27話 囚姫強奪。

 戦争の帰趨は艦隊戦と、軌道都市壁外兵器で決まる。


 とはいえ、都市への揚陸や、重要拠点へのテロ行為に無警戒というわけではない。

 女帝住まうイリアム宮ともなれば、対空防衛を備えていた。


「けど、基本的にECMですから――」


 自動運転制御、慣性制御システムへの妨害及びインターセプトが主たる防衛手段なのである。


「――これなら入れちゃうと思うんです」


 遊覧用として使われていたティルトローター機は、定員二十名ほどとなる。

 帝都を訪れた観光客などが、常とは異なる飛行体験を味わいつつ、都の景観を楽しむために利用されるらしい。


 太古文明と比するならば、ジェットエンジンを手に入れた時代に気球で遊覧したようなものだろうか。


 なお、パイロットには、今後は遊覧船の運転が不要となる金と、オソロセア領邦の居住権を与えている。


「ECMが意味を為しませんからな」


 ドミトリが、地上を見下ろしながら呟いた。

 

 ――完全なる犯罪者となったが……。


 ドミトリとて、これまで清廉潔白に生きて来たわけではない。

 ただ、まさかイリアム宮に不法侵入することになるとは、領事にまで成り上がった当時は想像もしなかっただけだ。


「けど、ボクが予想していたより、随分とやられちゃってますね。近衛師団って弱いのかな」


 トールは、師団長の耳に入れば激高しそうな台詞を吐いた。


「武装が対装甲用になっていないようですわ、閣下」


 パワードスーツに身を包み、ツヴァイヘンダーを背に差すジャンヌが言う。

 

 彼らが想定していたのは、軍隊ではなく生身の暴徒なのだ。

 準備不足は非難されるべきであろうが、そのまま実力と見なすのは早計だろう。


「これぐらいやられてる方が説得力はあるかもしれませんけど――」


 予測していた未来と、掴んでいた情報を、事前に伝えれば救えた命もあるだろう。


 だが、トールは選んだ。

 己の我欲のため、自領邦の立ち位置を良くするため――この状況を許した。


「ただ、まだ宮に入られては困ります。ジャンヌ少佐」

「承知しました」


 頷く彼女の背後には、十名ほどの兵士が通路に並んでいる。

 ホワイトローズ揚陸部隊でないのは残念だろうが、軍務経験のある護衛官から選抜した。


 トールの指示は、敵を殲滅する事ではない。

 この劣勢化に、ジャンヌ旗下十名を投じたところで覆るわけもないのだ。


 ゆえに、イリアム宮にて目的を果たすまでの時を稼いで欲しい。


「では――参りましょうか。皆さん」


 優雅な笑みを浮かべた戦乙女は、茶会へ行く旨を部下達に告げて、白い頭部装甲を装着した。

 同時に、機体後部のハッチが開き、轟音と突風が機内を舞う。


 開放されたハッチを前に、風に負けじと叫んだ。


「死地におもむく」


 やわな指示など、ジャンヌ・バルバストルの脳裏からは消え去っている。


「――が、共連ともづれを山と積め。殺戮ッ。蹂躙ッ。ベルニクッ!!」


 禍々しい咆哮と共に降下した白い悪魔に、同じ狂声を木霊させ選抜兵が続いた。


 なお、地上で絶望していた近衛師団師団長は、生涯この日の悪夢に悩み、滝のように流れる汗と共に目覚める事となる。


 ◇


「そ、そろそろ――刻限のようでございます」


 女帝ウルドの元へ、内裏だいり常在役となったシモンが訪れた。

 大きなキャリーケースを二つ引いて来ている。


「ご苦労」

「――え、ははっ」


 聴覚が狂ったかと思ったが、やはり礼なのだろうと考え、シモンは慌ててこうべを垂れた。


「余も万端である」


 そういう彼女の出で立ちは、全裸でも薄手のローブでも無ければ、謁見用のドレスですら無かった。


 紺の猟騎帽に、緋色のジャケット、中には白いシャツを着ている。

 タイトなジョッパーズを履き、膝から下は黒いブーツであった。


 つまりは、乗馬服である。


「動き易い――と言われると、これだけでな」


 ウルドの手に鞭が握られていないことに、シモンは胸を撫でおろす。

 試しに尻を出せと言い出しかねない為である。


 ただ、鞭の代わり、その手には玉璽ぎょくじがあった。

 国獣である銀獅子が彫られた立方体は、代々に引き継がれてきた印章である。


 無論、印章として使われてきたわけではなく、生体認証と合わせ正統なる女帝を証する役割のみを持っていた。


「では、中庭へ――」


 と、シモンが言いかけたところで、女帝の居室は久方ぶりの客人を迎える。


「民草が苦しんでおりますが――」


 宰相エヴァンであった。


「――いずれかへ、御行幸ですかな?」


 キャリーケースと、ウルドの間で視線を彷徨わせながら言う。


「ハッ。その民草どもに囲まれておるのよ。――が、うぬは、どこから忍んで来た?」

「危地に有り、必死に馳せ参じた次第」

「――大方、死に損ないの屋敷から、面妖な通路でもあるのであろ。おお、そうじゃ。詩編では世話になったな。礼を言うておらなんだわ」


 この時、ウルドは、エヴァンの心中が視えていた。

 叛乱軍が仕損じた場合に備えウルドの傍に在ろうとしているのだ。


 つまり、今すぐにでも仇なそうとしている訳ではない。

 時を稼ぎ、なおかつ悟られないようする必要があると考えた。


「冠は置き、玉璽ぎょくじは持たれている」


 エヴァンが室内の様子を見回しながら言った。


 ウルドの頭を飾っていた王冠は、小さなテーブルの上に無造作に置かれている。

 装飾以外の意味など無かったので、叛乱軍にでも呉れてやるつもりであった。


「となれば――」


 エヴァンは考える様子を見せつつ、うなじに手を置いた。 

 骨伝導のため周囲に音は漏れないが、EPR通信が入ったのである。


 ――所属不明の飛行船から、ベルニク兵と思われる連中が降下し、近衛師団に加勢しております。


 声の主は、治安当局に忍ばせたエヴァンの子飼いである。


 ――残兵をまとめ、宮の入り口を固めており、叛乱軍は停滞している模様です。この機に特別警備隊で後背を突けば、我々は辛うじて勝利をもぎ――。


 眉間に皺を寄せ、エヴァンはEPR通信を一方的に切断した。

 勝利など不要、と怒鳴りつけたいところであったが、堪えて思考を巡らせる。


 ――ベルニク――また、ベルニクか。何が起きている。何をするつもりなのだ。


 呑気な顔をした若造に、エヴァンの計画は狂わされ続けている。

 そして、今、目の前に立つ女の姿は――。


 彼の中で一本の筋道が閃いた瞬間の事であった。


 居室から望める中庭に、旋回音を響かせてティルトローター機が降下する。

 風圧で、二階に位置する居室の出窓が揺れた。


「シモン、荷は捨て置け」


 ウルドは隣に立つ男に小声で囁きながら、ティルトローター機のハッチから、呑気な悪党が、中庭に拡がる芝生へ降り立ったのを確認する。


 頭部装甲は着けていないがパワードスーツを纏っていた。

 出窓から覗くウルドに気付いたトールが、笑顔で手を振っている。


 ――芯から大うつけよの。


「愚かなことをされるな。ここを去ってどうされる?逃げ場などありませんぞ」


 帝都に在れば、トラッキングシステムで直ぐに見付けられる。


 宇宙港には近衛師団が陣取っているうえ、叛乱軍艦隊襲来に合わせ、全ての旅客船は出港を見合わせているのだ。

 よって、辺境の国許に逃げ帰る事も不可能である。


「どうされる――とな――ククク」


 いとおかしそうに笑声を上げ、ウルドは出窓を開け放つ。


「し、芝生は、あ、ありますけど――へ、陛下――!?」


 下方を覗き込んだシモンが震えた声で告げる。


「知れたことよ。余はな――生きる」


 死なぬ、と決めた。


 ありとあらゆるものを犠牲にしようとも、己が生きる。

 強欲に、身勝手に、血肉を喰らい生きる。


「ゆえ、かような腐れ都など、貴様に呉れてやるわッ!!」

「ま、待て。待つのです――陛下――」


 些かの動揺を見せ、エヴァンは取り押さえようと腕を伸ばす。


「田舎領主ッ!!余を、しかと受け止めよッ!!!」


 そう叫ぶと、ウルドは振り返ることなく出窓を蹴り上げ、宙で放物線をえがく。

 残ればエヴァンに殺されると考えたシモンも、女神に祈りを捧げ後に続いた。


「馬鹿な――オリヴィア――」


 立ち尽くすエヴァンの下方で、今日はみんなよく飛び降りるなぁ、とぼやくトールが落下地点に向け、対数フィードバックを効かせ跳ねた。

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