18 オッキュイネの帰還
固まったのは一瞬、ロンバスが身を翻し落下物を回避する。ついでに傍にいた門番を一人、突き飛ばした。そうしなければ門番は、落下物の下敷きになっていたかもしれない。
ドスンッ! と鈍い音、同時に門の上の方から悲鳴が聞こえる。
「なんなんだっ!? うわぁっ!」
悲鳴と一緒に羽ばたく音も聞こえてくる。まさかオッキュイネが門の上にいた人を襲った? ウルマの腕にしがみ付いたリーシャの手に力が籠る。
尻もちを
「門塔の上部に!」
とロンバスが叫び、茫然としていた残りの門番たちが慌てて門の横にあるドアを開けて中に入っていった。
ここでやっとウルマが動き、門に近付く。ウルマにしがみ付いたまま、リーシャも門に近付いていく。
突き飛ばされた門番もやっと起きだして、ロンバスと二人、門の上から落ちてきたモノを検めている。
「人? 命に別状は?」
ウルマが落下物を見おろした。
門の上部ではキャーキャーばっさばさ聞こえていたが、そこに
「なにしている!?」
と下から昇って行った門番たちが到着したようで、剣が討ち合わされる音も加わった。すると羽ばたきが遠ざかっていくのが聞こえた。
「落下のショックで気を失っているだけです、ウルマさま」
ウルマと聞いてロンバスを手伝っていた門番が起立して姿勢を正した。
「地面に打ち付けられる直前、ふわっと浮いたように見えました」
ロンバスが続けた説明にウルマが、うん、と微笑んで、空を眺めた。
門の上ではそろそろ賊は捕らえられたようだ。剣の音がしなくなった。
「じゃあ、ロンバス、わたしは先に帰る。後は頼んだよ――行こう、リーシャ」
歩き出したウルマ、しがみ付いたリーシャも引きずられるように歩く。振り向くとロンバスが助けた門番が、ドアの中からロープを出してきて落ちてきた男を縛り上げている。
「前を向いて歩かないと危ないよ、それともそんなにロンバスが気になるの?」
不機嫌なウルマの声にハッとしたリーシャが
「ウルマ、一体何が起こったの?」
慌てて前を向き、ついでにウルマの顔を覗き込んで聞いてみた。
「あのね、今、一緒に一部始終を見ていたんじゃなかった? やっぱりリーシャはおバ……ま、いっか――門の上部に何か細工しようとしていた輩をオッキュイネが襲っただけだ」
「やっぱりオッキュイネの仕業なの?」
「うん、でも、姿を消していたから、ヤツ等は何に襲われたのか判らなくって混乱した。で、うち一人が落ちた」
「オッキュイネが落としたんじゃないのね?」
「ライナムルのオッキュイネは人を傷つけたりなんかしない。ちょっと脅しただけ」
「よかった――」
ホッとして涙ぐみそうなリーシャ、ウルマの足が止まる。
「ひょっとしてオッキュイネを心配してくれたの?」
「そうよ、人を襲う鳥、なんて評判が立ったら、オッキュイネが罰を受けるんじゃないか心配だったの」
「ふぅ~ん……」
ウルマはますます不機嫌になったようだ。オッキュイネにまで焼きもちを妬くのかしら? とリーシャが思う。
「捕らえた男たちはなんで門に細工しようとしたのかしら?」
話題を変えようとリーシャが問う。
「そんなの、捕らえた男たちに聞くしかないよ」
「なんで今夜細工するって判ったの?」
「ライナムルのことを千里耳って言ったのは誰だった?」
「あ……」
どうもウルマはご機嫌斜めだ。何を聞いても素っ気ない答えしか返ってこない。ため息が出そうなリーシャだ。それでも何か話していないと落ち着かなくて、
「あの男たち、どうなるの?」
と知りたくもないのに聞いてみる。
「今夜は牢に入れられる。明日、国王陛下がどうするか判断なさいます」
急激にウルマの言葉遣いが変わる。王宮の裏門が見えていた。帰りはとっととウルマが歩くものだから、さっさと王宮についてしまった。
「おかえりなさいませ、リーシャさま、ウルマさま」
門番に会釈して王宮の庭に入っていくウルマ、置いて行かれないよう小走りになるリーシャだった。
部屋に戻るとリーシャを置いて、ウルマはライナムルの寝室に行ってしまう。どうしよう? 迷った挙句リーシャは応接室でライナムルが出てくるのを待つことにした。きっと身なりを男のものに変えたライナムルが、『待たせたね』と言ってリーシャにニッコリしてくれるはずだ。
ところが一向にライナムルが応接室に来る気配がない。とうとうロンバスが帰ってきてしまった。
「ライナムルさまは?」
「寝室に入ったきりなの。眠ってしまったのかしら?」
「それはありませんね。リーシャさまとご一緒でないなら、オッキュイネの巣に行くはずですから――機嫌はどうでした?」
「なんか……すごく悪かったわ」
するとロンバスは判りました、と部屋を出た。
何がどう判ったのかしら? 不安なリーシャが待っているとロンバスは、ガラガラとワゴンを押してきた。
「お茶とお菓子で
と笑う。見るとワゴンには、真っ白なホイップクリームと赤いソースが掛けられた、ふわふわのシフォンケーキの皿が乗せられている。
「ライナムルさま、ラズベリーソースのケーキを召し上がりませんか?」
ドアをノックしてロンバスが声をかける。
するとキャビネットの引き出しが少し開いて中から髪を束ねる紐が出てきた。クネクネと宙を舞う紐が出きってしまうと引き出しが閉まる。ライナムルの部屋のドアノブに紐は絡みつき、ドアを開けた。次にはノブから離れスルスルと寝室に入っていく。
「紐が勝手に動くのはライナムルの魔法、なのよね?」
尋ねるリーシャにロンバスは曖昧な笑みを見せるだけだ。
すぐに部屋からライナムルは出てきたが、相変わらず不機嫌そうだ。
「ケーキが食べたいなんて、リーシャ? それともロンバス? 僕がいないと気が引けて食べられないからって僕を呼ばないでよ。仕方ないから一緒に食べてあげるけどね」
ブツブツ言いながら、テーブルのいつもの席に座った。宙をクネクネ移動した紐で、髪を束ねている。
「申し訳ありません、ライナムルさま。賊を片付けるのに体力を使ったものですから、少々空腹になりました」
「ロンバス、賊を捕らえたのは門番たちだって判っているよ、おまえは見ていただけじゃないか」
「恐れ入ります――」
「まぁ、いい。ロンバス、お茶!」
こんなに機嫌の悪いライナムルを見るのは初めてのリーシャだ。なんだかロンバスが気の毒だ。でもそれを口にしたら、ますますライナムルの機嫌を損ねそうだ。居た
「リーシャ、なんで泣いている? お腹でも痛い?」
「そうじゃないの……」
ロンバスが可哀想で、なんて言えない。
「なんでライナムルは機嫌が悪いのかしら、って、わたし、何か気に障ることしたかしら?」
「えっ? ちょっと待って、考えてみるよ」
考えなきゃ判らないのね? ホントにもう、呆れてしまうわ、ライナムル。
「ううん、リーシャは何もしていないよ。僕の機嫌が悪いのは、門に賊が来たからだ。きっとヤツ等は自分たちの雇い主が誰か、なんて知らないだろうと思ったからだ。
「えっ?」
「ごめんね、リーシャ。キミは少しも悪くないよ。不機嫌さを
さあさ、ロンバスがお茶を淹れてくれたよ、ケーキを食べよう――いつも通りのライナムルに、やっぱり女の涙は強いわね、なぁんてリーシャが心の中で笑ったのは内緒だ。
ロンバスも含め三人でケーキを食べている途中でライナムルが
「あれ? オッキュイネが来たね」
と呟いた。今、窓の外でした物音は風の音ではなかったの? リーシャがそう思っていると立ち上がったライナムルが窓を開けてテラスに出た。何も考えずにリーシャが後を追う。
するとテラスの手すりにオッキュイネが停まり、ライナムルが差し出した手に頭を擦りつけている。
「いい子だ、オッキュイネ。よく頑張った」
愛しそうな眼でオッキュイネを見るライナムル、ひとしきりオッキュイネの首や頭を撫でまわすと、
「今夜はもう自分の部屋にお戻り――僕はリーシャと一緒にいるから。好きにしていていいんだよ」
とオッキュイネを離した。
「キュルキュルゥ~」
心なしか寂しげなオッキュイネの声、ライナムルの後ろにいるリーシャをチラリと見たように感じたリーシャだ。
突然、オッキュイネがライナムルの頭の後ろに首を伸ばす。うん? とライナムルがオッキュイネを見た時には、ライナムルの髪を束ねる紐をオッキュイネが咥えていた。
「おい、こら、オッキュイネ!」
ライナムルが紐を取り戻そうと手を伸ばすが、パッと翼を広げたオッキュイネの姿が消えてしまう。バサッと音がして、紐が空高く舞い上がっていく。オッキュイネは紐を咥えたまま自分の部屋に戻るのだろう。
「まったく、甘えん坊なんだから」
苦笑するライナムル、おまえが言うか、と心の中でリーシャが思った。
部屋に戻りながらリーシャがライナムルに言う。
「紐、取られちゃったわね」
「うん、多分ご褒美に貰ったつもりなんだよ。寝床に編み込んじゃうだろうね。今まで何本盗られたことか……嵐が来ると勝手にクネクネするから、いっつもオッキュイネ、怒る癖に忘れて持ってっちゃう」
「嵐が来ると?」
思わず立ち止まるリーシャ、
「そんな事よりリーシャ、早くケーキを食べよう。ホイップクリームもラズベリーソースも、どちらも美味しいね――お代わり、あるのかなぁ?」
何も気にならない様子のライナムルはとっとと部屋に入っていく。
そんな事なの? いつか紐の正体を暴いてやる、と、なんとなく思うリーシャだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます