本編 #3

 放課後。

 すぐに向かった近所のスーパーマーケットで、カゴを取りながら食材を揃えていく。

 結局、今日一日の合間に調べてみた感じ、卵。玉ねぎ。ケチャップが必需品であることはわかった。それから、……うん、今日は安い日だから鶏肉でもいいかも。

 なんか、デミグラスとか、ホワイトソースとかもあったけど、さすがにそっちには手を伸ばせないです。


 いいよたぶんケチャップで普通に美味しいだろし!


 下手なものは出したくないけど、背伸びしすぎて下手なものになっちゃったら元も子もないなと思うから。

「ガーリックバター……たかい……」

 でもこれで炒めたら美味しそう……。

 鶏肉はモモでいいのかな? 玉ねぎは多くは使わない感じだったので、でも三つで安売りしてたから三つ買うことにした。

 今晩のオムライス以外にもいくつか足りない食材を買っていく。

「あと何がなかったっけ……」

 スマホのメモ帳を片手に十二分。


 ――買い物を済ませ、スーパーから出ると相変わらずの雨模様にため息を隠せなかった。

 かさばる二袋のビニール袋を片手に、折り畳み傘を召喚して水溜りの帰路に着く。

「はぁ、さむい」

 冷え込んでるなー。

 

 叔父さんが住んでいる平家は最寄駅から二十分、公道沿いの少し坂を上がったところから左に入った住宅地の方にある。

 道の途中には中学校もあり、いつもの時間だと下校が被りやすくて少し気にしちゃうんだけど、今日は少し遅いから、静かだった。

 緩やかな水が溝に沿って流れていく。住宅地にある公園はびしょ濡れで、並べられた植木にはかたつむりと、綺麗な水滴が葉っぱで跳ねる。

 そして、まるでわたしのことを、待ち伏せするような人影に気付いた。


「――理沙」

「え……」


 な、なんで。

 なんでお父さんがいるの……。

「帰ってきなさい、理沙」

 もう二度と会わないだろうと思っていた人との対面に、急なことすぎて気を動転とさせる。

 さっと後ろ手に隠した買い物袋に、訝しげにお父さんを睨んでしまいつつ、気づけば一歩だけ後退して怯えている自分がいることにも気が付いた。

 傘の柄をぎゅっと握りしめ、震える声音のままに問う。

「な、どうして」

「理沙!」

「っ」

 久しぶりに会う顔。声。嫌になる程耳にこびりついた怒気を孕む父の声。

 高級そうな傘を片手に、少し気の強い口調でわたしの名前を呼ぶお父さんは、次にふっと態度を和らげると、今度は雨に濡れることもいとわずに両手を広げる。


「帰ってくるんだ。どうせ、あの男にろくな目にも遭わされてないんだろう。子は親の元にいるべきだ、さあ」


 ささやかながらに首を振って拒否反応を示す自分がいた。何度も何度も「理沙」と呼びかけてくる苦手なその声に、浅くなった呼吸とどんどん狭まっていく視野に、わたしは。

 何も答えず、何も言わず。顔を伏せ、目も合わせないで横を過ぎ去ろうとすれば。

「待てっ!」

「はなして!」

 傘を持っていた右手を掴まれて、雨が頬に当たって落ちた。

 初めてお父さんに使う強い口調でぐっと腕を振り、傘なんて放って走り出す。

 それでもぎゅっと、買い物袋だけは抱えながら。


 背後に感じる強い視線に、「くそっ」――雨で掻き消すには、余りにもわたしの心を乱す声が聞こえていた。

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