海へ墓参り

しーんーせーかー

海で亡くなったあなたへ手を合わせる

 少女は、しゃがみ込んで波打ち際の海を見つめていた。


 ゆっくりひいては返す白い波を見つめて、少女は目頭を熱くする。


「お兄ちゃん……」


 少女はぽろぽろと頬を零れるものを止めどなく流す。


「どうしたの?」


 問われて、少女はびくっと肩を震わせた。


「あ、いや、泣いてるみたいだったから……うん、見捨てられなくて」


 声からしてまだ中高生くらいみたいだ、と少女は思った。


「お墓参りしてるの」


「お墓参り?」


 少女は、変だと思われたな、と確信を持ちながらも、ちいさく頷いた。


「嫌、だよね」


「いや、いいんじゃない?」


「え?」


 なんでもないように告げた少年は、サンダルを履いて立って海を見ていた。


「墓が山とかにしかない、なんて決まりごとないじゃん」


「変、とか、おかしい、とか、思わないの?」


「いつの時代の話してるんだよ。今じゃ、骨は粉にして海に返すとか、そういうやり方もあるんだってテレビで言ってたぞ」


 少年は少女に一歩近づく。


「まあ、何があったか詳しくは聞かないけどさ。海が墓なんてすごいじゃん」


 前向きな意見に、少女は目をぱちくりと瞬かせた。


「大陸を超えたこーんな広い海一面が墓なんだろ? すっげえよ」


「そんなこと言う人、初めて見た」


 くすりと笑みがこぼれて、少女の涙が引っ込んでいた。


「やっと笑ったな」


「え?」


 少女の横に、少年はいいなーと告げて立った。


「オレも死んだら、骨は海に流して欲しいな」


 羨望の眼差しで、砂浜から広がる青くしょっぱい別世界を見る。


「あ、あのね……お兄ちゃんのお墓、ちゃんと家にある、の……」


 非常に言いにくそうに、少女は真実を告げた。


「ん、そうなんだ。でも、ここで亡くなったんだな」


「本当は、この海域は遊んじゃいけない場所だったんだけど、子供だったから……ちょっとだけなら、って二人で来たの」


「そういうこともあるんじゃね?」


 少年は、まったく少女の言うことを否定しない。


 その瞳は黒瞳で、まるで憧れのように濃いブルーを見つめた。


「天気が悪くなってきたから戻ったら、子供がね、溺れて。ついてきちゃってたんだって後からわかったの」


「子供じゃしゃーねーなー」


「それで、お兄ちゃんが助けに荒れた海に飛び込んで。子供は助かったんだけど。代わりに、お兄ちゃんが海に飲み込まれたの」


 そうか、と少年は手を合わせた。


「ほんと、子供って馬鹿だよね」


「親が悪かったと思うけど。ちゃんと見張ってないほうが悪い」


 そうだけど、その時喧嘩をしていた親を思い出して、ちくりと、心臓が痛んだ。


 もし喧嘩がなければ、死ぬことはなかったかもしれないから。


「そう、だよね。お兄ちゃん、馬鹿だったんだ。わたしも」


「んー、子供は冒険心旺盛なんだから、別に責められることもないだろー」


「でも、死んだら……」


「勝手についてきた子供も、お前ら兄妹も悪かった。それだけの話だ」


 これでその話は終わり! と少年が切り捨てた。


「死んだら、もう帰ってこない。ちゃんと、お前泣いて墓参りだって来たんだろー? 兄だって喜んでるよ」


「そう、かな?」


「ああ。たぶんな」


 にっと歯を見せて快活に笑う。


 もしお兄ちゃんが生きてたら、きっと意気投合してたに違いない。


 この見知らぬ少年は、どこまで明るく元気づけようとしてくれてるのだから。


「ありがとう」


 違う意味で顔がくしゃりと変わって、頬を伝うものを感じた少女は、少年の横に並んで、水平線を見つめた。


 少年も、それ以上のことはなにも言わず、二人はしばらくそれぞれ思いをはせた。

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