第1話 追放勇者、気が変わる【その2】
──ミクドラム──
魔王が住まう「北の大地」において、南側。山に囲まれており魔王軍の侵攻からほど遠い場所。北の大地でも比較的まだ安全が担保されている地域だ。
ミクドラムの町に入ったサックとニオーレであったが、街に入るや否や、降り注ぐ『紙切れ』に驚かされた。
「号外~! 号外~~!!!」
撒かれていたのは『新聞』だった。
「この街は、『新聞』を配るのか……」
馬車をゆっくり走らせながら、サックはひらひら舞う新聞を2枚キャッチし、1枚をニオーレに渡した。
「他の街では、新聞は有料ですものね。ミクドラムは、領主が新聞の印刷費用をすべて負担してまして、朝刊も全市民に配られますの」
へえ、と、サックは感心した。
新聞は、この国や教会、あと特例の新聞記者が情報をまとめて発行する手段である。地方情勢であれば、その街の新聞屋が記事を書けばよいが、全国区の事件――直近では、魔王軍の進軍情報や、勇者たちの状況など――となると、それを世界中に配るのには限界がある。
そのため、各拠点(街など)の代表に、毎日、新聞の『記録』が飛ばされる。
特殊な魔法加工を施した鉄板に、毎朝決まった時間に、文字と、イラストなどが浮かび上がるのだ。
あとは、その情報をその町に一任する。多くの所では、鉄板は最も位の高い人間が保有し、印刷会社などを経由して情報『販売』をして富を得ている。
金銭がかかると町内で情報格差が生じることを懸念している場所では、街の中心に板を掲げて、全員に周知させる『掲示板方式』を取るところもあるが。
「この町は裕福なんだな……」
印刷も紙もタダではない。それをこれだけ大量に行えるのは、この街が富んでいる証拠だ。
「ミクドラムは、他の大地とも交易できる貿易都市ですもの。裕福ですわ。あなた行商人なのに何もご存知ないのね」
ニオーレは号外に目を向けた、と同時に、黄色い声援を上げた。
「きゃー! 『七勇者』様たち、とうとう魔王城の第1層を突破ですって! 勇者イザム様の肖像付きよ、この号外!」
「そっか」
「なによ、世界の命運がかかっているのよ!? そんな軽い感じでいいの!?」
「だいぶ時間がかかったなって」
「当たり前でしょ! 魔王城よ、敵の最深部よ! それに……ほら、ここ見なさいよ!」
馬車を操舵しているサックの目の前に、ニオーレは号外を差し出した。無論、そうされると前が見えないのだが。
「勇者の一人が……追放?」
「そう! 以前から『愚か者』なんて言われてた、七勇者の一人 とうとう追放されたのですって!!」
「追放って……はは、相当に嫌なことがあったのだろうな」
「命かけて戦って貰ってるから、こちらは文句言えませんが……それでも、女神様に選ばれた七勇者なのに、情けない!! さすが『道化師、ベルキッド』! 二つ名に恥じない活躍っぷりね!」
「……? 道化師? 勇者パーティに道化師なんているのか」
サックの疑問に、さらにニオーレが答える。
サックの目の前に出された号外をやっと引き払ってくれた。
「あなた何もご存じないのね。『七勇者』は女神様に選ばれた、魔王討伐のための戦士の相称よ。役割が決まっていて、『勇者』『ナイト』『ビショップ』『ウィッチ』『盗賊』『踊り子』、そしてハズレの『道化師』」
「道化師だけ浮いてないか?」
「だから追放されたのでしょ? いま勇者様たちは6人で魔王討伐中なのよ……あ、その道を右ね!」
「……道化師、ねぇ」
サックはニオーレに言われるがまま、馬車を操り、街の中で大き目の屋敷へと向かっていった。
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各々の諸事情が伝え終わり。
サックは屋敷のメイドに、部屋を案内された。
「こちらです」
一般的な客室だろう。小さな机に、木のベッド。宿より少し格上といった所か。
「ありがとう」
サックはメイドに感謝の声を掛けた、が。
「……」
彼女は何も言わず出て行った。
「……ふうん? そういうことか」
部屋の中には、甘い香りがするお香が炊かれていた。
壊れたグリーブの代わりに、家主が靴を用意してくれた。簡素なサンダルではあったが、底の抜けた靴よりマシだ。なにより、
「案外、いい素材じゃないか。高級品だな」
サックの足に良く馴染み、彼は満足げだった。
しばらくすると、家主に食事を誘われた。全く拒否する理由はなかったので、サックは失礼にならない程度に服を整え、食堂へ向かった。
「いやぁサックさん、あなたは娘の命の恩人だ!!」
ワインを片手に上機嫌な、イーガス家の家主。ニオーレの父親だ。ちょっと中年太り気味。
「ちょっとお父さん! ……でも、本当にありがとう、改めてお礼を言わせてもらうわ」
ニオーレは服を着替え、しかし今度は、あえて胸元を大きく開いたドレスを着ていた。
おそらく、先ほどまで胸をチラチラ気にしていたサックを意識した服のチョイスだ。
「いえ、俺は、できることをしたまでで……」
すると母親が口を開いた。父親とは正反対の、かなり細身の女性だった。
「サックさん、こちら当家自慢の紅茶なのよ、是非ご賞味あれ」
ニオーレの顔立ちは母親に似て、身体付(お胸部分)は父親似だな、などとサックは思いながら、目の前に出されたオススメ紅茶を嗜んだ。
「……! これは、なるほど」
サックはさらに二口、三口と、紅茶をすすった。
「……うふふっ、いい香りでしょう?」
「ええ、これはおいしい。多少お値段が張っても、貴族の方に人気出ますよ」
そんな会話の交わしている中、夕食が運ばれてきた。野菜と肉類をバランスよく組み合わせた夕食は、非常に満足いくものだった。
「こちらのメイドはよく教育されておりますね」
サックは世間話に乗じて、メイドについて尋ねた。
貿易都市でそこそこの大きさのお屋敷。そこで働くメイドや執事を一瞥した。
ぱっと見、かなり若いメイドもいる。まだ年増も行かない子供じゃないか?
あと、執事がなぜか異様に体つきが良い気がする。
「ええ、元は田舎から出てきた者たちですが、妻が徹底的に教育を施しまして。外に出しても恥ずかしくないレベルですよ」
「事実、他の貴族のかたから、メイドと執事の教育をお願いされることもあるのですよ」
「なるほど、田舎からの出稼ぎですか。それにしても統率が取れていると言いますか……」
サックは、目の前の鶏肉をほおばった。
「……ねえ、サックさん、行商人のお仕事は何を販売してらっしゃるの?」
ニオーレに、急に話題を振られ、少し鶏肉がのどに詰まったが、ゆっくり嚥下し事なきを得た。
「着く街で、主に骨とう品を仕入れて転売しています。今はあいにく、商品が無いですけど」
「あら、行商人というより、『鑑定士』の技能もお持ちなのね?」
「むしろ、そっちが得意です」
「ねえお母様! サックさん、武術にも長けてらっしゃるのよ! 華麗な足技で私を助けてもらったの!」
「なんと! それは素晴らしい……なあサックくん。しばらくうちに雇われてはどうかね? 娘も君をお気に入りだしのう!」
「ちょ、お父様!」
「素敵なお申し出ですが、急ぐ旅なので、申し訳ありません――」
丁寧な挨拶でサックは断り。
そして、
「――ちょっと体調が優れない様なので……先に休ませて貰って良いですか」
サックは椅子から立ち上がった。
「あっ……メイド! サックさんに肩を貸して上げて!」
ニオーレの号令に、後ろに立っていた若いメイドが駆け寄り、サックを支えた。
(……やはりな)
「長旅の途中でしたものね。ごゆっくりなさってください」
「そうさせて貰う……なんだかとても眠い……」
サックは、メイドに補助されながら自室へと戻っていった。
「……お父様、『お香』は?」
「しっかり炊いておいた、あれは良く効くからなあ」
「お茶と併せて効果倍増ね、今回はニオーレにあげるわ。早ければ今夜にでも……」
「ありがとうお父様、お母様。また素敵な人に巡りあえて、ニオーレは幸せ者ですわ!」
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