【8000文字小説】雨と笑顔とオムライス。

環月紅人

本編 #1

「あなたは本当に泣き虫ですね」


「一度も笑顔でいるところを見たことがないです」


「可愛げのない子だって、よく言われませんでしたか?」


 ――人の事情も知らないで、幼い頃のわたしにそんな簡単にひっどい事を言い放った叔父の顔を、わたしは今でも覚えている。

 当時は本当に大っ嫌いだった。


 ◆  ◆ ◆


「叔父さんもう朝だよ。ご飯食べられないからテーブルで寝ないで」

 ゆさゆさと。

 執筆業を生業とする叔父さんは、よくこうやってノートパソコンで原稿と向かい合いながら寝落ちしてしまう事がある。

 ここに来てから一度もベッドで眠っているところを見た事がない。

 こういう仕事って健康に悪そうだし、ちゃんと睡眠時間を取ってないのは早死にしそうで心配だなと思いながら。

「ぁ……ん、おはようございます」

「おはよ。もうご飯できてるよ」

「ありがとうございます。まだお腹減ってませんけど」

「じゃあ食うな」

 イラっとする。なんで一言多いんだこの人は。

 わたしは学校があるから早くご飯食べて支度を終わらせないといけないのに、夜更かししてるの叔父さんじゃんか。もっと早く起きてればお腹すくよバカ。

 ……でも以前だったら、こんなふうに歯向かえば四角いフレームの眼鏡をくいと上げては興味をなくしたみたいにすぐ原稿に向かい合っちゃって、わたしはそれがとても怖いと思っていたんだけど、でも今は。

「ああ、すみません。きちんと頂かせてください」

「……もう」

 んふふ。

 叔父さんの朝は食パンよりも白飯派らしい。前日の夜に夕飯の洗い物を済ませながら翌日のお米を炊いている。毎日欠かさず、だ。

 個人的にはどちらかというと食パン派だったんだけど、叔父さんは断固として譲ってくれなかった。たまにですらもう久しく朝食にパンを食べてない。

 朝のパン。美味しいんだけどね。

 退けてくれたノートパソコンをよそに、少ない品を並べた。

「いただきます」

「はい。いただきます」

 白味噌のお味噌汁と、きゅうりとにんじん。なすのぬか漬け。叔父さんが炊いてくれたお米はほかほかで、わたしは少し多めによそる。少食な叔父さんは少なめだけど。

 基本的にはいつもこれだけ。簡素な朝食には、日によって卵掛けご飯にしたり、納豆ご飯にしてみたり、時間がない時はお茶漬けだったり。ふりかけはないし、おかずと呼べるものも朝食には用意していないけど、朝は面倒くさいから。

 これで充分だと思う。し、叔父さんもそれでいいと言う。

「そういえば、そろそろぬか漬け切れちゃうよ」

「ああ、やっておきます」

「うん。あと食材もなくなってきてるから、買ってくる。帰り少し遅れるから」

「わかりました。今日はオムライスが食べたいですね」

「……ん?」

 ……うん。

 びっくりした。思わず尋ね返す。

「お、オムライス?」

「はい。本日の気分です。ぜひ作ってください」

「え、えぇ、わたし作り方知らないよ! できないできない」

「頑張ってください。この前スマホ買ってあげたでしょう、とっても美味しそうなものをお願いします」

「は、はあ〜っ⁉︎」

 な、なんて無茶振りだ。普段なに聞いてもなんも言わないくせに、なんで今日に限って!

 え、えぇ、どうするか。どうやって作るんだ? 卵買って、ケチャップはあったはず。玉ねぎ? あとソーセージとか? んんんオムライスの材料ってなんだ!

「あと、今日は一日雨との事なので、傘を忘れずに。気をつけてくださいね」

「う、うん……」

 困ったぞ……。オムライスのオムの部分の作り方ってどうやるんだ。

「きちんと調べれば簡単ですよ」

「く……」

「それでは、ごちそうさまでした。作業に入ります」

「あ、お粗末様でした……はーい」


 オムライス……どうしよう。

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