48話 ハレルヤ!

 五万隻の艦艇で編成されるワイアード艦隊θシータ第137方面隊は、オビタルの軍事的感覚からすれば紛う事なき大艦隊である。


「我の認識も同じだ。大艦隊である」


 照射モニタ上に、ユキハと少女Aが並び立っていた。


「それにしては、人数が少ないですよね?」


 艦艇五万隻に対して、少女シリーズは十四万四千人である。


 その点をトールは不思議に思っていた。


θシータ世代は、陸軍編成の階層モデルを採用している」


 少女艦隊は五個師団編成で、最小単位は小隊百隻である。その各階層に存在するヘッドシップに少女達は乗船しているのだ。


「――って事は、ほとんどの艦は無人で、各階層のヘッドシップから制御しているわけですね」

「うむ」


 補給無しで超長期の航行を実現するには、膨大な物資を運搬する為の積載能力が要求される。

 艦型を巨大化するよりも、艦数を増やす事でリスク分散を図ったのだろう。


「なお、本艦が旗艦である。旗下に指示を伝搬させる事も出来るし、各階層の自立機動に委ねても良い」


 ――何だか、みゆうさんとリンクモノリスに似てるよな……。


 トールはμポータルを通過する為にリンクモノリスを欲したが、グノーシス船団国の艦隊は通信や艦隊運動の連携にも活用している。


「他艦との通信手段は――あ、いや――」


 少女艦隊への興味は尽きないのだが、まずは喫緊の問題を先に片付けてからにしよう――とトールは考えて、泉の様に湧き出る疑問を飲み下した。


「ともあれ、ご協力に感謝します」

「いえ、そんな――」

「礼などいらん」


 情動を司るユキハと、実務的な少女Aは対照的な反応を見せた。


「我と共にアウトサイダーを排除せよ。その限りにおいて我は協力する」


 少女シリーズの要求は、単純かつ明快だった。


 敵の排除である。


「はい、無論です。ただ、その――」


 頼まれずとも外敵が現れたなら人は武器を手に取るのだ。


「皆さんの武装は、いかほどなのでしょうか?」


 光速度の九十パーセントという足の速さは冊子で見たが、攻撃能力の程度が不明なのである。


「我等θシータ世代より大幅に武装が強化された。各艦艇の荷電粒子砲だけでなく、多数の攻撃機を搭載したエンズヴィル型母艦も在る」


 単なるポータル設置艦隊では無くなったという事だ。


「というのも――タイプI文明止まりとはいえ、姉様方の世代が、我等と系譜を異にする幾つかの文明と遭遇している」

「アウトサイダーのような?」

「いや――」


 少女Aは考える様子を見せた後に言葉を継いだ。


「そうとも言えるが、他とは異なりアレは我等に匹敵する文明を持っている。尚且つ我等と近似した系譜なのだろう。いかなる偶然かは分からんが――」


 遥か彼方の星雲で、少女達はアウトサイダーの大艦隊に包囲され、荷電粒子砲による攻撃を受けたのである。


 同じ物理法則に支配されている限り、生物学的進化と高度文明のベクトルが偶々に相似したという可能性は否定できない。


「そういった方々からの攻撃に備える為に、武装を強化したって事ですね」

「備えではない。他文明を可能な限り破壊し排除する為だ」

「――んん?」

「我等と遺伝的に繋がりの無い種の生んだ文明は全て破壊する」

「な、なるほど」

「アウトサイダーとて、数的劣勢を覆した後に絶滅させねばならん」


 ――いやぁ、ボク等ってホントに自分勝手だよね。


 連綿と続くサピエンスの宿痾に思いを馳せつつも、アラゴンを追い払う役には立ってくれそうだとトールは考えた。


「ともあれ、対アウトサイダーについては後日話し合うとしまして――」


 未知の外敵について語る前に、纏わりつく蜂の大群を追い払う必要がある。


「なるべく早く追い付いて下さいね。アラゴンの皆さんを脅かして、邦許へ帰って頂く必要があります」

「任せよ」


 少女Aは薄い胸を張り――、


「我等は適わぬ敵に対しては交渉と逃亡を企図するが、格下の敵であれば常に絶滅させてきたのだ」


 頼りにして良いのか否か判然としない些か物騒ないらえを返した。


 ◇


「ジェラルド・マクギガンは、既に天秤衆が連行中だ」

「そうですか」


 ベルニク艦隊を追い続けるクラウディオの許へ、イリアム宮にて政務を司る宰相エヴァンからEPR通信が入っていた。


「プルガトリウムに堕とされるのは確実だろう」


 出迎えたニコライの案内で、逃亡を図るいとますらなく、童子に還ったジェラルド・マクギガンは天秤衆によって拘束された。

 惑星エゼキエルへ連行され、形式的な審問の後に異端とされるのだろう。


「親征軍侵攻の今となっては、もはや意味など無いのだが――天秤共が逸っていてな」


 数万人の天秤衆が塵芥と消え、プロヴァンス女子修道院は焼かれている。


 おまけに、天秤の母カミーユ・メルセンヌは、頭骨を砕かれた後に盛る炎に投げ込まれたのだ。


 これらに対し怒りと復讐に燃える天秤衆を宥め、尚且つ権力と権勢を担保するには、正気を失ったとはいえ領邦領主を血祭に上げる必要がある。


「つまり、僕の選択は正しかったという事ですね」


 マクギガンを捨て置き、自領を危険に晒してでもベルニク艦隊を屠る――という選択である。


 無論、埋毒ニコライの目した通り戦略的価値に疑念は残るのだが、復活派勢力にとって重要な資源である天秤衆を慰撫する必要には迫られていた。


「フランチェスカは煩く言っていましたが――」

「ヴァルキュリアの蒼槍か」


 エヴァンは、もののふの乙女の顔貌を浮かべ、彼女ならば反対するだろうと頷いた。


「理は有ろう。私も反対だ」

「――え?」


 クラウディオは、相手からの意図せぬ返答に虚を衝かれた様子を見せた。


「レオが居れば――という前提条件付きとなるがな」


 自死を図ったレオは一命は取り留めたのだが、未だ病床に臥せって果てぬ夢を見続けている。


 時折、絶叫を上げるという報告を担当医から聞き及んだエヴァンは、既に体力を取り戻しているのだろうと考えていた。


 ――だが、夢すらアレにとっては安息とはならぬのだな……。

 

 寝ても覚めても、レオにとって世界は罪悪感の牢獄なのである。


 ――ならば、急ぎ務めを全うさせ、まことの地獄に堕としてやるのが慈悲なのだろう。


 逸り立つ教理局と天秤衆の軽挙を抑えるには、レオ・セントロマ枢機卿の威信が必要なのである。


 信仰の砦に立て籠もり、俗世と異なる認知領域に至っている彼等は、エヴァンの権力のみでは動かし難い。


 現在の彼等が欲しているのは、ベルニクの血とアレクサンデルの頸だった。


「――ふうん」


 クラウディオは些か不機嫌そうな表情となっている。


 自身の執る作戦行動に戦略的価値など無く、政治状況が生み出した妥協の産物に過ぎない――と評されたに等しいからだ。


「七つ目殿も同じ見解だが――長く邦を空ける愚は冒さぬように致せ。ベルニクに追い迫ったという事実だけでも、天秤共への義理は立つ。プロイスも不審な動きを見せているのだ――」


 プロイス選帝侯は旧帝都とアラゴンの狭間を治める領主である。何れに与するかを未だ明かしておらず、両陣営にとって油断のならない相手だった。


「ええ、勿論そのつもりですが――」


 いつまで追えば、ベルニクの足が止まるのかなど、クラウディオにも確信が無い。


 ――半月か――ひと月か――あるいは――。


 航続距離のがアラゴン艦隊にあるとはいえ、追い続ける事は許されない状況である。


 ――口惜しいが、手放す事も考えないと駄目か……。


 叔父と呼べる相手の見解を聞き、煌めく牡鹿に眩んでいたクラウディオも、徐々に冷静さを取り戻しつつあった。


 だが、遅きに失したのだろう。


「――クラウディオ様っ!」


 緊急EPR通信が入り、エヴァンを映していた照射モニタが消えた。


「何事だ?――僕は叔父と――」

「極遠距離索敵網が、大規模艦隊を検知しております。お、凡そ五万隻の――」

「何ッ!」


 どこから湧いて来たのかというのが、最初に浮かんだクラウディオの疑問である。


「インフィニティ・モルディブの地表世界より浮上したとの報が――だ、出します――映像出します」


 島だけでなく、各拠点から浮上していく艦艇の様子を、地元メディアが捉えていたのだ。


 オビタル帝国と趣は異にしているが、砲門らしきものを備えた艦艇が次々に空へと飛び立つ様子が映し出された。


「いったい何だ、これは――。本当にベルニクのものなのかい?」

「識別信号は、ベルニク軍と一致します」

「ふむん。だが、ここまで距離があれば追い付かれはしない。このまま――」

「い、いえ。観測情報によりますと――」


 報告者、そして報告を受ける者にとっても信じ難い内容となる。


「光速度の約九十パーセントで接近中です」


 ◇


 目覚めは唐突だった。


 全てのバイタル値が正常を示していたにも関わらず、長らく眠れる聖人であったレオ・セントロマ枢機卿が両のまなこを開いたのである。


「――え――あの――猊下?」


 バイタルモニタの確認に訪れていた看護師が驚愕の声を上げた。目覚めると同時、レオが直ぐに起き上がって無言で病床を出たからである。


「医官が直ぐに参りますので――暫しお待ちを――げ、猊下――!?」


 狼狽える看護師を前に、レオは落ち着き払った様子で薄いローブを脱ぎさり全裸となった。

 己を戒め続けて来た全身に残る痛々しい鞭痕が晒される。


「医官はいらぬ」


 レオ自身でも驚くほどに心が軽く、四肢には力が漲っていた。正直に言えば歌い出したい程の気分である。


「だが、欲するものは有るゆえ、手配を頼む」

「は、はあ――」


 全ての欲を否定したと言われる聖人が、果たして何を求めるのだろうかと看護師は訝しく感じた。


 ――聖典――かしら?


 レオ・セントロマは、膨らみのない己の腹を骨ばった指先で撫でる。


「肉だ」


 口角を上げ、耳にまで至りそうな笑みを浮かべながら告げた。


「血の滴る肉を食す」

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