23話 叛乱の嵐。

 謀略のくつ、詩編大聖堂からホテルに戻ったトール達であるが、ロベニカとマリは大急ぎで自室へと向かった。


 ――きっと、お風呂に入るんだな。いや、シャワーかな。いいや、お風呂だよね。


 などと、どうでも良い事を思い巡らし、トールも自室に――広々としたスイートルームに帰った。

 ジャンヌ達からの連絡を心待ちにしつつ、照射モニタで報道番組を眺める。


 ――アレクサンデルさんも喜んでるかな。


 新教皇誕生にまつわる報道を見ながら思った。

 

 なお、トールの異端審問予審への送致は既に止められないが、予審の構成員はアレクサンデル一派に置き換えられる。

 かくして、女神を否認した男は、政治によって異端を免れるのであった。


 ――ん?


 緊急ニュースを報せるアラームが鳴動した。


 新教皇について報ずる照射モニタの映像が切り替わると、見覚えのある高層建築物を前に、スーツ姿の女性が立っていた。


 ――あれ、ムッチーノさんだぞ?

 ――やっぱり、スーツ姿のムッチーノさんは最高だなぁ。


 気付かぬうち、エクソダス・Mの報道番組を見ていたようだ。


「ベネディクトゥスの光と称する勢力が、ベネディクトゥス星系にて武装蜂起しました」


 想定した事態のため驚きはしないが、なぜベネディクトゥス星系の叛乱を、帝都に出張しているソフィアが伝えているのかと、トールは疑問に思った。


「同勢力は、既に総督府庁舎を占拠。また、艦隊戦力を有しており、同星系に駐留する公領撫民艦隊と交戦中の模様です」


 公領撫民艦隊とは、帝国直轄地――つまり公領における駐留艦隊を意味し、その戦力は地方によりバラツキがある。


 ベネディクトゥス星系の駐留艦隊は、対海賊用の艦艇で構成されているため、叛乱軍に、まともな指揮官と艦艇があるならば太刀打ち出来ないだろう。

 

「隣接するベルニク領邦軍は、既に討伐軍の編成を終え、帝国基本法九条に基づく発令を待っているとの情報が入っています」


 自領邦の素早い対応に、ソフィアは少しばかり誇らし気な表情を隠せない。


「異例の対応の早さについて、帝都ご滞在中のトール・ベルニク閣下に直接おうかがいするため、目の前にありますホテルに――」


 ともあれ、各メディアは、アレクサンデルから再びトール・ベルニクへ焦点を移すだろう、とソフィア・ムッチーノは考えていた。


 だが、その予測も外れる事になる。


 ◇


 ――コンクラーヴェから一夜明けた翌日。


 ソフィアの予想に反して、メディアの伝える情報は、トール・ベルニク一色とはなっていない。


 ベネディクトゥス星系での叛乱を皮切りに、多くの公領で叛乱軍が一斉に蜂起し始めた為である。


 これに対し、宰相エヴァン・グリフィスはメディアを通じ以下の声明を発表した。


「ウルド陛下より勅諭ちょくゆを賜った故、告げる。帝国旗下万軍にて賊を討つ。諸侯と臣民は安んじて高覧あるべし」


 諸侯の領邦軍をあてにせず、帝国軍が始末をつける――それが、女帝ウルドの意思であると公言したのだ。


 懸念を示す廷臣もいたが、コンクラーヴェにより各領主が帝都に滞在、または帰路にある途上という事情を考えると、やむを得ないとの結論になった。

 

 己の腹を痛める必要が無くなった諸侯としては、歓迎すべき声明である。


「公領、十五星系のうち、十二星系で叛乱が起きています。我々が把握できた敵勢力の状況はベネディクトゥスだけですが――」


 トールは、すっかり執務室の様相を呈するスイートルームで、ロベニカの報告を受けていた。


 照射モニタには、火星方面管区司令長官パトリック大将と、月面基地司令官ケヴィン准将が映し出されている。


「いかほどです?」


 トールの質問に、パトリックが答えた。


「戦艦、駆逐艦共に百隻、後は戦闘艇が二千隻程度ですな。会敵した公領撫民艦隊から打電がありました」


 艦型と整備状況は不明ながら、ベルニク領邦軍に見劣りしないどころか、戦艦の艦数では上回っていた。


 叛乱の起きた十二カ所が同兵力だと仮定すると、叛乱軍は三万近くの艦艇数を持っている事になる。


 艦艇数もさることながら、乗組員、指揮官、整備、さらには拠点が必要となり、反政府系組織やベルツ家残党だけで起こせるような叛乱ではない。

 となれば、有力諸侯のいずれかが関与しているのは明白であるが――。


「これを帝国軍のみで始末するのか……」


 帝国軍が保持する艦艇数の公称値は十万であるが、実際に動かせる艦艇はその半分程度と言われ、また老朽艦が多数を占めていた。


 銀河を統一した帝国には、対等な規模の外敵など存在せず、領邦同士の小競り合いは、当事者同士が外交か武力で解決してきた。

 封建制度を採用した帝国とは、領邦間の利害調整役であり、その力の源泉は伝統的権威である。


 国費を食いつぶす巨大な軍隊を維持する必要など無かったのだ。


「エゼキエル第一、第二基地、及びイザーク要塞から、今夜半頃には全艦出撃するそうです」


 惑星エゼキエルの周回衛星を改造したイザーク要塞は、帝都防衛のかなめである。


「随分と早いですね」

「ちょうど、大規模な演習が予定されていたんです」

「なるほど」


 ――エヴァン公も、色々と準備してたんだなぁ……。


 コンクラーヴェという隔絶された環境における女帝弑逆しいぎゃくの目論見はついえた。

 となれば、イリアム宮にて、で始末するほかない。


 そのために、まずは帝都を丸裸にする選択肢を選んだのだろう。

 エヴァンの中では、計画時点でオプションの一つとしてあったはずである。


いずれにしても、ほとんどの艦隊が出払うわけですね……この星系から」

「はい。まともな戦力としては、近衛師団のみとなるでしょう」


 近衛師団は、白兵部隊だけでなく艦隊も保有する。

 エゼキエル第三基地に駐留しており、銀獅子艦隊とも呼ばれていた。


「ただし、グリフィス領邦に対しては、帝都防衛の勅命が下っています」

「あそこからだと、帝都までどれくらい掛かります?」

「艦隊編成にもよりますが、最短で三日程度かと」


 ベルニク領邦からであれば、超高速旅客船でも一週間は必要となる。

 近隣領邦を頼んだのだと言われれば、強く否定も出来ない。


 だが、丸裸となった星系に、エヴァン公の影響下にある軍隊のみが残るのだ。

 彼の狙いに見当が付く者からすると、分かり易い状況とはなった。


「――まあ、概ね期待通り――いや、想定の範囲内って感じですかね」


 この状況で、その言葉が出るかと、パトリックは頼もしい気持ちで片眉を上げた。


「ケヴィン准将」


 顔にまとわりつく猫と格闘していたケヴィンがこちらを向いた。


「し、失礼しました。猫様がたけっておられまして――」

「アハハ」


 トールは言葉を切り替えた。


「みゆうさん、この後のお客様が帰ったら、お話しできる時間がありますよ」

「え、ほんと?」

「はい。だから、ちょっとだけ待ってて下さいね」

「はぁい」


 ようやく、落ち着きを見せた猫に、ケヴィンは胸を撫でおろす。


「ええと、そんな訳でケヴィン准将。準備は万端ですか?」

「は、はい。出撃準備体制は敷いております」

「それなら良いです。後は、帝都に叛乱軍が――」

「あ、トール様。悪党――いえ――お客様のようです」


 来客モニタに、マリと二人の男が映っている。


 ロベニカの個人的感情からすると招かれざる客人であった。

 蛮族と手を結び、裏切り者オリヴァーを操って、ベルニク領邦を陥れようとした仇敵である。


「パトリック大将、ケヴィン准将、いったんEPR通信を切りましょう」


 ――呑気な顔はしていても、トール様って、やっぱり器が大きなひとだわ。

 ――必要だから、仕方なしに付き合ってるんでしょうね。

 ――ただ、あんな人達と関わっていると、悪企みに加担する羽目になりそうで心配だけれど……。


「さあて、これから、ロスチスラフさん、あとドミトリさんと悪企みをしないとな。あ、ロベニカさんは同席して下さいね」


 トールは、ニコニコしながら言った。


「ボク達、仲間なんですから」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る