第14話 星さんって、もしかして大物?
「それでは、こちらでお待ちください。すぐに主人が参ります」
お店の応接室に通された私たちの前には、高級そうなお茶とお菓子が出されている。 星さんがお礼に貰った反物をお店の前にいた人に見せた途端、中に連れ込まれてしまったのだ。
「ここって……?」
「ん……王都でも……有数の呉服問屋さんだね」
私の呟きに気が付いてくれた星さんは、出されたお菓子をおいしそうに頬張りながら答えてくれた。
信の実家って呉服屋さんなんだ……そういえばいい服を着てたな。あれは王宮からもらったのかと思っていたけど、もしかしたらこのお店のだったのかも。確かにあの生地、手触りがすごくよかったんだよね。ついでに変なものも触っちゃったけど……
「あとね……」
「お待たせしました」
星さんが何か言おうとしていたようだけど、奥から髪を束ね、素朴で落ち着きのある衣装を
「この度は店の者が失礼をいたしました。私はこの店の主、
おばあさんは一礼して私たちの前の席に座った。
この人が信のおばあちゃんなのかな。
「私は
星さんは反物を
「兪星様と関蘭玲……様……あ、失礼しました。この反物、手に取ってもよろしいでしょうか?」
星さんがハイというと甘鏡さんは白い手袋をはめ、反物を広げ始めた。
「……これをどちらで手に入れられたか、お聞きしてもよろしいですか?」
「旅の途中、ある方を助けたお礼に頂きました」
「その方を教えていただくことは?」
「それはご勘弁ください。その方は仕事としてこれを作ってはいないようでした。もし、私たちが教えてしまったらこれだけ良い品です、あなた方はおそらくその方のところに行かれると思います。でもそれは、その方が望まれていることではないと感じました。それに、私たちはこれからもさらに旅を続けます。このような立派なものを持ったままなのは怖いのです。どうかこれが、必要な人の元に行くようにしてください」
甘鏡さんは反物を畳み、テーブルの上に戻す。
「わかりました。よろしければこちらを当方で買い取らせてください。実は明日お納めする予定の反物が火事で焼けてしまい、代わりの物を探していたところなのです。これでしたら
火事か……最近火事が多いんだよね。これも雨が降らない影響なのかな……
「いえ、そこまでしていただかなくても構いません。ただ、私の連れが奥様にお聞きしたいことがあるようなので、それにお答えいただけませんか?」
「わ、私!?」
急に星さんから振られたからびっくりしてしまった。
「私でわかることでしたらよろしいのですが」
「蘭玲、こう言って下さるのだからお聞きしたら?」
「あ、あの――」
私は信からなにか連絡が来てないか尋ねることにした。
「そうでしたか、あなたが玲玲さんなのですね。信から、もしここに来たら伝えてくれって頼まれていますよ」
よかった、信、ちゃんと逃げ出してた。
私は話が通じやすいように偽名ではなく正直に私の名前も伝えたんだけど、信は両方の名前を言っていたみたい。
「そ、それで信くんはなんて言ってましたか?」
「南の街道を使って朱雀廟に向かう。ゆっくり行くから、何としてでも追いついてくれって」
「ありがとうございます。星さん、急ごう。信に追いつかなきゃ」
「お待ちなさい。この時間から行っても閉門時間に間に合うかどうか。仮に間に合ったとしても、夜に移動するのは危険です。明日にしなさい」
慌てて席を立とうとする私を甘鏡さんはたしなめ、星さんもそうした方がいいと言う。
「それなら、宿を取らなきゃ。甘鏡様、ありがとうございました」
改めて席を立とうとすると、甘鏡さんから腕を掴まれた。
「何を言っているの。あなたたちは今日はここに泊まるの。だって、私の大事な信から頼まれていますからね。玲玲は大切な人だからよろしくって」
た、大切って……いや、巫女としてってことだよね。
「それでは、信くんは鏡さんが育てたんですか?」
夕食を呼ばれたあと、甘鏡さんと信の話で盛り上がる。
「ええ、あの子の両親、私の姪っ子夫婦が早くに死んでしまってね。それから私が引き取って育てているの。ふふ、年は離れているけど、いまでは大事な息子よ」
そうなんだ。ほんとに大店の子供なんだ。
「それでは、信少年が奥様の後を継がれるのですか?」
「この店は私の実の息子が継ぐことになっているの。だからあの子には好きなことをさせあげたいのだけど……」
「だけど?」
「い、いえ、何でもないわ。それで玲玲さん、あの子、口が悪かったでしょう。ごめんさないね。いくら言っても聞かなくて……甘やかしすぎたのかしら」
「信くんは確かに言葉はあれですが、私と祥さんのことを気遣ってくれましたよ」
まだ数日しか一緒にいなかったけどわかる。信は口では強がっていても他人のことを思いやれる優しい子だ。
ん? というか、もしかして甘鏡さん、今、話題を逸らした?
「そう言ってくれると嬉しいわ。玲玲ちゃん、あの子のことをこれからもよろしくね」
「は、はい」
それから、信のことについて詳しく聞くことができず、私と星さんはそれぞれあてがわれた部屋へと向かった。
翌朝、開門の時間に合わせて甘鏡さんのお店を出発した。
その時、見送ってくれたお店の人から『主人からです』と渡された包みの中には旅に必要な物が揃っていた。ほとんど旅の支度のできてない私たちのために用意してくれていたのだ。
「お礼、言いたかったよ……」
甘鏡さんは、私たちが朝起きた時にはすでにお店を出て行っていた。何でも、昨日渡した反物を届けに行ったらしい。
「それにほら見て。あの生地、かなり高くで買い取ってくれたよ。これだけあったら、朱雀廟まで宿に泊まれるね。野宿しなくてよさそうだよ」
星さんはお店から貰った銀貨の入った袋を見せてくれた。って、野宿……?
「星さん……お金持っていたんじゃなかったんですか?」
「玲玲を買い取るのに、有り金を支払っていたんだよね。君をどうしても手に入れたかったんだ」
星さんは私を熱のこもった目で見つめてきた。いや、そんな目で見られても……
「せ、星さん、前を向いてください。危ないです」
「ハイハイ」
星さんはにこやかに笑って前を向く。
しかし、有り金って……私も宿屋の主人に売られたときに祥さんから貰った銀貨は無くなっていたし、もしかして二人ともずっと無一文だったってこと???
そういえば、食事の時は不思議と誰かからおすそ分けして貰ったり、宿も人の家に泊まらせてもらっていた。お金を使う機会は無かったけど……
「星さんって、もしかして大物?」
私だったらお金が無いのに旅をしようだなんて、恐ろしくてできないよ。
「あはは、親から勘当されるような放蕩息子だよ。ただ、他の人よりもほんのちょっとだけ運がいいのかもね」
ほんのちょっとどころではないような気がするけど……と、とりあえず信を探さなきゃ。
王都の城門を抜けた私たちは街道を南へと急いだ。
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