25話 ハニートラップ。
木星ポータル。
木星の静止軌道上にベネディクトゥス星系に通ずるポータルがある。
「そこで、木星方面管区の艦隊と合流し迎撃するつもりです」
「木星ポータル?」
「敵はベネディクトゥス星系のポータルから来ると予想しました!」
ミーナへの笑い話どころか、オソロセアへの土産が出来たと思いオリヴァーの心が湧きたつ。
グノーシス異端船団は、星間空間の未知ポータルからタイタンに侵攻し一路首都を目指すのだ。
オリヴァーの役割は、不自然に見えぬよう彼らと戦わない事であった。
火星の主力軍を残したまま、領主と首都を失えば良い。
その後、オソロセア領邦と協力して反攻すると、異端船団国は撤退をする。
オリヴァーと彼らが、何度も極秘裏に擦り合わせてきた計画であった。
――このアホは、とんだ読み違いをしているぞ。
このトールの話は、オリヴァーにとって非常に都合が良かった。
木星方面管区に存在するのは討伐艦隊――対海賊用の艦隊だ。
合流したところで、数合わせにもならないだろう。
勿論、若干のシナリオ変更は必要となる。
グノーシス異端船団はタイタンから侵攻し、木星のアホ艦隊を殲滅して首都へ直行すれば良い。
火星の主力艦隊は救援という名目で木星へ向かうが会敵できず――。
首都陥落の報を受け、泣く泣くタウ・セティ星系へ行きオソロセアと共に反転攻勢をかけるのだ。
トールのお陰で、援軍に向かわぬ理由作りのため、火星で軽い動乱を起こす必要も無くなった。
このシナリオ変更を、早くオソロセアに伝える必要がある。
――とはいえ、こんなアホ作戦に賛成するのは勇気がいるぞ。
――同じアホと思われるし、後々になって疑われる可能性だってある。
――ううむ、困ったな。どこぞのアホが賛成してくれれば……。
「閣下」
火星方面管区の副司令長官に格下げされた老将パトリック・ハイデマン大将が重い口を開いた。
「真に良案かと考えます。オソロセア領邦には大軍がおりますから、タウ・セティ星系のポータルへ至る事は不可能でしょう。となれば、ベネディクトゥス星系のポータルと考えるのは必然。帝国直轄地ですが、飛び地ゆえ兵の備えもさほど御座いません」
平素が寡黙な老将にしては、些か多弁であると感じた人間はいたかもしれない。
だが――、
――この人に言われたら、高い布団でも買っちゃいそうだよ。
パトリックの渋い声に聞き入りながらトールは思った。
「ならば、ベネディクトゥス星系と繋がる木星ポータルにて迎撃するのは必勝の策かと」
それだけ言うと、パトリックは口を閉じて黙った。
「ですよね。それにベネディクトゥス星系でも、グノーシス異端船団国と戦いがあったって、誰か言ってませんでしたっけ?」
最初の会議で、誰かが呟いていたはずだ。
「ですから、それは単なる噂です。そういう決め付けが――」
「素晴らしいッ!!!」
慎重派からの余計な発言を、大音声でかき消した。
オリヴァーとしては、この方向で何としてもまとめてしまいたい。
「お見それしましたぞ、閣下。首都防衛などとのたまった私の浅知恵お許し下さい」
深々と頭を下げる。
この時ばかりは、遥か昔に捨てた誠意を全身からかき集めてきた。
「是が非でも、その作戦で参りましょう!」
◇
「今回もご苦労さまでした」
執務室にて、トールは老将に頭を下げている。
「いえ、私は何も」
「パトリック大将は演技がお上手ですね。奥様にもお伝えしておきましょう」
隣に立つ憲兵司令ガウス・イーデン少将は、からかうような口調で言った。
「――」
「す、すみません」
殺気のこもった視線で睨まれ、慌てた様子でガウスが謝罪する。
――憲兵っていうから怖い人かと思ったけど、割と楽しい人なんだよね。
ガウスに対するトールの評価である。
「おっと、そうだ。ロベニカ殿」
「――はい?」
トールにではないのかといった風情で、ロベニカが返事をした。
「先日の緊急事態はもう宜しいのですか?」
「あ――」
行方不明になったトールを探すため、ガウスに泣きついていた事を思い出す。
「適当な隊員がおらず、私が来たのですが、ロベニカ殿はすでに不在と言われましてね」
「まあ、ガウス少将が?本当に申し訳ありません。後日、説明を――」
珍しくロベニカの声が小さくなっていく。
「ハハハ、結構。後日にお願いしましょう。いや、私もお誘いする口実が――」
「ガウス」
そう言ってガウス少将の言葉を遮ったのは小柄な軍人だった。
制帽を目深に被っているため顔は分からない。
トールも先ほどから、紹介もされていない見慣れぬ相手が気になっていたのだ。
――少年兵みたいだなぁ。でもそんな哀しい制度あったかな。
「いつ紹介してくれんだよ?オラ」
「スマンな。けど、閣下にはさすがに敬語を使ってくれよ」
部屋の隅に立っていたマリが、ピクリと眉を動かした。
「――ふん」
「いやはや、申し訳ありません。無礼な奴なのですが、作戦継続条件と脅されまして」
ガウスが頭をかきながら申し訳なさそうな表情をする。
「いえいえ、構いませんよ。ボクも彼の事が気になってましたし」
「チッ、彼じゃないっての――です」
舌打ちをして制帽を取ると、サラリとした赤髪が解放され素顔が現れる。
「テルミナ・ニクシー。どう見ても超絶美少女だろうが、ですよ」
――ロ、ロリ?
――巨乳戦記では
憲兵隊の制服には男女の区別が無いため、制帽を深く被れば少年兵にも見える。
「最近じゃ、ミーナって呼ぶゴミクズもいんだけどさぁです。きゃは☆」
憲兵司令部特務課テルミナ・ニクシー少尉は、小さな胸を反らし不敵に微笑んだ。
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