未来からの手紙
数多 玲
本編
「翔くん、次の競技は?」
「2年生の障害物競走」
「そっか。じゃあ用意しなきゃいけないのは……」
ほとんどの生徒がグラウンドで運動会をしているが、僕たちは運動場の端と体育倉庫の間で運動会をしている。
菜々美はクラスメイトで、実は幼稚園からの長い付き合いだ。だから割と阿吽の呼吸みたいな感じで意思の疎通ができる。
高校に入って最初の運動会、僕らは裏方として自分の競技以外のときも忙しく動いている。
今回、菜々美が運動会の裏方をやりたいということで、何となく人数は2人ぐらいがいいが、男手はあったほうがいいであろうということでこれまた何となく僕がパートナーを務めることになった。
クラスでも何か僕と菜々美をくっつけたがっている雰囲気は感じる。何ならもうくっついてるんじゃないかと思っているクラスメイトもいる。
僕はというと、菜々美のことが気になっていないといえば嘘になる。だが、これが好きという感情なのかどうかは正直自分でもよくわからない。
だが、この状況が好ましいか好ましくないかといえば、間違いなく好ましいものであると思う。
ただこれは表向きの仕事であって、実は僕には今日絶対に果たさなければならない別の使命がある。
――高■1年の■動■の最■、■々美■■■で■ぬ――
こんな文面の手紙が、僕の下駄箱に入っていたのだ。
……しかも、僕自身の筆跡で書かれた手紙が。
ずっと付き合ってきた自分の字であるから、見間違いなどあるわけがない。これは間違いなく僕の字だ。
そして、手紙には日付も書かれており、それは今から20年後のものであった。
わけあって顔を出すことはできないし、時を超える手紙についてのルールがあるらしく、詳細を書くことはできないとのことだ。これはなぜかしっかり書いてあった。
ただし本題についてはあまり核心に触れることができないようで、ところどころ文字が塗りつぶされている。塗りつぶしたのがこれを書いた僕であろう人間なのか、それとも検閲のような役割の人間なのかはこの状況ではわからない。
だがこれを書いたのが僕であるなら、これでおおよそ言いたいことは伝わる。
――高校1年の運動会の最■、菜々美が■■で死ぬ――
まずこれであろう。
だが、「■」がみっつ、これはどうしても開かない。
まずひとつめの「最■」が「最初」なのか「最中」なのか「最後」なのか。
そしてあとの「■■」はおそらく原因であろうが、これはさすがにノーヒントでは開かない。いちばん重要なところなのだろうが、ここは制約で描けなかったのだろうと思う。
ひとまず「最初」は切り抜けた。
……というか、この文章で「最初」は文面としてはおかしい。
その意味で書くのであれば、僕であれば「最初」ではなく「初め」あるいは「開始直後」とでも書くと思う。
そして「最■」であるから、「最後」であっても運動会さえ終われば間違いなく危機は回避されたことになる。
したがって、僕の使命は運動会が終わるまで菜々美を事故から守ること。
多少不自然であっても、菜々美から目を離さず、できるだけ一緒に行動することが必要である。
……ちなみに、このことを菜々美本人に教えるわけにはいかないらしい。
これも時を超える手紙のルールなのだろうと思う。
「翔くん、次は?」
「次でラスト。3年生のリレー」
「じゃあバトンと、アンカー用のビブスと、コーナー用のコーンとゴールテープだね」
「あとスターターピストルも」
「あ、そうだね」
自分たちが出場する1年生競技をこなしつつ、他学年の競技については準備を手伝う。
最後のもうひとふんばり。ここで菜々美から目を離さなければ……。
「ごめん翔くん、ちょっとお手洗いに行ってくるね」
菜々美がこのタイミングで単独行動をしようとする。
これはダメだ。
「菜々美、もう少しここにいてくれ」
「え、なんで?」
……なんで、か。
僕は菜々美の方をまっすぐ見て、どう答えたものかを必死に考える。
そして、その表情が菜々美にも伝染してしまったようだ。
「……えっと、ど、どうしたの? 真剣な顔して……」
「……ぼ、僕は菜々美のことが……」
「……!」
心配で、と続けるわけにはいかない。
かといって、「菜々美のことが」の後に何を言っていいやら思いつかない。
しまった、これでは告白するしかない。
……というか、菜々美の顔が真っ赤になっている。これはもはや告白したようなもんじゃないのか。
「……私のことが……なに?」
勇気を振り絞って発したであろう問い。
これはもう後戻りできない、と思った。
……ちなみに、20年後に僕が過去の自分あてに出す手紙だが、「■」は僕自身が入れることになった。
過去の僕にミスリードをさせないといけないので、少し苦しい文面になったのは僕の日本語力の問題である。
――高校1年の運動会の最後、菜々美に告白できぬ――
この高校1年の運動会を逃すと、僕が菜々美と付き合う、ゆくゆくは結婚するというチャンスは訪れないということであった。
未来がわかるというのも考えものだが、結果的にそのおかげで菜々美と結婚できたのだから文句は言うまい、とも思った。
未来からの手紙 数多 玲 @amataro
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