからだ。

 しかも俺のステータスを考えると、並の仲間では務まらないわけで。少ないチャンスをものにするには、早く王都に行って仲間を探さないとならないのだ。


「そういうわけだ。足早で済まないな」

「あ、でもさ、ライモンド」


 謝りながら歩きつつ、乗合馬車の発着場に目を向けると、「蜥蜴ルチェルトラ」の斥候シーフ、オヴィディオ・フレゴリが俺の腕を引いた。

 なんだ、と思いながら俺よりいくらか背の低いオヴィディオを見下ろすと、彼はにこっと笑いながら俺に声をかけてくる。


「祝勝会には出るんだろ? お前がいなかったら盛り上がらないよ」

「あ……あぁ」


 その屈託のない笑顔と元気のいい言葉に、俺は押し切られるような形でうなずいた。実際、祝勝会に出ないという選択肢はそんなになかった。俺がいなかったら他の皆は、一体何を思いながら酒を飲めばいいのだとなってしまう。

 ディーデリックが瞳を輝かせながら、面白がるような声で言ってくる。


「貴様が唯一仕事をしたのだ、祝いの席には出るべきだろう」

「ディーデリック……なんだその、親みたいなものの言い方は」


 その言葉に何とも言えない気持ちになって、批判的な視線を返す俺だ。ディーデリックにこんな物の言われ方をすると、親とか保護者とかに背中を押されているみたいな気分になる。

 すると俺に目を向けながら、彼はしみじみと話してきた。


盟友・・であるからな。それに、吾輩も人間の作る料理と酒に興味がある」

「お前に盟友とか言われるのも何か変な気分だな」


 肩をすくめながら俺がディーデリックに言葉を投げかけると、目を見開くのは周りの冒険者達だ。オヴィディオが意外そうな顔をしながら声を上げた。


「え、その着ぐるみ、食事も出来るの? 何それ」


 オヴィディオの言葉に他の冒険者達もうんうんとうなずいていた。

 そう言いたい気持ちも分かる。着ぐるみが食事できるとか、それはもはや着ぐるみとは呼べないだろう。実際着ぐるみの形をした魔物であるのだが。


「着ぐるみの形をしているだけで魔物だからな……俺も、こいつを通して食事が出来るんだってさ」


 そう話しながら着ぐるみの口の部分をちょっと開けてみせる。その奥にある俺自身の口を見上げるオヴィディオの後ろで、アブラーモとオルランドが腕を組んでいた。


「規格外だな、何もかもが」

「そりゃあ、アーティファクトにもなるってものだよね。さすが『黄金魔獣』」


 オルランドの言葉に、俺はもう一度肩をすくめた。あんまりこの話を続けていると、いつまで経っても俺は王都に行けない。


「まあいいさ。とりあえず行こう、この近くだと『眠る大猫亭』か?」


 俺が問いかけながら手を動かすと、他の7人もうなずきながら歩き出す。コルティ村にある唯一の酒場「眠る大猫亭」は、今いる場所から数分歩いたところにあった。

 扉を開けると、冒険者の数はまばら、むしろ村民が集まって酒盛りに興じていた。この酒場はこの村の集会所に等しい。人が集まるのも道理だろう。

 喧騒の中を歩きながら、ディーデリックが視線を巡らせつつ言う。


「ここが酒場か」

「ああ。大きい店なら宿屋も併設されている」


 俺がフロアの端に見える階段を見ながら言うと、ディーデリックはスンと鼻を鳴らした。この村に酒場はここだけしかないから、当然宿屋も併設している。飲みすぎて酔いつぶれたとしても安心だ。

 鼻を鳴らしたディーデリックが、批判がましく俺に言ってくる。


「思っていた以上に賑やかしく、肉と脂と酒のにおいが鼻をつく。こんなところでワイワイガヤガヤ、人間は何が楽しくて酒などを飲むのやら」

「人間である俺にそんなことを聞かれても」


 その言葉に眉尻を下げつつ、テーブルに付いた俺だ。既にベアタが注文を取っていて、手元に持った紙に注文内容を書き留めている。


「ライモンド、エールは一つでいい?」

「あ、ああ」


 話しかけられて俺は反射的にうなずいた。正直、二杯頼んだとして両方とも飲むことになるのは俺だ。二杯もエールをがぶ飲みするのは、身体にくる。

 そうして運ばれてくる、エールで満たされた8杯の木製ジョッキ。それらを手に手に、冒険者達がジョッキを掲げる。


「じゃあ、地竜テラの討伐成功と、ライモンド・コルリに、かんぱーい!」

「かんぱーい!!」

「……乾杯」


 持ち上げられたジョッキが手元に戻されて、ぐっと傾けられる。全員の喉がぐっ、ぐっと動いてエールを喉に流し込んでいって。俺もディーデリックの口を通してエールを飲み込み、息を吐き出した。


「はぁっ……やっぱり仕事を終えた後のエールは最高だ」

「なるほど……これが人間の酒の味か」


 俺が感慨深げに目を細めると、俺の手元のジョッキからエールを少々拝借したディーデリックが目をキラリと光らせる。その瞳の色は満足しているようで、あるいは興味深そうだ。


「苦いが、軽やかだ」

「そうだろう」


 俺がちょっと自信ありげに返すと、俺の手がもう一度ジョッキを持ち上げる。なにかと思ったがディーデリックが動かしているようだ。もうちょっとエールを飲みたいらしい。


「思っていたほど悪いものではないな。これならもう少し、装備品として人間に物を喰わせる手伝いをしておけばよかったわ」

「後悔してももう遅いぞ」


 すっかり酒の良さを知ったらしいディーデリックに、少し批判がましく言葉をかけながら、俺は喉に流れ込んでくるエールをじっくりと味わうのだった。

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