ガンファイターエルフ
秋空 脱兎
プロローグ
火と星の海を抜けて
城の壁を突き破り、その瓦礫諸共何かが床に叩き付けられた。
「ぐ、かはっ……」
叩き付けられた何か──ヒトが掠れた咳を何度か吐き出し、空気を求めて喘ぐ。
テンパスフュジット王国第一王女アキュティシマ=クァカスは、眩んだ視界が元に戻ったのを確かめてから、瓦礫を押し退けて上体を起こした。
現在アキュティシマがいるのは、三階の廊下、城に一つだけ備えられた塔の付近。
「
上空にて未だ健在である倒すべき敵を、穴から差し込む光を頼りに
撃墜された際の攻撃で光装甲魔法は軒並み駄目になってしまったが、肉体に悪影響を及ぼす損傷は見受けられない。
「もう一度……」
アキュティシマが光装甲魔法の式を唱え直そうとする。
その時、階段の下から足音が近付き、一人の老人が廊下に転がるような勢いで階段を駆け上がってきた。
「姫様!」
「ノビリス
「えぇ何とか! 姫様こそお怪我は!?」
「ちょっと痛いけどまだ平気! 他の皆は!? 避難終わった?」
アキュティシマの質問に、ノビリスと呼ばれた老人は答えなかった。
「ノビリス爺?」
ノビリスは首を横に振り、
「生き残ったのは、
「……そう、か」
「国中に火の手が回っている事も、観測いたしました……」
「分かった……もう一回、行ってくる」
「姫様……」
「爺、巻き込まれないよう逃げて。せめて、
「姫様!」
「何!?」
「姫様こそ逃げなされ!」
「は……!?」
ノビリスの上申に、アキュティシマは困惑と怒りが
「私が!? ……この状況で逃げられる訳ないでしょう!?」
「このままでは我々は滅びてしまいますぞ!」
「嫌よ! 最期まで戦う! じゃなきゃ皆に顔向け出来ない……!」
「この状況で無事に勝つ見込みがお有りなのですか!?」
「ないよ。でも、」
「ならば尚の事、逃げてくだされ。よいですか姫様、今逃げ延びるという事は、種族の未来に繋がる事なのです。ご存じでしょう?」
「それは……」
アキュティシマが逡巡していると、後方にある扉が内側から弾け飛んだ。
「っ……爺、大丈夫?」
「ぐ……平気です。城を出たら印の箇所から森へ抜けてくだされ。城壁と防壁の両方が崩れています」
ノビリスはそう言って、アキュティシマに王国の地図を手渡した。
アキュティシマは地図を一瞥して印の位置を覚えた。
「ノビリス爺は?」
「吾も後から参ります。必ず合流しますから! 先に行ってくだされ! さあ、時間のある内に!」
「…………ごめん! 必ず合流、約束だからね!」
アキュティシマはそう言って、外に繋がる隠し通路がある部屋に向かうために走り出した。
「……申し訳ありませんなあ……」
残された捨て台詞に対する返答が聞かれる事はなかった。
§
隠し通路から城を出たアキュティシマは、国の外に広がるメーテオーリースの森を目指す。
ノブリスの報告通り、城下町は火の海と化していた。
「っ……」
アキュティシマは深呼吸をして、魔法で耐火性能を高め蒸発するまでの時間を延ばした水を頭上に生成し、そのまま自分に落とす形で頭から被って走り出した。
見慣れた家々が燃えている。
道端に同胞の燃えている亡骸が落ちている。
消火する事も、弔う事も叶わない。
今は唯、走るしかない。
いつか古い本で読んだ雨を降らせる魔法、覚えたのに、何で今使えないんだろう。
しばらく走り続けて、アキュティシマは、地図に記された城壁と防壁が崩れた箇所に着いた。
「そんな……」
「────」
アキュティシマはもう一度水を生成して頭から被り、力を振り絞って足を踏み出した。
§
ひたすら走り続けた末。アキュティシマは、国と森を見下ろせる高台に辿り着いた。
「……ここまで、来れば……」
アキュティシマはそう言いながら、眼下に広がる国と森の惨状を改めて目の当たりにする。
半径約十三キロメートルの、狭くも広かった、アキュティシマにとっての世界が燃えていく。
城の近くでは、本来倒さなければいけなかった敵が我が物顔で練り歩いている。
アキュティシマが拳を握り締めたその時、城の塔に光が灯った。
それは、爆発だった。
瞬間、眩い光が瞬く間に膨張し、城を、敵を、町を、森を、全てを飲み込んでいった。
「自爆の魔法……!? まさか、でもこれを使えるのは……!」
そう言いかけて、アキュティシマは慌てて伏せた。
衝撃波が通過したのを確認して、上体を起こす。
「なんて威力……」
アキュティシマが呟くのと同時に、半球状に広がった光が霧散する。
炎は消えていた。国や森と共に。
倒すべきだった敵は──
「ああ……!?」
生きていた。
アキュティシマからに見える範囲だけでも、その肉体が未だ健在である事が窺える。
六十メートルはあろう身長。黒緑色の鱗に覆われた身体。如何にも獰猛といった風体の顔つき。夜闇の中でも爛々と輝く両目。メーテオーリースの森に点在していた巨大な古木たちを彷彿とさせる腕や足、尻尾。
敵の名は────、
「怪獣……!」
アキュティシマが忌々しげに呻く。
怪獣は咆哮し、背中にある翼を展開した。七色の被膜に月と星の明かりを受け、たった一度の羽ばたきで宙に浮かび上がった。
そして二度目の羽ばたきで、どこかへと飛び去っていった。
§
怪獣が飛び去った方角を、アキュティシマは、夜が明けるまで見続けた。
そうしていても、誰も、来なかった。
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