登校

 なんというか、いちいち学校に行くのって面倒くさいと思う。

 大学みたいに通信教育にしてもらえないものか。そうしたら、康太と一緒に居られる時間が増えるのに。


「いや、康太はどうせ仕事か」


 あの生真面目優男は、たとえリモートワークになったとしても律儀に会社へ出社するのだろう。電車賃が無駄になることも構わずに。


「はぁ……憂鬱」


 昨日の夜は結局襲ってもらえなかったし、これ以上どう進展させたものかと頭を抱える。

 やっぱり身体が良くないのだろうか。未成熟な女体には興奮できないタイプの人間なのだろうか、康太は。


 今の世の中、割とロリコンが多いので、康太もそっちタイプじゃないかと期待していたのだが、どうやらロリコンじゃなかったようだ。

 自由に手を出せる肉体があっても、貧相だと手を出されないんだなぁ……と哀しい真実を知った夜だった。


「おはよー!雫ちゃん!」

「あぁ、うん、おはよ」


 考え事をしながら歩いていたら、後ろから声を掛けられた。

 私の親友(仮)である浅羽萌葉あさばもえはちゃんだ。今日も元気である。


「今日もしんきんくさい顔してるねー」

「それを言うなら辛気臭い」

「あれ、そうだっけ?」

「お姉ちゃんの真似して、変に小難しい言葉を使うからだよ」


 隣に並んだ萌葉ちゃんに、年相応の言葉遣いでいいのだとアドバイスをしてあげる。

 っていうか、誰が辛気臭い顔してるって?


「こまつかし?」

「小難しい」


 親友にこんなこと言うのもなんだが、耳大丈夫か?


「う~……」

「萌葉ちゃんにはまだ早いステージだったね」

「あ、ステージは分かる! こう、アイドルの人がおどるキラキラーってしたアレ!」

「これ以上ないくらい抽象的だね」


 うん、まぁ、小学生って言えばこんなもんだろう。私が異常なだけで。


「じゅうそうへき?」

「抽象的」


 何回繰り返すんだよ、このネタ。天丼にしたって限度があるぞ。


「天丼……天丼ねぇ」


 天丼なんて豪華なもの、久しく食べてない。

 まぁ、食事に関しては、あのクソ親に感謝すべき唯一の事柄か。


 神へ捧げる身は良いモノで作らなければならない〜、とかなんとか、意味不明な理由で豪勢な食事を食べさせてくれたんだっけ。

 まぁ、そのせいで私は食事が嫌いになったんだが。


「…………」


 お父さんとお母さん、今頃どうしてるかな。刑務所の中でくたばってると嬉しいんだけど。

 これ以上、康太に迷惑かけたくないし。


「過去の負債は全部私が返済する……!」


 もし、もしも。仮に、万が一。あのクソ親がウチを訪ねてくるなんてことがあれば、私が直々にケリをつけてやる。

 絶対に、康太の手は煩わせない。もう、二度と。


「ふかい? べんざ?」

「ちょっと静かにしてようねー、萌葉ちゃん」


 せっかく覚悟を決めたのに、横槍を入れないでもらえるかな。気が抜けるから。

 なんかもう、訂正するのも疲れてきたよ。んだよ深い便座って。尻が沈むわ。



◆◇◆◇



「はぁ……」

「お、なんだ康太、ため息とか珍しいな」

ゆずりはさん……」


 とあるオフィスの一角にて、二人の男女が談笑をしていた。

 康太と呼ばれた男の方は、まだ始業時間前だと言うのにパソコンを立ち上げ、キーボードを叩いている。


「何か悩み事か? 話してみるとスッキリするぞ?」

「……大した事では無いんですが……いや、やっぱり止めておきましょう」


 少しだけ考えを巡らせ、男は口を噤む。子供の頃からの幼馴染とはいえ、女性に話すようなことではないと思ったからだ。


「なんだよー、おしえろよー」

「ちょっ、危ないですって」


 楪と呼ばれた女は康太の肩を掴み、ガクガクと前後に揺すり始める。

 それでもタイピングを続けるのは、流石は社畜というべきか。


「はぁ、まったく……絶対に引かないと約束してくれますか?」

「おうとも。こちとら何年幼馴染やってると思ってんだよ」


 豊かな胸をドンと張り、楪は得意げな顔をする。いわゆるドヤ顔、というヤツだった。


「……一年前、養子として引き取った子が居るんですよ」

「えっ、なにそれ初耳」

「言ってませんでしたからね」


 同僚で幼馴染の男が、いつの間にか子連れ狼になっていた。その事実に、楪は目を丸くして驚いている。

 大人にしては表情豊かなのも、彼女のトレードマークだ。


「男の子、女の子?」

「女の子です」

「ロリコン」

「人聞きが悪いですね」


 心の底から罵倒していないのは、声を聞けば分かる。

 楪の軽口を軽く受け流し、康太は本題へ入ろうとしてーー


「……本当に引きませんか?」


 日和った。

 まぁ、話す内容が内容なので、当然の反応であった。


「引かないってば。それより気になるから、はよ本題話しな」

「……はぁ」


 楪の口が固いのは、康太とて重々承知している。

 高校の頃見つかったヤバいエロ本の内容も黙ってくれている。

 故に、康太は諦めて口を開いた。


「……昨日、その養子にした子にベッドの中で迫られまして。その誘惑を耐えるのに必死で、あまり寝ていなくて……端的に言うと、寝不足なんですよ」


 言った。

 言ってしまった。


 なるべく事案にならないようにボカして、自分は決して手を出していないという情報も添えて、康太は事実を公にした。


 対する楪の反応はというと。


「ほぉ〜ん……」


 なんとも言えない、ニヤニヤとした顔をしている。

 俗に言う、暖かい目というヤツだった。


「ま、頑張れー、応援するぞー真正ロリコンさーん」

「待ってください。手は出してません。本当なんです信じてください」


 暖かい、というか生温かい視線に耐えかね、康太は滝のような汗を流している。自分のイメージが完全にロリコンで定着してしまったように感じていたからだ。


「お幸せにー、あははははは」

「まって、待ってください、マジで」


 自分の席に戻っていく楪に弁明を続ける康

太。しかし、全く聞いているようには見えない。これが馬耳東風というやつだろうか。


「だから言いたくなかったんですよ……!」


 自分の選択を後悔しつつ、康太は弁明を続ける。

 自分は断じてロリコンではないのだと、証明するために。

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