33話 価値ある大罪。

 未知のポータルを抜け、帝国の支配が及ばぬ星間空間を奔り、トール達はベネディクトゥス星系を目指していた。


 ベネディクトゥス星系には、三つの惑星にポータルが在った。

 フェリクス、ソテル、ランドである。


 その中のひとつ、フェリクスポータルは、木星ポータルと通じていた。


「公領鎮撫艦隊が潰走した後、叛乱軍はフェリクスポータルで守備陣地を築くつもりでしょう」


 集まった人々に向けた、トールの第一声である。


 旗艦に会議室は無かったが、乗組員用の慰撫施設があった。

 ソファ、セルフバー、ビリヤード台などが置かれている。


 女帝ウルドがソファに陣取った為、ロスチスラフは遠慮したのかセルフバーのスツールに腰かけていた。

 トールなどは、ビリヤード台の上で胡坐をかき、膝には猫が乗っている。


 その他の人々は、それぞれが適当な場所に立っていた。


 ――奇跡みたいな光景ね……。


 ロベニカは、ふと場違いな物思い囚われる。


 さらって来た最高権力者と、裏切り者を操っていた男とその部下、そしてトールに付き従う部下達が、敵から鹵獲ろかくしたふねに同乗しているのだ。


 トール・ベルニクの魔法に皆が惑っているのか――あるいは酔っているのか。

 

 そんな彼女の些か感傷的な思いは、トール乗艦に伴い、副艦長に降格されたケヴィンの言葉で遮られる。


「そこは、間違いないでしょうな」

 

 常識的に考えれば、帝国の侵攻はフェリクスポータルからと誰もが予測する。

 おまけにフェリクスは、ベルツ領邦時代は邦都であり、現在は総督府が置かれていた。


 ここを守らない訳が無い。

 

「で、我々が出るのは、ここです」


 照射モニタに映るベネディクトゥス星系の図を指差した。


 フェリクスと、ソテルの周回軌道に挟まれた巨大な惑星――コノンである。

 ナノ合金の原材料となるレアメタルの産地であるが、軌道都市は存在しない。


「コノンの衛星近傍に、いわゆる未知のポータルが在ります」


 敵がフェリクスポータルで守勢となっていれば、木星ポータルで待機するパトリック率いる艦隊と挟撃できるわけである。


「ただ、問題が二つもあります」


 むしろ二つしか無い事の方が驚きだ、とロベニカなどは思った。


「ひとつは、敵の戦艦が意外に多いって事なんです」


 会敵した公領鎮撫艦隊からの打電をパトリックが受けている。

 概算ながら、戦艦百、駆逐艦百、戦闘艇二千とされていた。


 戦艦は、三兵戦術でいうところの砲兵である。


 敵と比べ、またもベルニクは火力で劣っているのだ。

 グノーシス異端船団国との戦いで破損した艦艇の修理も、多くは終わっていない。


「挟撃したとしても、よーいドンで撃ち合えば負けてしまいます」


 挟撃や包囲で艦艇を分散させるメリットは、心理的効果という側面もあるが、根本は相手より多くの射線を前面に展開できる点にある。


 だが、そもそもの火力で負けている場合は、挟撃のメリットが生かしきれないのだ。


「ですから、敵に兵力の分散を強いる他ありません。ロスチスラフ侯――」

「うむ、大丈夫だ」


 スツールに座るロスチスラフが頷いた。


「マクギガンは動く」


 トールが、ロスチスラフを頼った最大の理由がこれである。

 ディアミド ・マクギガン伯爵は、ロスチスラフ一派とされる諸侯の一人なのだ。


 稀に見る粗暴な伯爵として悪名高い男だが、今回重要なのは、彼の所領がベネディクトゥス星系のソテルポータルと繋がっている点にある。


 攻め入る必要は無く、程よい数の艦隊をポータル前に展開し、メディアで吠えてくれれば済むだろう。

 叛乱軍としては、そちらにも守備艦艇を割かざるを得なくなる。


「本当に攻めても良いと言っておったぞ」

「それは――まあ、遠慮しましょうか」


 今回の戦いは、勝つだけでは駄目だった。

 そのため、粗暴な指揮官が戦場に入るのは好ましくない。

 

「もうひとつの問題は――」


 戦争というものの特性を考えると、こちらこそが難問である。


「――敵のリーダーは、まずは生け捕りにしたいんですよね」


 首魁しゅかいの身柄を手に入れる為、誰よりも先に侵攻するのだ。


「ほう、なぜか?」


 黙って聞いていたウルドが、尋ねた。


 もし、シモン・イスカリオテが居合わせたなら驚いたかもしれない。

 彼女が、政治――しかも軍事に興味を示すなど、これまで一度として無かったからである。


「リーダーに、証言して頂くんです」


 ベネディクトゥスの光、その他の叛乱、暴徒――全てを操っていた勢力について証言をさせる。

 エヴァンと、何人かの諸侯が関わっていたのは確実だ、とトールは考えていた。

 

「知っているとは限らんだろう」


 これは、ウルドの言う通りであった。

 仮にエヴァンが操っていたとしても、叛乱軍の首魁しゅかい如きと直接やり取りをするはずも無い。


 ベネディクトゥスの光を率いる連中は、協力者の正体など知らずに過ごしてきた可能性は大いにある。

 だが、これも大きな問題にはならない。


「皆さんだから、明け透けに言いますけど」


 いつもそうではないか、とロスチスラフは小さく呟いた。


「大事なのは、敵のリーダーを捕縛したという事実だけなんです」


 事実と状況証拠を使ったナラティブを作り出し、後はメディアで拡散させる。

 思う存分に、エヴァンと彼に与する勢力を誹謗中傷すれば良いのだ。


 この戦いは、法廷ではなく、単なる権力闘争である。

 諸侯と大衆の感情に、そして利害に訴えた側が、優位な勢力図をえがけよう。


 真実など不要であった。


「とまれ、奴ずれの口止めは必要となろうな。くびるか?」


 形勢が定まれば、叛乱軍の首魁しゅかいなど無用――むしろ、生かしておくとリスクが発生する。

 ゆえに、殺すのか、という女帝ウルドの確認であった。


 この辺りの感覚は、少女と言えど、宮廷を生きて来た者に特有なのであろう。

 

 他方で、首席秘書官という要職にあるとはいえ、多分に市井の感覚を残すロベニカなどは、獄に繋げば十分ではないかと感じている。


 だが――、


「ええ」


 トールは、短くいらえ、表情を変える事なく頷いた。

 この時の彼の本心を、推し量れた者はいない。


 ともあれ、いかなる方法でも、マリの本懐は遂げられるのだろう。


 ◇


 慰撫施設会議では、話題に上らなかったポータルが在る。


 フェリクス、ソテル、

 

 そしてランド――。


 ランドポータルの存在をトールが失念していた訳ではない。

 だが、彼の愛する物語を信ずるならば、もう少し出番が後回しになるのだ。


「帝国軍が、一週間ほどで来ちゃいますわ」


 徒花あだばなの女、イヴァンナであった。

 誰も居ない事が保証される部屋――つまりは風呂でEPR通信をしている。


 照射モニタで、自身の裸体が相手に見える点は気にしていないようだ。


「構わん」


 EPR通信の相手は、冷たい女の声である。


「賊軍で蹴散らせぬならカドガンが入る」


 ランドポータルの先に、カドガン領邦が在る。


「援軍、助かりますわ~。だあって、ベルニクのボウヤも来ちゃうんですのよ」

「そこは目殿も懸念されていた。連中の動きが見えん」


 未だ、誰もベルニクの航跡を追い切れていない。

 消息不明となっているのである。


「とはいえ、極力、賊軍のみで処理せよ、というのが目殿のご意向だ」

「分かってますわよぉ。ただ、ウルリヒ君っておバカちゃんなので――」


 もうひとつの照射モニタには、総督府メディアセンターにて、老人達を従えたウルリヒが映し出されていた。

 彼らの前には、招集された記者たちが多数いるのだろう。


「――戦争より記者会見に夢中なんですの」


 この日、ウルリヒ・ベルツは、メディアの前で饒舌に語っている。


 ベルツ家への異端審問がいかに不当であったかを。

 自身と旧家臣達が舐めた辛酸を。

 ベネディクトゥスの光のリーダーである誇りを。


 幾つかの事実は秘した。


 ニクラスへの裏切りがもたらした惨劇を。

 気狂いとなったルーカスを叩き出したことを。

 反政府フレタニティの偽りを。


 なぜなら、今日はウルリヒが待ち望んだ日なのだ。

 かつて、ベルツ家のものであった場所で、改めて宣言するのを夢見て来た。


 もう偽りの名前で生きる必要は無い。


「私、ウルリヒ・ベルツこそが、ベネディクトゥス星系の領主であると宣する」


 全ての大罪は犯す価値があった。


「ベネディクトゥスに光あれ」


 これが、彼の人生における頂点となる。


 

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