第11話 わかった、俺たちも南に向かおう!

 大きな麦わら帽子のつばの先には、相変わらずの景色が広がっている。


「祥さんに信、待っててくれているかな……」


 私たちは来た道を引き返し、宿屋に向かっている。兪星ゆせいさんと信を引き合わせるためだ。


「……蘭玲と一緒で売られている可能性がある」


 売られる?


「二人に限ってそれはないと思うけど……」


「一緒に眠されていたんでしょう?」


 確かに眠っていたら、信も動物を集めることができないかもしれない。


「でも、起きたらきっと……」


「動物を操る条件ってなんだろうな。もし音だと、口を塞がれてたら無理なんじゃない?」


 確かどっかで、信が何か言っていたような気がする……


「そういえば……『念じて』って言ってた」


「念じて動物を操るのか……それなら何とかなっているかもね。それで、蘭玲の本当の名前は何て言うの? 宿屋の親父から聞いた蘭玲という名前は偽名だよね。そろそろ教えてくれないかな」


「う、それは……」


「本名を明かさないのは、西新せいしんの妃の刺客を警戒してだろう。俺はそんなんじゃない。心配する気持ちもわかるけど、殺すつもりならとっくにやっているって」


 確かに眠っている間も、直接日差しがあたらないように大きな麦わら帽子を掛けてくれてたみたい。たぶん、命を取られることはないかな。まあ、貞操の危機はあったけど。


「わかりました。私の本当の名前は梅玲玲です」


「玲玲、いい名前だ。俺のことは星でいいよ。玲玲、これからよろしくね」


 星さんはこちらを向いてにこやかに微笑んだ。








「な、なにこれ?」


 日が傾きかけたころようやく町に到着した私たちは、思いも寄らないものを目の当たりにした。

 昨日泊った宿屋は半壊していて、危険なのか誰も入れないように周りに縄が張られていたのだ。


「俺が玲玲を連れ、朝ここを出るときは普通だったんだけど……ほんとにクマを操ったかのようだね」


 確かにクマが暴れた後と言われてもおかしくないような壊れ方だ。


「信がやったのかな」


 だとしても、この様子だともうここにはいないよね。


「あの人に聞いてみようか」


 星さんは、縄の外の石に腰かけタバコをふかしているおじさんを指さした。


「すみません。何があったんですか?」


「なんだお前たちは」


 いきなり声を掛けたから警戒されちゃったかな。


「びっくりさせてごめんなさい。俺たち昨日こちらにご厄介になって、朝早く仕事に出て今日も泊まろうと来てみたらこの有様でしょう。何があったのか気になって」


 すらすらと……


「そうか、兄ちゃんたち宿を出てて正解だったな。朝方ものすごい音がしたから来てみたら、大女が暴れていてな。あれよあれよという間に宿屋を壊してしまいやがった」


 大女?


「中の人たちは無事だったんですか?」


「ああ、宿屋のおやじ以外は先に出てきててな、けが人は誰も……いや、そういや宿屋のおやじだけは人相が変わるほど顔が腫れてたな」


「そのご主人はどちらに?」


「役人が連れて行ったよ。何でも無許可で人を売り買いしていたんだと」


 そりゃ無許可だよ。泊まった人を黙って眠らせて他の人に売るんだから。


「お役人が……どうして急に?」


「ああ、俺も驚いたぜ。騒ぎを聞きつけて役人が来ただろう。てっきり暴れている大女をしょっぴくかと思ったら、おやじの方を連れて行きやがった。きっと、あの大女は国の監察官か何かだったんだろうな。役人がペコペコ頭下げてたからよ」


 たぶん大女というのは祥さんだ。王妃様からの指令書をお役人さんに見せたんだろう。


「あのー、その女の人は男の子と一緒じゃなかったですか?」


 大女が祥さんだとすると信も一緒のはずだけど……


「いや、一人のようだったぜ」


「それで、その人は今どこに?」


「ここのおやじが連れて行かれた後、しばらくこの辺をうろうろとしてたようだが、そのうち見えなくなっちまったな。お役目に戻ったんじゃねえのか」


 祥さん、どこ行ったのかな。それにしても、信はどこだろう……


「おじさんありがとう。よかったらこれ食べて」


 星さんはさっき射止めた鳥をおじさんに渡している。情報料のつもりなのかな。


「いいのかい。すまねえな。あ、ちょっと待ってくれ」


 おじさんは近くの家の中に入って行って、間もなく手に何かを持って出てきた。


「よかったらこれを持って行ってくれ。今年はたくさんってな、余り気味なんだ」


 おじさんは黄色く色づいた果物を星さんに渡した。


「うわぁ、美味しそうだね。ありがとう」







「大女というのは祥さんのことだと思います」


 荷馬車に戻り、星さんと今後のことを相談する。


「ん? 玲玲。その人、さっき男って言ってなかった?」


「祥さんは普段、女の人の格好をしているんです」


「へぇーそうなんだ。あんたたちってつくづく面白いことしているね。まあ、聞いた感じじゃ大丈夫そうだね」


「ただ……信がいないのが……」


 あのおじさんの話に信は出てこなかった。祥さんが暴れた時は寝ていて、その後祥さんと一緒ならいいんだけど……


「クマを操るって男か。そいつってどういう感じなのか教えて」


「赤茶の髪で背は私の目の高さ位。見た目は幼い感じ。あ、でも今度成人って言ってました」


「見た目も年齢もまだ子供か……ということはやっぱり売られている可能性が高いな」


 信を?


「まだ子供ですよ。力仕事には向かないでしょう」


「いや、そういう子を好きな奴らもいるのさ」


 もし、そういうところに信が連れて行かれてたら……


「たぶん、その信って奴も玲玲が起きたのと同じころに目覚めているはずだよね。異変に気付いたら動物を呼び寄せて何とかしているんじゃないかな」


「はい、起きてさえいれば、きっと……」


「それで、玲玲たちははぐれた時にどうするか決めてなかったの?」


「あっ!」


 私は星さんにあの時決めたことを話した。


「猫を目当てに!? あはは、君たちはほんと面白いね。わかった、俺たちも南に向かおう!」


 思わぬ人と朱雀廟を目指すことになったんだけど、大丈夫かなあ……

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