1話 フェリクス防衛☆乙女決死隊。

~~ 前回までのあらすじ ~~


 グノーシス船団国、執政官ルキウス・クィンクティは断頭台で死んだ。


 女帝ウルドが為した刻印の誓いを果たすべく、トール率いるベルニク艦隊及び聖骸布せいがいふ艦隊は首船プレゼピオを襲う。

 

 斬首作戦を敢行し、首船に揚陸した一万の装甲歩兵は、船団国の指導層を皆殺しにした。


 その頃、ルキウスの親友であるスキピオ・スカエウォラは、船団国の主導権をミネルヴァが確実に握り、尚且つ新生派帝国に足下を見られぬよう力を欲する。


 期せずして、トール・ベルニクの不作為により、ルキウスの大願でもあったレギオン旗艦のλが目覚めた。

 とはいえ、λが最大限の力を発揮するには、動力源が不足している。


 スキピオは決した。


 友を処刑し、その死を祝う首船など崩落させ、無尽のエネルギーを供するダイソン球を奪おうと――。


 ベルニク軍により砲台、テュールの隻腕、そして指導層を失った首船プレゼピオに抵抗するすべは無く、ミネルヴァのレギオン旗艦から放たれた反粒子砲は、数千万人の国民や奴隷と共に首船を消滅させた。


 軌道都市の消滅という惨劇を目にしたベルニク軍に、遠い太陽系より緊急連絡が入る。


「マクギガンの裏切りで、ランドポータルが破られました。陛下におかれましては――」


 ◇


 首船プレゼピオ崩落より、話は遡る。


 帝都フェリクス、オリヴィア宮に在るくだんのテラスでは、四人の女が白い丸テーブルを囲んでいた。


 女帝ウルドは澄ました表情で紅茶に口をつけている。


 他方、彼女に相対する三人の女達であるが――、


 長女フェオドラ・オソロセアは、緊張のあまり固まっている。


 次女レイラ・オソロセアは、唐突な面会の目的は何なのだろうか――と思考を巡らせている。


 そして、三女オリガ・オソロセアは、ウルドの胸元と自身の胸元を比べるかのように視線を動かしている。


 数日前、蛮族の指導者来訪に伴う式典とパーティに、ロスチスラフの娘として帝都フェリクスに招かれた。

 

 仮面舞踏会では、三姉妹の誰もが英雄トール・ベルニクの手を取るという大望を果たせなかったが、それで良かったのだと冷静な次女レイラは思っている。


 少しばかりの失意と安堵を胸に抱き、父と国許への帰路に就こうとした時――、


「陛下がお呼びで御座います」


 侍従長シモン・イスカリオテに請われ、三人娘は女帝ウルドの居室へ招じ入れられたのである。

 父ロスチスラフは、片眉を上げたのみで止める事は無かった。


「あ、あの――」


 長女としての責任を感じ、フェオドラは思い切った様子で口を開いた。


「――本日は陛下の奥所へご招じ頂く栄に浴し、臣の――」

「良い」


 ウルドは、面倒そうな様子で手を払う。


くつろげ」


 彼女は、旧帝都の内裏だいりを解き放たれて以来、いわゆる宮廷的な言葉のやり取りと距離を置きつつあった。


 希代の自由人トール・ベルニクの影響によるものか、内奥に秘されていた生来の性格が表面化しようとしているのかは分からない。


 ともあれ、諸事、直截な物言いを好む性向を示し始めていた。


「は、はあ」


 女帝に寛げと言われ、素直にそう出来る者など、帝国においてはトール以外に居ないだろう。


 筆頭元老ロスチスラフの娘とはいえ、多分に常識的なフェオドラは生返事を返すほか無くなった。

 紡ぐ言葉も浮かばず、居心地悪そうに押し黙り膝の上で指先を遊ばせている。


 こうして、テラスは再び沈黙に包まれたのだが、気にする風もなくウルドはオソロセアの三人娘を――、


 ――器量は並じゃな。


 厳しい同性の眼差しで品定めしていたのである。映像や催事会場などではなく、直接に面通しをする必要があると判断したのだ。


 ――醜女しこめではないが、どうしようもなく並であろ。


 本人達の名誉の為に申し添えておくが、オソロセアの三人娘は十分に美しい少女達だった。

 女帝ウルドが己を基準としたが故に、かような評価となった次第である。


 ――何より、アレも――まあ――ホホ。


「ホホホ」


 突然、嬉しそうに笑声を上げたウルドに、三人娘は怯えた様子で肩を震わせた。


 イリアム宮に在った当時の恐ろしい噂は、父ロスチスラフから度々と聞かされていたのである。

 だが、彼女達は安心して然るべきであったろう。


「実はな――」


 ウルドの機嫌は完全に良くなっていたのだ。


「――友柄を作ろうかと考えておる」


 ◇


 女帝ウルドとしての狙いは三つあった。


 ひとつは、万が一にもトール・ベルニクと、オソロセアの三人娘が恋仲に発展しないよう監視と妨害をする事だ。

 傍に置いて、己との差を思い知らせてやれるのも良い。


 容姿に限って言えば敗北するなど有り得ない話だが、古狸で策を弄するロスチスラフの動きを警戒した。

 何より、トール自身が先の読めぬ行動を取る男である。


 今ひとつは、イリアム宮での愚を冒さぬ為だ。


 内裏だいりに在って頼れる者などおらず、行方不明となった道化で無聊ぶりょうを慰める日々だったのである。

 挙句、傍付使用人をいたぶり抜いて人心を喪った。


 当時の反省を活かし、ある程度の近しい立場で、内密の相談を出来る者を傍に置こうと考えたのである。

 そこで、侍従長や女官長とは毛色の異なる者を、名誉近習に引き立てると決した。


 三つ目は、オソロセアの離反を防ぐ事にある。


 筆頭元老ロスチスラフこそ、現状の新生派オビタル帝国の屋台骨であると、女帝ウルドも理解していた。


 トール・ベルニクの派手な活躍が目立つとはいえ、経済、軍事ともに、オソロセア領邦を抜きにして新生派勢力は存立しえないのである。


 よって、彼の娘達を名誉近習として傍に置くのは理に適っていた。


 ――いざとはなれば、人質にもなろうしな――ククク。


 かような次第で、オソロセアの至宝達は、オリヴィア宮にて暮らす運びとなったのである。


 女帝からの打診を受けたロスチスラフが快諾した為に、物事はつつがなく進んでいったのだ。


 長女フェオドラだけでも国許に残すべきでは、という側近の意見もあったのだが、ロスチスラフは以下の様に応えたとされている。


「目は多い方が良かろう」


 女帝ウルド同様に、ロスチスラフにも思惑があったのだ。


 ◇


 三人娘が名誉近習となって、日が過ぎた。

 

 帝都フェリクス、そしてオリヴィア宮での生活は、彼女達にとって非常に大きな刺激を与えている。

 初めて親許を離れたばかりか、良きにつけ悪しきにつけ権力の中枢なのだ。


 尚且つ、祖国オソロセアを代表しているという自負もある。


 中でも次女レイラ・オソロセアは、受け答えの明晰さを買われ、いつしか女帝ウルドのお気に入りとなっていた。


 近頃では、どこへ行くにもレイラを伴い、また奥所にて相談する機会も増えている。


「――トール様からの吉報はまだですのね」


 ショートボブの横髪を耳にかきあげながらレイラが告げた。これは、慎重に言葉を選ぶ際に出る彼女の癖である。


 名誉近習へ叙されて直ぐに、レイラは女帝ウルドの前でトールの名を出す際には、十全たる配慮が必要と理解した。自分達が、オリヴィア宮に召された真因に思い至ったからである。


「まだじゃ」


 そう言うウルドの表情には、少しばかりの翳りが見られた。


 遥かな蛮族の地で戦うベルニク艦隊及び聖骸布せいがいふ艦隊とは、少し前からEPR通信が通じなくなっている。

 斬首作戦は順調に進み大詰めであるとの報を最後に、音信不通となってしまったのだ。


 幼い頃のレイラは、父ロスチスラフから戦場の話を聞くのが好きだった。ただ、話の最期は決まって次の言葉で締められた記憶がある。


 ――戦とは最後まで何があるか分からぬ。


 父が経験した戦いと、此度の戦が質的に全く異なるであろう事は、敏いレイラには分かっている。


 とはいえ、人が真剣に命のやり取りをする場において、通底する真理であろうとは思った。


 ――まさか――とは思うけれど――。


 嫌な予感のしたレイラであったが、根拠の無い言説でウルドの気を落とす必要もあるまいと考え口は閉ざしたままである。


 そこへ――、


「陛下ッ」


 奥所へ駆けこんで来たのは、侍従長シモン・イスカリオテであった。


「し、至急の報告があると、ホーク艦隊司令より――」


 ホーク艦隊とは、ランドポータルで防衛陣を敷くベルニク派出の艦隊である。オソロセア派出の艦隊をウルフ艦隊、マクギガン派出の艦隊をベア艦隊と呼称した。

 

「出せ」


 ウルドが短く応えると、シモンが照射モニタを宙に映す。

 

「畏れ多くも――」

「良い」


 口上を始めたシモンを下がらせた。


「ホーク艦隊司令ギルベルト・ドレッセルであります」


 ベルニク軍木星方面艦隊司令のギルベルト中将であるが、ホーク艦隊司令としてランドポータル防衛を任ぜられている。


「ウルドである。端的に申せ」


 海賊の拠点へ単身乗り込んだ武勇伝を持つギルベルトは、落ち着き払った声音で危機的状況を伝えた。


「ランドポータルを破られ、カドガン領邦軍の艦艇凡そ二万がフェリクスへ向かっております」


 漏れそうになる悲鳴を、レイラは必至の思いで堪えた。眉根ひとつ動かさず報告を受けるウルドへ、対抗心めいたものが有ったのかもしれない。


 ――なんというか、陛下って大したタマよね……。


「三万の艦艇で防げなんだか?」


 数が全てでは無いが、ポータル戦において防御側は圧倒的に有利なのである。


「マクギガンが裏切りました」


 マクギガン領邦を治める野人伯爵ディアミドは、元老を務める新生派勢力の支柱であった。

 ロスチスラフと旧くから交友関係にあり、レイラ自身も幼い頃から何度か面識がある。


「なるほど」


 現時点で、負け戦の仔細を質しても意味がないと考え、ウルドは相槌を打つに止めた。


「四時間以内にフェリクスへ到着する見込みです。陛下におかれましては至急の退避を――」

「ギルベルト」


 近傍に在るフェリクスポータルを抜ければ太陽系である。直ぐに動けば、十分に危地を脱する事が可能だろう。


 さらには、火星方面管区司令パトリックが、ウルドを護衛するため艦隊を動かしており、万全の態勢である――とギルベルトは続けるつもりだったのだ。


 話を遮られ、彼は初めて訝し気な表情を浮かべた。


「カドガンの狙いは読めておる」

「狙い――ですか?」


 言われずとも、誰の目にも明らかだろう。復活派勢力は、女帝ウルドの身柄と玉璽を欲しているのだ。


 だが、実際にはグリンニス・カドガンの目論見は異なる。


「ゆえ――」


 ――カドガンずれは、城塞とやらを求めておるのだろう。


 オリヴィア宮には、城塞へ至る台座が残されている。


「余は引かぬ」


 グリンニスとウルドには因縁があり、大いにお互いを恨んでいた。

 おめおめと背を見せ逃げるなど、自身の沽券に関わると考えたのである。


「兵を用意致せ」

「艦艇を、どこに配されるおつもりか?」


 ギルベルトは、フェリクスで敵を迎え撃つには、艦艇の数が足りないと言外に伝えたのだ。


 だが、続く女帝の言葉には、さしものギルベルトも二の句が継げなくなった。


「オリヴィア宮にて籠城致す」

「ええッ!?」

「ひぃぃぃ」


 レイラとシモンの声が唱和する。


 以上が――、


 乙女決死隊と呼ばれる部隊が誕生する三日前の出来事であった。

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