30 ライナムルのためならば
ギミビジ公爵夫人が流産という事は、すでに懐妊を発表していたサラサーラが産むはずの赤子がいなくなったという事だ。サラサーラが流産したという話は出ていない。
「夫人の流産で巨大ネズミは、今度は『生まれたばかりの子どもを探し出せ』って公爵に命じたんだってさ」
そう言ったのはホシボクロだ。
「その子をサラサーラが生んだことにしろ、ってこと――言わなくたって判ってるだろうけど、サラサーラを街屋敷に呼び出して軟禁したのもこの企みのせいさ。サラサーラが妊娠したなんて嘘を吐くはずないし、だいたい腹が膨らまなきゃ大勢に疑われる。だから街屋敷に呼び寄せて閉じ込め、理由をつけて王宮に帰さなかった……ま、入れ替えの子どもは何もギミビジ公爵の子じゃなくってもいい。ギミビジ公爵の子ならサラサーラに似るだろうから好都合だけど」
「王太子さまに似ていなくても疑われないという事ですか……」
とロンバスが受ければ、
「たまたま公爵夫人が妊娠してたから渡りに船とばかり、侯爵夫人の赤ん坊と入れ替えようとしただけ――でさ、子どもを探せって言った後は親玉ネズミ、監視しているからな、って、姿が見えなくなった」
とホシボクロが付け加える。
「それは誰に聞いたの?」
リーシャがホシボクロに問う。
「ギミビジ公爵の屋敷猫だよ、屋敷って領地にある方。オッキュイネに連れて行って貰ったんだ。いい空の旅が楽しめたよ。オッキュイネが一緒だから、他の鳥どもがヘーコラするからメッチャいい気分だった」
オッキュイネの不在は寝床の材料を探しに行っていたわけじゃないのね、とリーシャが思う。
「バンバクヤ侯爵に連れて行かれたんじゃなかったんだ?」
この質問はロンバス、フンっとロンバスを馬鹿にするようにホシボクロが鼻を鳴らす。
「このボクがいつまでもクレセントなんかに捕まってるもんか。クレセントの街屋敷に着く前に馬車の窓から逃げ出したさ。で、ギミビジ公爵館に忍び込んだ。クレセントの街屋敷からなら近いからね」
「あぁ、それで母上に、サラサーラは間違いなくあそこにいるって伝えたんだ?」
これはライナムル、
「チッチピッピオのところに行ったらウルマはライナムル付きの侍女になったって聞いてびっくり。どうやって本人が本人の侍女をやるのか
クスクスと笑いながらホシボクロが答える。
なんだか色々見えてきたわ、とリーシャが思っていると、ホシボクロがギミビジ公爵の領地のお屋敷での話を再開した。
「屋敷猫たちもかなりビビってたなぁ。何しろ親玉ネズミは人間ほどの大きさなんだって。僕だってそんなヤツとヤりあいたくない。でも、勇敢なボクは屋敷の中をあちこち探った――ギミビジ公爵を監視しているのは親玉ネズミの子分たちだ。それも普通のネズミの三倍はあるね。その中でも偉そうなのを捕まえて、親玉ネズミの居所を吐かせたんだけど……ライナムル、あんたの考えている通り、親玉ネズミはこの王宮に忍び込んでる」
するとライナムルがクスリと笑った。
「王宮に入り込む手助けをしたのは黒髪の侍女?」
「そそ、その通り! サラサーラの侍女として王宮に入る時、あの侍女は親玉ネズミに魔法を掛けられている。それなりの近さなら頭に直接命令を飛ばして呼び寄せられるんだって。これも子分ネズミが言ってた。そんでね、侍女には親玉ネズミがギミビジ公爵に見えるらしい……さっき侯爵の密命って言ってたけど、親玉ネズミの命令ってのが正しいよ」
ホシボクロの言葉にライナムルとロンバスが目を見かわす。
「親玉ネズミは魔法を使う?」
ロンバスがホシボクロに問う。
「大したことはできないよ――対象は一人、その対象に自分の姿を都合のいいように錯覚させるってだけ。その力を使ってギミビジ公爵夫人を部屋に閉じ込めるのに成功したんだ」
なるほどね、とライナムルが考え込む。そしてリーシャは、つまり魔法で
「で、王宮に入り込んだ親玉ネズミがどこにいるかは?」
ロンバスがホシボクロに次の質問をする。
「いーや、それが判らない。ヤツの子分は随分いるみたいで、王宮ネズミと小競り合いをしてるようだし、猫たちも追い掛け回してるんだけど――真っ黒頭の侍女、オッキュイネの塔の地下に行ったんだろ? そこにいるんじゃないの?」
「侍女は王宮の庭でギミビジ公爵から薬を受け取った、って証言したんだ」
ライナムルが苦々しげにそう言った。
「親玉ネズミの魔法?」
リーシャの問いに、
「だろうね」
とホシボクロが答える。
「幻覚幻聴、その
ため息交じりのライナムル、面倒ですね、とロンバスが呟く。
「どちらにしろ、ギミビジ公爵領にはすでに兵を差し向けた。クリセントが率いている――親玉ネズミがいないのなら、兵たちで子分ネズミを一掃できるだろう」
「ギミビジ公爵と公爵夫人はどうなるの?」
ついリーシャが口を挟む。二人が気の毒で仕方ないリーシャだ。
優しい眼差してリーシャを見るライナムル、心配ないよ、と微笑む。
「二人は保護対象だ。サラサーラは既に母上が匿っている、心配ないと伝えれば公爵も抵抗しない」
ほっとするリーシャだ。
そんなリーシャをニヤニヤと見るのはホシボクロ、
「問題は王宮のほうだぜ、ここのどこかに親玉ネズミがいるんだから」
と言う。
「ギミビジ公爵御一家が助け出されれば、親玉ネズミはもう何もできないんじゃ?」
リーシャの言葉に、やっぱりライナムルとロンバスが顔を見合わせる。
「親玉ネズミがこのまま何もしないと思ってるんだ? やっぱりリーシャ、あんた、馬鹿だね」
ケラケラ笑うホシボクロ、
「ライナムルだって、はっきりバカって言うのは
リーシャが抗議する。まぁまぁ、と宥めるのはライナムルだ。
「親玉ネズミなんだけどね、地下室には入れない。封印されているからね――だから魔物の王のいる部屋の扉の前にいるんじゃないかと見てるんだ。ま、地下には間違いない」
「どちらにしろ、親玉ネズミとその子分には対処する必要がありそうですね」
ロンバスにライナムルが頷く。
だったらさ、とホシボクロが言う。
「早い方がいいぜ。王宮ネズミと猫たちを集めて行かせようか?」
「ホシボクロ、親玉ネズミ相手に猫たちと王宮ネズミで太刀打ちできるのかい?」
「それは――やってみなくちゃ判んないよっ!」
ライナムルにホシボクロが拗ねる。
「無理だって思えばなんだって無理だ。でもさ、ライナムル、できる! やってやる! って思えば成功率は上がる、そんなもんだぞ」
「猫たちや王宮ネズミに痛い思いをさせたくないなぁ」
ライナムルの呟きに、ホシボクロがライナムルの膝に乗る。
「ライナムル――王子さま。ボクはね、あんたのためなら死んだっていいんだよ?」
膝のホシボクロをライナムルが両腕で抱きあげる。前足の下を持たれ、だらんと身体を伸ばしたホシボクロの顔を自分の顔の正面に据えたライナムルだ。そして真直ぐにホシボクロを見てライナムルが言う。
「僕は誰にも死んで欲しくない」
ホシボクロもライナムルを真直ぐに見詰める。何も言えずにいるようだ。
ほろりとしたリーシャ、涙ぐみそうなのをここでは堪えて誰にともなく尋ねた。
「でも、そうなると、誰が親玉ネズミたちをやっつけるの?」
「わたしが参ります」
答えたのはロンバスだ。
「うん、ロンバスと僕が行く」
さらにライナムルが続ける。
「判った!」
ライナムルの腕から抜け出してホシボクロも叫ぶ。
「ライナムルとロンバスの加勢に猫と王宮ネズミが入る!――王宮ネズミは腕に覚えのあるヤツだけ集める。もともと猫たちは子分ネズミを狩ってるんだ。子分ネズミどもはボクたちに任せなよ。ライナムル、あんたたちは親玉ネズミをやっつけろ!」
ちょっとだけライナムルは迷ったようだが、
「心強い応援だ。頼んだよ、ホシボクロ」
と、床に降りてライナムルを見上げるホシボクロに微笑む。それからロンバスを見て頷いた。
で、決行はいつ? ホシボクロがライナムルを急かすように言う。すぐにでも動きたいのだろう。
「そうだね、クリセントがギミビジ公爵寮に向かったと、親玉ネズミに知られるのも時間の問題だろうから早い方がいい――これから支度して、うん、日没には突入しよう」
畏まりましたとロンバスが答え、
「それじゃ、僕は猫広場に行って、猫と王宮ネズミを集める――ロンバス、扉を開けろ!」
とホシブクロが扉に向かう。はいはい、と苦笑してロンバスが扉を開けると、それじゃあとでね、尻尾をぴんと立てホシボクロは出ていった。
それを見送ってライナムルが呟く。
「いくら黒髪の侍女の手引きがあったとはいえ、なぜ魔物がザルダナの、しかも王都に入り込めたんだろう?」
ライナムルの顔が厳しいのはこのせいか?
「我がザルダナは父上のお力で
ライナムルが立ち上がり、ロンバスが何も言わずに再び扉を開ける。
不安で立ち上がったリーシャにライナムルが微笑む。
「心配しないでリーシャ――親玉ネズミのところに行く前に、一度はここに戻ってくる。リーシャ、この部屋でいい子にしているんだよ」
部屋を出るライナムル、ロンバスが続き、扉は閉ざされた。
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