30話 正義の味方、帝都を発つ。

 叛乱に乗じ陛下をさらう、と聞いた夜――。


 児戯じぎた発想を愉快に感じロスチスラフは嗤った。

 だが、同時に浅慮であると断じている。


さらって何とする?刃で脅し勅命を出したところで、従う諸侯などおらん」


 覇を唱えるとは、それだけの事なのかと、些か残念に感じた記憶もある。


「いえ、勅命は直ぐには出しませんよ」

「あん?」


 ロスチスラフは胡乱気うろんげな声を上げたが、トールは気に留めなかった。


「まずは、みんなで協力をして、完全なる正義の味方になりましょう!」


 その為にこそ、犯罪行為と非道を重ねたのである。


 ◇


 禁衛府きんえいふ長官より新たな指示が出され、近衛師団の行動方針は変更された。


 近衛師団の一部兵士が、ベルニク領邦軍の大型旗艦を背に横隊で立ち並んでいる。


 見た目としては、旗艦を警護しているようにも映った。

 実際、そのような映像効果を狙った配置なのである。


 全ては、エゼキエル宇宙港の守備を任された副師団長による差配――ではなかった。

 エクソダスMのソフィア・ムッチーノが率いるチームと、勲章親授式でも協力した地元メディアが、全ての配置と、乗艦までの段取りを決めたのである。


 巨大な旗艦の前方に位置するタラップへ歩く女帝ウルドの後ろには、トールとロスチスラフが軍服姿で続いていた。

 ウルドについては乗馬服姿のままだが、必死の脱出劇であった様子がえるだろう、とソフィアが判断したが故である


「トール殿」


 隣を歩くロスチスラフが囁く。


「蛮族が動いた」

「はい」


 既に各メディアでも報じられているが、勅命に応じ帝都に向かっていたグリフィス領邦軍は、その途上でグノーシス異端船団国の艦隊に急襲されている。

 帝都の人々を、さらなる絶望の淵に追いやる報せとなった。


「いやぁ、ホントに頼りになりますね」

「――声が大きい」


 慌てて、ロスチスラフがたしなめた。


 後ろで聞く首席秘書官のロベニカも肝を冷やす。

 全ての筋書が露見すれば、はりつけにされるのはトール・ベルニクなのだ。


「で――他の約定も、各々から取り付けてある」


 ロスチスラフ自身は、早朝からエゼキエル宇宙港の貴賓室にいた。

 そこで、様々な相手と密議、謀議を繰り広げていたのである。


「わぁ、ご苦労様です」

「う、うむ」


 相変わらず、奸雄かんゆうたる己を恐れぬトールの言動は、ロスチスラフの調子を狂わせる。

 ゆえにこそ、邪気は無いが、底の見えぬ男として映るのだ。


 ――本当に連れて来よったしな……。


 前を歩く女帝の背を見た。 


 トールは、吐いた大言通り、高貴な身柄をさらって来たのである。

 それでいて、女帝ウルドから疎まれているようにも見えない。


 どうなっているのだ、とロスチスラフは改めて思った。


 彼は、最高位の爵位を持ち、強大な領邦の領主である。

 とはいえ、ピュアオビタルでは無いがゆえに、女帝との謁見は許されない。


 廷臣として宮中で仕える事も、ましてや選帝侯に成り代わるなど不可能である。


 権謀を経て侯爵位を得ながら、格落ちの金髪領主である為に、宴にて女帝と多少の言葉を交わせる程度の存在なのだ。

 そこには、力だけではどうにもならぬ壁がある。


 帝国の治世が乱れるなら、そんな彼を飛躍させる機会となるはずであった。


 ――だが、それ以上の好機を得た。


 女帝ウルドの後背を歩くロスチスラフには、文字通りの意味合いで、女神の後ろ髪が眼前にある。

 

 あの夜、邪気の感じられぬ若造は、全てをひっくり返すと語った。


 ここまで実現したのなら、最後の奇想も現実になるだろう、とロスチスラフは遂に確信を得たのである。


「陛下、こちらでお願い致します」


 旗艦タラップ下で待っていたソフィアが、緊張した面持ちで声を掛けた。

 さすがの彼女も、女帝――という権威を前にして、些かの気後れがあるのだろう。


「ここか」


 ウルドは鷹揚に頷いた後、振り返った。

 トールと、ロスチスラフは、彼女の背後へと進み左右に別れて並ぶ。


 イリアム宮が落ち、緊迫した帝都の情勢下で、多くの者達が照射モニタでライブキャストされるこの映像を見ている。


 女帝ウルドは、銀髪を風が乱すままにして、その口を開いた。


「まず、民に詫びよう。慙愧ざんきに耐えぬが、余は逃げる」


 随分とあけすけに現状を言い切った後、数舜、瞳を閉じた。

 

 窮地に在り、民を置いて為政者が逃亡するのである。

 言い繕うほどに、醜くなると判断したのだろう。


「が、勝つためである。許せ」


 激高も、失意も、諦念ていねんも無い、静かな口調である。

 ゆえにこそ、いっそ底の知れぬ迫力と真実味があった。


 実際、真実のみを語っているのだ。

 幾つかの主語と経緯を省略してはいたのだが――。


「仔細は、余の――いや、余を危地より救ったベルニクより語らせる。ベルニク――いでよ。許す」


 女帝ウルドの前に立つ事を許したのである。

 有難うございます、と呟きながら、トールは一歩前へと進んだ。


「皆さん、こんにちは。トール・ベルニクです」


 極一部の好事家には、好評を博している脱力系挨拶であった。


「ええと、最初に現状について話しましょう。宰相エヴァン公の判断により、遠方で起きた叛乱を鎮める為とはいえ、帝都の守兵が不足しています」


 トールは、飾らぬ平易な表現で、真っ向からエヴァンを刺した。


 その点について、一部のメディアでは既に非難めいた論評は出ている。

 領邦軍を頼らず帝都をがら空きにしたのは、今となっては誰の目から見ても失策であろう。


 暴徒は街を荒らし、イリアム宮は叛乱軍の手に落ちた。

 法的根拠の是非はあれど、辺境ベルニクの横車が無ければ、女帝ウルドは弑逆しいぎゃくされていたはずである。


 無論、エヴァンの目論見からすれば、計画通りの結果ではあるが――。


「そのため、陛下に万が一も無きよう、ボクとロスチスラフ侯でお守りする事にしました。なお、叛乱軍首魁しゅかいが、ベネディクトゥス星系に在るとの確かな情報もあります」


 ベネディクトゥス星系は、異端審問により廃されたベルツ家の旧領である。


 叛乱軍全てがベルツ家残党では無いだろうが、その中核を成すのは間違いない。

 実際、此度の叛乱は、ベネディクトゥス星系から始まったのだ。


 ただ、これらの背後に、一部諸侯が存在する点については口を閉ざした。

 現時点では敵に回す意図が無かった為である。


「急ぎベネディクトゥス星系へ赴き、首魁しゅかいを討ち取ってみせましょう」


 首魁しゅかいを討つ事で、帝国各地の叛乱を鎮火させ得ると示唆したのである。


 なお、帝国軍の艦隊も同星系に向かっているはずであるが、彼らと共闘するつもりなど無かった。

 トールはベルニク軍のみで叛乱軍を打ち破り、首魁しゅかいを自身の手に収めるつもりである。


「乱を鎮める事で、陛下が帝都へと、お入り頂ける日が来るはずです」


 この言葉は真実となるが、多くの者が理解した形では実現しない。


「ともあれ、皆さん。暫しの辛抱です。あ、あと、安心安全なベルニク領邦では、移住する方を引き続き募集しています。状況が落ち着き次第――」


 ◇


「まったく、怖い御仁だぜ……」


 騒々しい犯罪者達は去り、すっかり静かになった屋敷で独りトジバトルが呟いた。


 最期、トールが民衆に向けて語った言葉の真意は、誰も理解しなかっただろう。

 それはトジバトルも同様だったが、別れ際に交わした会話を思い起こす。


 ――この騒ぎは、一週間で収まります。

 ――叛乱がですか?

 ――そうですね。少なくとも、帝都とベネディクトゥスの叛乱は終わるでしょう。


 予言者の如くトールは告げた。


 そして、予言には二種類しかない。

 出鱈目な嘘か、予言した当人が実現に向けて動き、成し遂げた場合だ。


 ――そうなれば、人の往来が復活します。トジバトルさんは、一ヵ月以内に来てくださいね。大事な人を連れて、必ずそうして下さい。いいですか?

 ――は、はあ。まあ、移住はするつもりですが、色々と整理が必要でして……。


 その時、トールは常とは異なる真剣な眼差しで、トジバトルを見た。


 ――ダメですよ。必ず一ヵ月以内に来て下さい。


 照射モニタでは、そう告げた男を乗せる巨大な旗艦が飛び立つさまを流していた。

 誰も見た事のない、不思議な形状の艦艇である。


 ともあれ、トール・ベルニク子爵率いる艦隊は帝都を発ち、一路ベネディクトゥス星系へと向かう。

 同星系への到着は、どれほどいても一週間後となると見込まれていた。


 だが、二日後、敵味方双方を驚愕させる事態となる。

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