40話 閉じた瞳。

 隔壁を超えた先にある通路は、さほど広くは無い。

 つまり、狭隘きょうあいな谷間を進軍するかの如く、攻め手にとっては不利な地形となる。

 

 だからこそ、敵は前線を下げたのであろう。

 通路の先で三列縦隊を組み、前衛は巨大なタワーシールドを構えて守勢に入っていた。


 後衛部隊も頭上をタワーシールドで覆っており、このような亀甲きっこう形密集陣形は、もはや城壁に近い。


 ――が、これらを前にしたところで、ジャンヌ・バルバストルが怯む事など無かった。

 

破城槌はじょうつい、用意」

 

 ジャンヌの指示を受け、第四小隊はバックパックから幾つかの部品を取り出す。

 数分で組み立て作業を終えると、三メートルほどの巨大なついが二本完成した。

 

「第二小隊、構え」

 

 数名で巨大なついを肩に担ぎ、ショルダーフックで固定をする。

 ジャンヌは、ツヴァイヘンダーを頭上に掲げ――、

 

「破城ッ!」

 

 ――前方に向かって振り下ろす。

 

 ついを担いだ兵士達は雄叫びを上げ、三列に並ぶタワーシールドに向け突進をした。


「第一、第三小隊、アッゲル作れ。第四小隊は背後を固めよ」


 アッゲルとは人工的な隆起――ようは土塁であるが、これを人手で作ろうというわけである。

 すでに前方では人工斜面とでも呼ぶべき状況が出来上がりつつあった。


「閣下とケヴィン准将は、ここでお待ちを」

「ぜ、是非ともそうさせて貰おう」

「いや、でも――」


 続こうとしたトールの腕を、ケヴィンが強く掴んだ。


「閣下――ここはジャンヌ少佐にお任せ下さい」


 ケヴィンの目にあるのは怯えでは無かった。

 本職で無ければ出来ないことがあるのだと、それを知っている大人の眼差しである。


「すみません。分かりました」

「いえ、私こそ出過ぎた真似を――ただ、まだ我々にも出番はあります」


 亀甲きっこう形密集陣形に対する破城槌はじょうついは、タワーシールドを破壊する事が目的では無かった。


 相手の後衛を乱す事にあるのだ。

 前衛は持ちこたえているが、それを支える後衛に乱れが出始めていた。


 これこそ、ジャンヌが待ち望んでいた瞬間である。


「第五小隊」


 子飼いの小隊を振り返る。


「跳ねて――」


 彼らは、ツヴァイヘンダーで床を打って応え、背面ショルダーに差した。

 ジャンヌも同様に、ツヴァイヘンダーを背面に差し込んでいる。


「――狂えやあああああああッ!!」


 いずれが蛮族なのか疑われる激を飛ばしジャンヌは駆けた。

 

 アッゲルを登坂とうはんし、頂点に達した所で跳躍する。

 空中でツヴァイヘンダーを背から抜くと、回転を加えながら敵頭上のタワーシールドに叩きつけた。


 ――が、弾かれたジャンヌは、そのまま密集陣形の中に呑み込まれる。

 後に続いた兵士達も同様に吞まれて行った。


 いや、呑まれたわけではない。


 破城槌はじょうついにより乱れた後衛は、天板としているタワーシールドを支え切れず、内側に入り込まれたのだ。


 密集地帯から激しい剣戟けんげきと戦士の咆哮が轟く。


 前面の破城槌はじょうつい、そして背面の乱戦によって、タワーシールドで作られた城壁に間隙かんげきが生じる。


「続けッ!!!」


 機をさとく見て取ったケヴィンが叫び猛進した。 

 アッゲルを組んでいた兵士達も、ツヴァイヘンダーを槍のように構え突き進む。


 そこから先は、完全なる乱戦であった。


 狭隘きょうあいな空間における斬り合いは酸鼻さんびを極める。

 悲鳴と怒号、そして血糊ちのり脳漿のうしょうが飛び交ったのだ。


 原始宗教の概念を借りるならば、それは地獄なのであろう。

 だが、その地獄でこそ、あまりに輝くのがジャンヌ・バルバストルなのである。


 この乱戦で、ベルニク軍は数多あまたの血をあがないいとして捧げ、それに倍する敵の血を得た。


 トール・ベルニクの聖剣とて、朱色しゅいろに染まり光沢を失っている。


 ◇


 こうして――、


 機関室に至る通路と、周辺部分の制圧を終えた。

 味方の被害は大きいが、作戦続行を妨げるほどのものでは無い。

  

「閣下、吉報が入りましたわ」

 

 戦いの熱狂が幾分醒めたのか、聞き馴れた令嬢の声音に戻っている。

 

「火星方面管区艦隊が出撃したとの報が、副艦長より入っております」

 

 火星からの報は、揚陸地点での戦闘中にあったらしい。

 接敵打電を受けてから大急ぎで、出撃まで漕ぎつけてくれたのだろう。

 

「良かった」

 

 危ういタイミングとなったが、敵に状況変化を悟らせぬようオリヴァーを泳がせる事に成功したのだ。

 

 ――テルミナ少尉には無茶させたしなぁ。お礼が必要だよね。

 

「到着予定時刻は、標準時で04:35」

 

 時間の感覚を失っていたが、すでに女帝生誕祭当日の早朝なのだ。

 現在時からすると、後一時間ほどで火星の主力軍が到着する。

 

「分かりました。ボクらも頑張らないといけませんね」

 

 ともかく機関室だ、とトールは目の前にある扉を見た。

 

「では早速――あれ、ロックされてます」

「第四小隊ッ!」

 

 壁面に設置されているセキュリティ機器に、テクノピッカーを持った兵士が集まった。


「――解錠開始」

 

 テクノピッカーを使い解錠を試みる。

 

 第二小隊は、破城槌はじょうついを再び抱えていたが――、

 

「解錠しました」

 

 ――少しばかり気落ちした様子で、破城槌はじょうついを床に戻す。

 破城槌はじょうついによる無機物攻勢は、太古の祭りの風情があるらしい。ゆえにたぎる。

 

「第一小隊構え、前へ」

 

 ジャンヌは目力でトールが先行するのを抑えた。

 

「いよいよですな」

 

 トールの隣に立つケヴィンが言った。

 

 ――みんな、どう思うかな。

 

 現時点におけるトールの懸念は、その一点のみだ。

 だが、生き残るには、勝つためには、この先へ進み解決するほか無かった。

 

「突入!」

 

 第一小隊がツヴァイヘンダーを構え、機関室になだれ込んだ。

 待ち伏せていたであろう敵と交わす剣戟けんげきが響く。

 

 トール達も後に続き、再び乱戦に加わった。

 

 ◇

 

 剥き身の機器類が並んでいる。

 艦艇の推進力を生み出す場所で、亜光速ドライブと通常ドライブを支える心臓部なのだ。

 

 排気熱は再生エネルギーとなるが、それでもなお機関室は暑い。

 パワードスーツの体温調整が無ければ、まともな戦闘など困難だったかもしれない。

 

「残敵、御座いません」

 

 室内の安全確認を終えた第四、第五小隊へ、機関室前での守勢を指示しながらジャンヌが言った。


 第一から第三小隊はブリッジ方面の制圧に向かっている。

 高い士気と敵の損耗を考えれば、さほど苦労せずに制圧はできるだろう。

 

 床には二十名ほどの敵兵が転がっていた。

 二、三名は逃がしたようだが、あっさりと片が付いてしまったのだ。


 堅牢な守備隊がいたのは機関室前の通路までであった。

 

 戦い馴れしている様子も無かったので、この場にいたのは技術兵だったのかもしれない。哀れむ気持ちは湧くが、全てに同情して生きるなど不可能だ。

 

「分かりました」

 

 向かうべきは機関室の奥にあるはずの空間だ。

 

 ベネディクトゥスの戦いを観戦した武官は、鹵獲ろかくした旗艦の検分に立ち会っている。

 彼はこの先にある空間について、貴重な記録を遺してくれていた。

  

「行きましょう」

 

 ジャンヌとケヴィンを連れ立ち、トールは機関室の奥にある横開きの扉に向かった。

 幸いにもロックはされておらず、前に立つだけで扉がスライドする。

 

 薄暗い機関室に白い光と冷気が漏れ出した。

 

「――え」

「――え」

 

 ジャンヌとケヴィンからは、奇しくも同じ音がこぼれた。

 

 あまりに広い空間だった。

 この空間のためにこそ、グノーシス異端船団国の旗艦は巨大なのであろう。

 

 そして正面部分は、天井まで届くパネルが壁を覆っており中は液体で満たされている。

 

 ――水族館みたいなんだけど、二人には通じないか。

 

 鯨が収まりそうな水槽が、この空間の半分以上を占有しているのだ。

 

 光の屈折透過が調節されているせいか、良く見なければ液体がある事にも気付かない。

 液体の向こう側に存在する壁面を、クリアに視認できるのだ。

 

 水槽の向こうに見える壁面にはトールが求めたモノがある。

 だが、それは、屋敷で見るものより遥かに大きい。


 下腹部や手首は壁の中に埋まっているかのように見えた。

 そこから突き出した豊かな乳房は、豊穣と繁栄を表すのかもしれない。


 見上げれば、そこには見慣れた顔が、侵入者を見下ろしていた。

 柔和な笑みを浮かべ、その瞳は閉じているが、二振ふたふりの豊かな房は微かに脈を打っている。


 つまりは、巨大な女神であった。

 

 

 

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