第1話 追放勇者、気が変わる【その3】

「さてと」


 サックは部屋に入って早々、『お香』を覗き込んだ。

 そして、腰ベルトのホルダーから薬包紙に包まれた粉末を二種類取りだし、お香の中に放り込んだ。


 体調が優れないといったが、あれはウソ――演技だった。


 サックを部屋に送り届けたメイドは、サックの行動には特に反応せず、淡々と仕事をこなしていた。そして暫くしたのち、部屋を出ようとした。


「ちょっとまって……と言っても、無理か。強引に行くね」


 サックはメイドの首根っこを掴んでお香の前まで引っ張った。

 首が締まって苦しいはずだが、メイドは特になんともせず、やはりまるで人形のようだ。


 サックはメイドにお香の匂いを嗅がせた。先ほど別の何かを追加したため、甘い香りは消え、するどい尖った香りに変わっていた。


「……!!!」

 すると、匂いを嗅いだメイドが急に眼を見開き、そのまま白目を剥いて気を失ってしまった。


「おっと! ……直接だと濃すぎたか。でもこれで、建物に充満させれば……」

 メイドが倒れる前にキャッチし、ゆっくりとベットに寝かせた。


「あとは、もう少し『証拠集め』かな、キッチンと……あと、裏庭にあった小屋だろうな」

 ベットに寝かせたメイドに深く毛布を被せた。これで、誰が寝ているかわからない状態となった。


「全く。俺はことごとく『女運』が無い」

 そして、皮のマントを手に取り、部屋をあとにした。



 ++++++++++++++



 メイドが戻ってこないことを、ニオーレは気にしていた。


「あのむっつりスケベ……メイドに手を出したか!」

 ニオーレは執事を二人つれ、サックの部屋に向かっていった。

 客人を慰める……といった風貌ではない。

 彼女は右手に皮のムチを持ち、執事もそれぞれ物騒な武器を携えていた。


 バン!

 ノックもなく勢い良く扉を開け、ニオーレはベットの毛布を剥いだ。


「……あの男っ! なんで動けるのっ!」

 そこに寝ていた気を失っているメイドを気にかけることなく、サックが居ないこと――動けることが、信じられなかった。


「まさかあいつ……私たちの秘密を嗅ぎ付けてきたかっ! おいお前ら! 奴を捕まえに……!」


 声を荒らげニオーレが執事たちに命令したが、


「……!」

 2人の執事は急に倒れこんだ。

 メイドと同じく『お香』の匂いを嗅いだからだろう。


「こ、この香りかっ!」

 ニオーレは即座に、お香の器を床に投げつけ、割れ出た香を踏みつけ消した。


「なめた真似をっ! 行商人の分際でっ!」

 怒りに任せてムチで香の灰を叩いた。うっすらと灰が部屋に舞った。



 ++++++++++++++++



「あっは♪ あなたの中身、素敵ね」


 ザクり。ザクり。


 家主の妻……ニオーレの母親だ。

 屋敷の裏庭。目立たない場所に建てられた小屋の中で、彼女は『解体』を楽しんでいた。


「……」


 解体『されている』男は、先ほどまで執事として働いていたが、薬の効きが悪く、命令に従わなくなったため、彼女自らが『解体』しているのだ。


「どう? 痛覚を麻痺されたまま、身体を分解されて行くキモチ……ゾクゾクしない? あなたもわたしも……」


 ザク。ザク。


 天井から両腕を吊るされた男。だが、すでに男の腹部より下は無くなっていた。

 軽くなった身体が風に煽られ、簡単に左右に揺れる。


「……風?? 扉は閉めて――」


「なかなかなご趣味で。教育熱心なのですね」


 トスン。


 彼女の首に『何か』が刺さった感覚がした。

 が、どうやら、それは神経にまで達していたようだ。

 激痛が彼女を襲うが、しかし、併せて『何か』が喉にも刺さった。それは声帯を貫いた。


「……!! ……!!」


 ひゅー、ひゅーと、息が抜けるだけの音が小屋に流れた。


「……想像を遥かに超えてきたな。こいつは」


 突然、男が姿を表した。何もなかったはずの場に、サックはマントを翻し立っていた。


「……いま下ろしてやる」


 サックは、下手な口笛よろしく空気の抜ける音を奏でるニオーレの母を無視し、吊るされた男を下ろし横たえた。腹部より下はすでに無く、内蔵がもてあそばれていた。

 出血も激しく、もう永くはないだろう。


「遺言は聞く。しゃべれるか」


 サックは男の口元に耳を近づけた。

 男は最期の力を振り絞り話した。


「……娘を……奴らに捕まった……助けて……」


 それ以上は、彼は話すことはできなかった。


「……」


 サックは、彼の眼を静かに閉じた。


 バタッ! バタッ!


 激痛によりのたうち回る母。男の鮮血にまみれた床に自らの身体を擦り付ける格好となり、全身血まみれだ。


「痛覚を増進させつつ、気を失わないよう覚醒のツボも刺しておいた。良かったな、まだ生きていられるよ」



 ++++++++++++++++



「お父様! お父様大変です!」


 ニオーレは父親の部屋に向かった。

 母の部屋には誰もいなかった。いつもの『お遊び』に行ったのだろう。

 薬が効きにくい『廃品』を処分する遊びだ。


 父も父で、今は『お遊び』をしている頃だ。

 お気に入りの『メイド』にさらに薬を盛り、完全催眠状態で性的な夜伽をさせている。

 最近は目下、かなり若い娘にお熱だ。


「お父様……」


 ニオーレが父親の部屋の前に着いたとたん、


「う、うああぁぁぁぁつ!!!」


 父親が飛び出してきた。

 裸一貫、何も身につけて無かった。

 彼も彼で夜伽を楽しんでいた最中に、透明な彼に襲われたのだ。


 飛び出してきた父は、首に長い『串』が刺さっていた。

 台所の調理場にある、バーベキュー用の串だ。


 はっ! と、ニオーレは父親の部屋を覗き込んだ。


 夜の営みを行う直前だったのか、強めのお香が炊かれており、ベットには齢10歳ほどのメイドの女が、服を脱いで横になっていた。


 が、そのメイドの裸を隠すように、ふわりと毛布が舞った。


「……そこっ!」

 ニオーレはムチを振るった。そこに誰かがいる!


「おっと」


 ムチはマントを叩いた。すると透過していたマントは効力を失い、そこに、サックが現れた。


「……面白いマジックアイテムを持っているのね、行商人!」

 ニオーレのするどい眼差し。


「……『擬態獣』の体毛で編んだマント。衝撃を受けると暫く使えないのだかね」

 パンパンっと、叩かれた場所に付いた汚れを叩くサック。


 ギリギリと、ニオーレは歯軋りした。


「あなた、なぜ紅茶とお香が効かないの?! 私達親子の最高傑作なのよ!」

 ああ、と、サックは残念そうに返事をした。


「やっぱそういうことか。強烈な麻酔作用の紅茶と催眠のお香で、旅人を奴隷に仕上げていたな、小屋は差し詰め屠殺場か」


「……お母様に会ったのね」


「小屋で寝てるよ」


 ニオーレの怒りの表情は変わらなかった。


「いつから気づいてましたの?」


 サックが少し上向きに目線を向け、出会ったときの事を思い出した。


「トゴとジェフって人たちの遺体かな。用心棒って割には、肉付きが不自然。薬で痩せたあと増進剤で無理やり筋肉つけたような感じだった。あ、確信はお茶の葉の香りだね」


 サックは自分の鼻に指をやった。

 匂いでわかったよ、というジェスチャーだった。


「……お香に細工し、自分は無事。あなた本当は『薬師』ね、それなら薬に抗体があるのも理解できるわ」


 ニオーレはふっと表情を和らげた。

 ドタドタと、廊下から足音。

 館のメイドと執事が集まってきた。

 彼らは一様に手に武器を携えていた。


「秘密を知ったからには生かしておけませんわ。あなたの得意の足技も、そんな粗末な靴では本領発揮できないでしょ」


「『出来ない』ね。する必要もない」


 ニオーレはメイドたちに号令を出した。目の前の侵入者を始末しろと。


 が、


 彼らが部屋に入るや否や、突然バタバタと倒れ始めた。


「この部屋の『お香』も変えておいた。さっきとは違って、匂いは変えずに調合したから、気づかなかったかな?」


「なっ……この短期間で調合なんて不可能よ!! この配合を見つけるのに何年かかったか……ひっ!!」


 突然、サックがニオーレの目の前に現れた。

 常人が気づかないほどの高速移動であった。


「いい靴だ。『使えば』足音も消せる」


 トンっ……。


 刹那。ひらけたニオーレの胸元に、短い金属の針状のものが突き刺さった。

 これも調理用の『串』だった。


「あ……れ……」


 痛くはなかった。しかしニオーレは、強烈な脱力に見回れその場で崩れ落ちた。


「神経に作用させて麻痺させたよ」


 こいつ何者だ。

 ニオーレは思った。

 自身は『鑑定士』『行商人』と名乗るが、並みの『薬師』以上の調合能力。

 そして、キッチンにある串をまるで『暗器使い』のごとく使いこなす。


「……に、ニオーレ……」


「お、お父様!」


 倒れた先に、すっぽんぽんの中年(ニオーレ父)がいた。彼はまだ生きているが、首から下は痺れて動けないようだ。


「ニオーレ、ワシ思い出したぞ、この男! 七勇者が一人『道化師 アイサック=ベルキッド』だ!」


 その時、窓から月の光が差し込みサックを照らした。すると彼の左首筋から額にかけて、花弁状の痣が浮かび上がった。


 女神に祝福され、勇者として認められた者に浮かぶ痣……。


 七勇者の一人である、確たる証拠だ。

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