第四話 準備

 宿の一室で作業をしながら、アリシアが風呂から出てくるのを待っていた。

「今上がりました。」

 と、言いながら、アリシアが部屋のドアを開く。

「何してるんですか?」

 隣に来て自分の手元を見ながら、そう尋ねてきた。

「なにって、見ての通り木剣を作っているところだが。」

「それって、今鍛治士のカルクさんに渡してる刀の代わりですか?」

「まさか。お前の訓練用。」

 そこまで言うと、彼女は目を丸くして首を傾げた。

 アリシアは一応ナイフ使いだから、自分がなぜ木剣振るのかと疑問に思っているようだった。

「いいか、今までは時間がなかったから後回しにしていたが、2週間という暇ができたんだ。自分の身は自分で守れるように訓練するいい機会だ。よってこれから、[冒険者流自己防衛訓練 上級]を開始する。」

 と、言いわれると途中まで、確かに!的な感じで聞いていた彼女は言葉を失っていた。

 この[冒険者流自己防衛訓練]というのは、冒険者協会もといギルドの推奨する戦闘の基礎を学ぶことができる訓練なのだが、これには上級、中級、下級の三段階があり、大体の冒険者は中級でこれを完了とする。

 その理由は単純明快、上級には強靭な肉体と精神が求められる上、死に至る可能性もあるからだ。

 初心者が教官に無理にお願いして、全治6ヶ月の重症になった例もある。もちろん後遺症も残ったのだとか。

 そんな、超ド級な上級訓練をやると言われて、どうすればいいかわからなくなったのだろう。

「ひとまず、山に行くぞ。」

 そういうと、いつものような元気のよい返事はなく、

「はい…。」

 と、不安そうに答えるだけだった。

 デカい食料の入ったリュックを背負って、町から3時間のところにある標高1200mの平原に着いた。

「ここで訓練するんですか?」

 と、アリシアは恐る恐る聞いてきた。

「あぁ、そうだな。ここなら邪魔は入らないだろう。」

 回りを見渡しながら言う。

 ここには、水深2mほどの川と、滝があった。

「よし、まずは走り込みだ。」

 自分がそういうと、背筋はピンとなって、

「は、はい!」

 とアリシアは返事をした。

 そのあとも訓練は続き、日は暮れてきた。

「休んでよし。」

ドサ

 休憩の合図をした瞬間、彼女は膝から崩れ落ちるようにして寝転ぶ。

「生きてるか。」

「冗談でも、はぁ、そういうことは、はぁ、言わないでください。はぁ。」

 と、苦しそうに言った。

 1日の、スケジュール表を大の字になって寝転がっているアリシアに手渡すと、顔を青ざめさせて聞いてきた。

「本当にこれ、やるんですか…。」

 内容としては、朝4時起き、朝食、虫や葉。

 20分で支度し、その間防御魔法を張り続けて魔力量アップを図る。

 それから、筋トレに入る。8時まで全力で走り込みやら、腹筋、腕立て伏せ、バイシクルクランチやプランク、スクワットに…まぁその他諸々。

 それから攻撃の練習を、ひたすらやる。武術や剣術、護身術、槍なんかも訓練する。

 この間にも、防御魔法を発動させておくという徹底ぶりには、こっちも身震いしてしまう。

 それから昼食の後、抵抗が大きいおもりなどを着用して、水泳をする。

 今回は、着衣水泳になるだろう。

 夜には獲物を弓で仕留めて射撃精度と、暗闇になれる練習をする。

 そんな感じのスパルタすぎる内容だったのにも関わらず、アリシアが一番ショックを受けた点は一日二食というところらしい。

 ちなみに、教官側もなかなかに忙しく、栄養価の高い料理を作らなければならなく虫の知識も結構必要で、他には訓練する人が寝ている時にずっとそばで、ヒールをかけ続けなければならないなど、正直死にかけた。

 ちなみに、ヒールをかけ続ける理由は、超回復を一晩で完了させる必要があるからだ。

 そして、二週間後。

 街に戻り、武器や防具を受け取るためカルクの店にいった。

「お、お嬢ちゃん。なかなかいい、面構えにたったじゃないか…。」

 アリシアは、「そんなに顔つきって変わりやすいものかな?」なんていうような感じだったが、正直自分も驚かされた。 

 何せ、意思がものすごく強くて、メニューをちょっとハードにしてみても、なんとかこなせていたからだ。こっちもハードになってしまったが…。

「ひとまず、これが強化した防具と刀だ。」

 アリシアの変わりように戸惑いつつも、強化済みの武器と防具を渡してくれた。

 刀は細身で、700gと刀としてはこれ以上無いほどの軽さになっていた。それなのに、重心の位置がしっかりしていて、振りやすく攻撃力を上がっていた。

 防具は胸当てに小手等の新しい部位も追加されていたが、既存の部位も交換されていた。主に骨やアルミといった軽い部品。

 防具は性能が段違いで、防御力が上がっているのは一目瞭然だが、全然動きずらく無く、特に刀を使うのに酷使する親指の付け根や、人差し、指中指の第二間接辺りには、滑らかながら頑丈な竜の革が使われていた。

「代金だ…。」

 そういいながら、実際の重量より重く感じる金の入った袋を、ゆっくりと渡した。

「よし。じゃあ次は、お前さんが頑張る番だ。」

「…あぁ、そうだな。」

 と、いいながら長剣を樽から抜き出す。

「ついでに、このロングソードをくれ。」

「ん?お前は刀があるだろ。」

「こいつのだ。」

 アリシアを指差しながらそういうと、

「お嬢ちゃん、剣振れるのかい?」

 と、カルクが聞いた。

「はい。経験はまだ浅いですが、少しは振れます。」

 アリシアの堂々とした態度に、カルクは

「そうか。」

 とだけ言って、店の奥に入って行った。

 すると、水色の刃に金色の鍔が豪華だが、どこか落ち着いた雰囲気で、刃に文字が刻印されているロングソードを出してきた。

「ルーン文字。古代のドワーフの技術で、勇者の剣にも刻印されているような昔のエンチャント方法。魔力を注いで、効力を発揮する感じだったか。でもルーン文字はもう失われた技術のはずだろ?それがなぜこんな店にあるんだ?あと、失われた技術とかは、値段が高いって相場が決まってるから、こっちのでも…。」

「これは俺の先祖が作った剣だ。その文献も残っている。俺は長年ルーン文字の復活に向けて、研究をしてきたんだが、ようやく完成させることができた。まぁ、失われた技術じゃなくなったわけだし、ある程度安くなるだろう。それに、嬢ちゃんならうまく扱えるだろうし。」

「それは、俺じゃなくアリシアに言ってくれ。」

 と、言いながら値札を見た。

「金貨60枚、って買えるか!」

 カルクの頭をペシっと叩いてツッコミを入れた。

 そうして、武器屋を後にする。

「助かった。感謝する。」

「おう、また来てくれ。」

カランカラン

「それじゃあ、これからどうします?」

 アリシアがワクワクしながら言っていたため、多分訓練した結果を早く試してみたいのだろう。

「訓練中に何度も言ったが、力に振り回されるようじゃまだまだ半人前だ。自分の限界を理解して、それをどう利用するかを正しく見極めることができる。これでようやく、一人前だ。」

 そう、言い終えると、

「耳だこですよ!」

 と、大きなお世話と言わんばかりに、言ってきたので、反抗期ってこんな感じだったのか、と思った。

 俺が子供のころに反発して、かあさんの晩飯を3日連続でステーキにしてごめん。毎日一人だけ、ステーキを食べる罪悪感と、買い物に行った時、牛肉が家にあるかどうかを心配させるような卑怯な真似は、もう二度としません。まぁ、実家無いからしようと思ってもできないけどな。

 と、心の中で思うのだった。

 カルクの店から、15分くらい歩いて町の中心と思われる役所的なところについた。

ガチャ

 今度はちゃんと押して開く扉だった。

「こんにちわ。今日はどのようなご用件でしょうか。」

 受付の人が声をかけてくれた。

 その後はテンポ良く、アリシアの登録がすみ、初級である第6階級冒険者として活動ができるようになった。

「そういえば、なんかカルクさんと戦う時に、「第4階級冒険者」って言ってませんでした?」

「あぁそうだな。第4ってのはザ・中級って感じの立ち位置だな。冒険者階級は1〜6まであって、1級はほんと限られた者、それこと勇者とか名の知れた剣豪とかくらいしかなれない。2級はそこまではいかなくても、貴族の息子だったり、才能ある剣術学校の生徒だったり、周りから一目置かれるような存在がなれるような感じだ。3級からは才能はなくても10年くらいやってれば、なんとかいけるとこだな。4級は、まぁ俺みたいな感じの、フリーでちょっと戦闘できる感じのやつが多いイメージだ。5、6は、大体初心者だ。以上。」

「5と6が雑すぎません?」

 苦笑しながら、メモを取っていた手帳をパタンと閉じてベルトのポーチにしまった。

「手帳か?それ、結構高いだろ?」

「そんなことないですよ。銀貨50枚くらいでしたし。」

 驚愕した。(5万円ほど)

 こいつ、もしかして金持ちだったりするのか?

 思いっきりタメ語やらなんやら、言ってしまったが。

 いやでも、どこぞの令嬢ならムカデは普通食わん。

 そうだ。訓練中も、バクバクとカブトムシらしき幼虫食ってたし。

「へぇー。どこにそんな金あったんだ?」

 と。さりげなく聞いてみたところ。

「普通に親からもらったお小遣いですよ。」

 こいつ、絶対貴族じゃん。旧大陸の一番安い給料どうか80枚だからな?(800円ほど)

「そ、そうなのか、そういえば親とかに旅に出る報告とかしたのか?」

「まぁ、手紙だけ書いておきました。探さないでくださいって。」

 ダメなやつじゃん。見つかったら、俺殺されるやん。

「どうしてくれるんだ…。」

 キョトンとして、不思議そうに聞いてきた。

「なにがです?」

「お前ん家の追手だ…。」

 そういうと、あーなるほどと言わんばかりに言った

「大丈夫ですよ。流石にここまで追っては来ませんって。」

 スッと考える像のポーズになって頭をひねる。

 下手すればこいつを騙して、駆け落ちでもしたと勘違いされれば確実死刑だ。

 どうにか免れなくては。

「いたぞ!」

「へ?」

 一番聞きたくないセリフを、扉を開けて息を切らしている衛兵に言われて、つい情けない声が出た。

 いやでもまだ、ここにいる指名手配犯とかのことかもしれないし、

「くっ、もうここまで追いついて!」

 アリシアやっぱりお前かーい。

「くそ、行くぞ!」

 手を引っ張って換気中だった窓から飛び降りる。

 アリシアも訓練をしていたため、受け身はばっちりだった。

「うぉー!!!!!」

 たった一つの切実な願いから、全力で地を蹴る。

 安住の地、そして安定した職を探すため。

そのためには、

「全力で走れーー!!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る