37話 接敵。

 トール率いる中央管区艦隊は、αポイントからタイタンポータル近傍まで亜光速ドライブ中であった。

 

 火星軌道都市上ではオリヴァー・ボルツが捕縛され、副司令長官であったパトリック・ハイデマン大将が火星方面管区艦隊を掌握している。

 とはいえ、全通信の切断及び、長距離信号の停波を行っているため、互いの状況は知る由も無い。

 

 一方で、オリヴァー捕縛の報を受けたオソロセア領邦としては対応に迷いが出た。

 安全策を取るならば、作戦を中止するべきであったろう。

 

 だが――、

 

「如何致しましょうか?」

 

 波乱となった前夜祭を早々に切り上げ、ドミトリは領事館の執務室に戻っていた。

 火星軌道都市アレスにあるオソロセア領邦の領事館である。

 

 EPR通信の相手は、彼の上司にあたる人物だ。

 

「オリヴァーからポータルの情報が漏れている可能性があります」

 

 漏れていた場合、グノーシス異端船団国の艦隊は、ポータルを出た瞬間に襲われる事になる。

 いくら相手が寡兵であったとしても、かなりの損害を被るだろう。

 

「――遅い」

 

 グノーシス異端船団国はEPR通信を持たない。

 彼らとのやり取りは、ポータルを使った人の往来のみであるため、最短でも一日は要する。


 それこそが、グノーシス異端船団国が、船団国家以上に拡大できない理由でもあるだろう。

 

「見守る他あるまい。異端者どもが勝つ見込みはまだある」

 

 迎撃するベルニク軍が寡兵であるのは変わらない。

 火星軌道の主力軍が到着するまでに殲滅させれば、各個撃破の餌食に出来る。

 

「ロスチスラフ侯にはお伝えしておく。それよりな、ドミトリ」

「はい」

「トール・ベルニクを調べ上げろ。どうも――違う。上手くは言えんが」

 

 ドミトリは無言で頷いた。

 

 言われずともそのつもりである。

 諜報畑上がりの彼にとって、それは息をするにも等しい。

 

 暗愚を装っておきながら、土壇場では大司教を良いように躍らせた男だ。

 怖くもあるが、自身のフィールドで丸裸に出来る喜悦に震えた。

 

 ◇

 

「じゃあ、皆さんお疲れさまでした~」

 

 中央管区艦隊は、タイタンポータルから距離二百四十光秒の位置で再び通常ドライブに戻っている。

 このポイントで、特別支援船団の乗組員たちを解放したのだ。

 

 彼らは小型艇に乗り込み、木星軌道都市へと向かう。

 

「接続完了。疎通確認しました」

 

 特別支援船団の艦船制御システムと、CCUの接続が完了したのだ。

 CCUは宙港作業で利用される機器で、外部から艦船に対して単純な操舵指示を可能にする。

 

 ――全艦突撃ぃ~が、出来ればいいだけだからね。

 

 さすがに、CCU一台で五千隻の制御は無理なので、複数の艦船に分散させていた。

 

「我々はポータルから距離二十光秒まで接近しましょう」

 

 荷電粒子砲の有効射程内でありながら、熱源と質量に基づく近距離索敵センサーの精度が落ちる距離だ。

 遠距離索敵も可能だが、信用可能な情報に育つまで時間を要するため間に合わないだろう。

 

 つまり、伏兵場所としては絶妙な位置付けという事になる。

 

「ポータル面の側面方向で宜しいのですか?」

 

 ジャンヌが確認の意味も込め尋ねた。

 領邦同士の争いでは、ポータルの正面に位置するよう陣を構えるからだ。

 

 ポータルから現れる敵方は、そのまま押し出してしまえば、迎撃側から集中砲火を浴びる事になる。

 そのため、多量の自走重力場シールドをポータル前面の全方位に展開――いわゆると呼ばれる戦闘行動が取られる。


 迎撃側としては、どの地点で迎え撃とうが変わらぬため、ならば正面で――という牧歌的な戦闘が行われてきた。


 領邦間における大きな争いが無かった点も、その一因なのであろう。


「彼らはね、築城しないんですよ」

「それでは――」

「我々が待ち構えているとは考えていませんし、何より寡兵であると思っていますから」


 侵入ポータルが露見し、火星の主力軍がオリヴァーの手を離れたという情報は、未だグノーシス異端船団国側には伝わっていない。


「彼らはポータルから円筒陣を組んで、そのまま出てくるはずですよ」

 

 多数の艦船でポータルを通過する場合、最も混乱が少なく効率の良い編隊ではあるだろう。


 だが、これはトールとしても賭けではあった。

 築城してくる可能性もゼロでは無い。


「まあ、築城されたら終わりですよ。アハハ」


 敵を追尾捕捉し、火星にいる主力軍の到来を祈るという事になる。


「ですが、彼らが期待通りに出てきてくれれば――」


 グノーシス異端船団国が持つ情報、そして国家としての状況からすれば、築城などという行為で手間と資源を浪費しないだろう、とトールは読んでいた。

 

「――陣立てする前に、側面からの斉射で叩きます。その後は、弾除け――特別支援船団を先行させて、ボクらは一路旗艦を目指しましょう」

 

 強襲突入艦の機動力と装甲で、混戦の中を突っ切るというわけである。

 

「旗艦は最も大きな艦だと思えば間違いありません」

  

 その点については「ベネディクトゥス 観戦武官の記録」で示唆されている。

 彼らの旗艦は、巨大にならざるを得ない事情があった。

 

 ――この夢の続きがあるなら、ボクの旗艦は小さくてボロいのにしようかな。

 ――旗艦ぽく無い方が、色々とお得な気がするんだけど。

 

「承知致しましたわ。敵旗艦までのご案内、ホワイトローズにお任せ下さい」

「お願いします」

 

 そこでトールは、頼みごとがあった事を思い出す。

 

「そうだ、ジャンヌ少佐」

「何でしょうか?」

「パワードスーツの予備ってありますか?ケヴィン准将も揚陸したいそうなんですよ」

 

 あの基地司令まで決死の覚悟なのだと、ジャンヌはまたも熱い気持ちになった。

 

 ――ホワイトローズに乗船しただけでも驚きましたけど……。

 ――きっと閣下の御人徳なのでしょうね。

 

 ある意味ではその通りであろう。

 各人の思い違いを、多分に含んではいたのだが――。

 

 ◇

 

「エンタングルメント・エントロピー増加傾向を確認」

 

 タイタンポータルの1光秒付近には、量子観測機ボブが射出されている。

 未だEPR通信は切断しており、ボブからの観測データは光速で伝送されるため二十秒程度の時差はあった。

 

「全艦、高速ドライブ移行準備」

 

 ジャンヌの指示は、艦隊用閉域FAT通信で伝送される。

 

「ボブ面、閾値いきち超過確認。存在確率測定に切り替えます」

 

 慣例として量子ポータル面は、通過する質量の主観的な入口をアリス、出口をボブと呼称する。

 

「質量多数の存在確率上昇中――」

 

 アリス面における存在確率は低下し、他方でボブ面における存在確率が上昇する。

 その天秤が平衡状態となる刹那、認知可能な事象面から文字通り消滅するが――。

 

「ボブ面通過を確認!」

 

 落ち着いた報告を上げていたオペレーターも、この瞬間だけは内心の興奮が露呈した。

 地表人類であれば、垂らした釣り糸に獲物が喰いついた、と表現するのかもしれない。

 

「閣下」

 

 ジャンヌの問いにトールは黙って頷いた。

 

 ――うわぁ、ホントに来ちゃったよ。

 

 さすがの彼も、緊張の色を隠せなかった。

 

「行こう。ジャンヌ――ジャンヌ少佐」

 

 呼び捨てされる事に心地良さを感じたジャンヌであるが、それを噛みしめている暇など無い。

 事前にトールの目論見は聞かされており、それを叶えるための指示を出す必要があった。

 

「承知しましたわ」

 

 そう答えると、すぐに微笑みは消え声音すら変わった。

 

「艦隊司令のご命令である」

 

 ――恰好いいなぁ。

 ――ボクも練習しておこうっと。

 

「EPR通信復旧後、火星管区方面艦隊司令部へ打電――我、敵影確認せり」

 

 この報を受けると同時、火星方面管区艦隊は出撃する手筈となっていた。

 

 ――テルミナ少尉達が上手くやってくれてればだけど。

  

「全砲門開け」

 

 戦艦、駆逐艦、戦闘艇に備えられた荷電粒子砲が、予測進行ポイントに調整される。

 

「斉射ッ!!」

 

 ブリッジに拡がる周囲の空間から、多数の可視光線が走り抜けていった。

 あれも映像エフェクトだろうか、とトールはふと考える。

 

「全艦、高速ドライブへ移行」

 

 亜光速ドライブで行くには距離が近すぎる。

 

 敵予測進行路に向け、時速にすれば約50,000,000 km/hでの機動だ。

 特別支援船団の高速ドライブにおける限界速度でもあった。

 

 とはいえ、この距離ならば、数分程度で接敵が叶う。

 

「索敵システム検知――接敵しました」

 

 距離にして、十光秒程の位置に迫った。

 通常の艦隊戦では、この距離は接近戦という事になる。


「自走重力場シールド、確認されません」


 トールは、ふぅと小さく息を吐いた。

 

「戦艦級1000、駆逐艦級3000、戦闘艇級4000――」

 

 いずれも質量と熱源から求めた暫定値である。

 

「――さ、さらに――超大型の熱源を確認――き、旗艦?」

「通常ドライブにて相対距離保て、特別支援船団は高速ドライブのまま突艦させよ」

 

 中央管区艦隊の正規艦艇の鼻先へ、ルチアノから借り受けた商船が先行していく。

 

「他艦艇は散開した後、砲撃」

 

 先行する商船が射角に入らぬよう、残りの艦艇が位置取りを開始した。

 

「本艦は、このまま特別支援船団に続き――」

 

 覚悟を決めるためだろうか。

 ジャンヌ・バルバストルは、いったん言葉を区切った。

 

「――敵、旗艦を目指す!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る