第11話 振り返り


 翌日は9時頃会場に到着するように出発。

 通用門で沼田と再会。彼と会うのはおよそ2週間ぶり。


 仕事の流れを確認されてもすらすらと答えられる。

 恐らく誰よりも、マニュアルを読み込んでいる。


 一緒に仕事をするメンバーと会うのは初めてだった。

 社員の辻はシステム担当。

 アルバイトの白井は長期契約らしい。

 どちらも計画の支障にはならなそう。

 もう1人、アルバイトを採用予定だったらしいがまだ姿を見せない。


 とにかく、白井と共に最初の仕事へ向かう。

 控え室のチェック。

 小控え室Aを白井と共に確認。仕事の流れをおさらいしておく。


 それから2手に分かれることになった。

 自然に小控え室B側の壁近くに立ち、一言。


「では私はこちらの壁沿いを担当します」


 白井もそれに異を唱えなかった。

 小控え室Bの鍵を含めて3つの鍵を受け取り、早速今回の仕事場へ。


 入り口直ぐにはついたて。

 その裏側に回り、若干の位置調整をして上部に隠しカメラを仕込む。

 スマホで画角のチェック。ちゃんと机と仮眠スペースが収まっている。


 後はマニュアル通りに作業して、水とお菓子籠を置く。

 まだ睡眠薬入りの物は置かない。置くのは事務室で受け取った無害なものだ。


 その後は淡々と仕事をこなす。

 控え室のチェックを終えると、東側通用門へ。


 やがて高瀬モモカがやって来た。マネージャーの滝。そしてスカーレット・ローズの面々も一緒だ。

 どうも高瀬モモカの表情に疲れが見える。寝不足か、精神的な悩みか。どちらにしても好都合だった。


 鍵は滝が受け取った。

 鍵の管理が今後どうなるのか。ここだけは不安が残る。ともかく、滝が上手く振る舞ってくれることに期待するしかない。


 白井と2人仕事を継続。

 昼頃は忙しかったが13時を回ると手が空くようになってきた。

 高瀬モモカのリハーサルが終わる14;00前に休憩に入りたい。


 その思いが通じたのか、13:30を回る頃にはすっかり暇になっていた。

 白井に休憩取得を打診し、13:40から休憩とした。


 13:40。東側通用門から建物に入る。

 控え室前の廊下は無人。

 スマホをチェックして、小控え室Bが無人なのも確認済み。


 何食わぬ顔で合鍵を使って小控え室Bに侵入。

 睡眠薬入りのお菓子を籠に潜ませる。

 ペットボトルの水は飲みかけだった。なんとも好都合だ。


 睡眠薬入りのペットボトルの水を、空の水筒に移して量を調整。

 同じくらいの量になったペットボトルを交換。

 睡眠薬入りの物を置いて、高瀬モモカの飲みかけをカバンに入れる。


 作業を終えると扉を少し開け、廊下に人が居ないのを確認してから外へ。

 合鍵で施錠し、警備室へ向かった。


 警備室では沼田に業務の報告をして、休憩用スペースで昼食を取る。

 食事をしながらも遠目に監視カメラの映像をチェック。

 14:06。高瀬モモカが西側広間の監視カメラに映った。


 彼女は1人だ。滝は着いてきていない。


 スマホで控え室の隠しカメラ映像を確認。少しして、高瀬モモカがやって来た。

 彼女は椅子に腰掛け、スマホを操作。

 それが終わるとお菓子籠を物色し、お気に入りのチョコレート菓子を見つけて迷わずそれを口に放り込んだ。


 ペットボトルの水にも口をつけ、その蓋を締め終わった頃、ゆらゆらと頭を揺らし、そのままうつ伏せになって眠り込んだ。


 14:11。良い時間だ。

 休憩終了時刻まで余裕はあるが、警備室を後にして控え室へ向かう。


 廊下は無人だった。

 再び合鍵で小控え室Bへ潜入。ここからは手早くやらなくてはいけない。


 高瀬モモカは眠っている。

 眠りは深く、寝息もほとんど聞こえなかったが、呼吸もしているし心臓も動いている。

 そうで無くては困る。これから仕上げの作業に入るのだから。


 指紋が残らぬよう手袋をはめ、高瀬モモカの荷物を物色。

 睡眠薬の包装を回収した。


 眠っている高瀬モモカの頭を掴み無理矢理上を向かせて、2シート分の錠剤を口の中に放り込む。

 それをカバンから取り出したペットボトルの水で押し流すと、水が気管に入らぬよう上を向かせたまま口を閉じさせた。

 眠っていても、睡眠薬をしっかり飲み込んでくれた。


 高瀬モモカの身体を元に戻し、睡眠薬を仕込んでいたチョコレート菓子の包装を回収。代わりに先日回収した空の包装をビニールパックから取り出して置いておく。

 そしてペットボトルを再度入れ替え、睡眠薬入りの物を自分のカバンへ。


 ついたてから忘れずに隠しカメラを回収。

 それから高瀬モモカの元に戻り、首筋で脈拍を確認。

 脈拍無し。心臓停止。蘇生の可能性は極めて低い。


 廊下に人が居ないことを確認して外に出て、合鍵で施錠。

 室内に居たのは僅か30秒ほどだ。

 手袋を外し、東側通用門で白井に挨拶してそのままコンビニへ向かう。


 樹脂製の合鍵はへし折って原型を分からなくする。

 隠しカメラの通信チップを抜き取る。これが解析されると、通信相手のスマホが特定されてしまう。

 チップは自分のスマホのSIMカード部分に隠した。デュアルSIMだが片方は開けていたので、ここに忍ばせておく。


 残りのカメラモジュールは適当に分解。

 それからペットボトルと水筒に入っていた睡眠薬入りの水を、駐輪場脇の緑地公園日陰の花壇にぶちまけた。


 コンビニに着くと空になったペットボトルを捨てる。

 そして店内でカフェオレを注文。紙カップ入りのそれを店の外で飲み干し、氷を飲み残しとして捨てると、カップの中に手袋、お菓子の包装を入れていたビニールパック、分解したカメラ、合鍵の残骸をぶち込んで、そのままゴミ箱に捨てた。


 東側通用門に着いたのは14:25ジャスト。

 白井が休憩に入り、新人の平岡と通用門の警備を担当する。

 それからはマネージャーの滝が高瀬モモカの死体を発見するまで、通用門で通常業務をこなすだけのはずだった。


 15時過ぎ、通用門に小倉がやって来た。

 関係者リストに入っていたので顔は知っている。

 しかしこの時間にやってくるのは想定外だ。小倉は高瀬モモカのプロデューサーのはずである。


 だが影響はないだろう。

 高瀬モモカの心臓が停止してから既に50分。今更蘇生は不可能だ。


 小倉を通したが、あろうことかその10分後、小倉は再びやって来て、小控え室Bの鍵を要求した。

 ちょっとしたイレギュラーだ。


 話を聞き、どうにも放置出来なさそうだと観念した。

 平岡をちらと見る。


 バイト初経験の彼女に、この対応はさせられない。

 自分だって対応したくないが、ここで平岡に同行させたら不自然極まりない。

 やむを得ず自分が同行を申し出る。


 小倉と共に控え室へ。

 小控え室Bの鍵はかかっている。自分で施錠したのだから当然だ。


 そしてもちろん反応はない。

 自分で殺したのだからこれも当然だ。


 小倉をその場で待たせ、沼田の元へ報告に向かう。

 小倉の要求についてと状況について説明する。


 とにかく、第一発見者にだけはなりたくない。

 その願いが通じたのか、沼田は自身で対応すると答えてくれた。

 更に警備室が辻1人にならないように、ここに残るように指示をくれた。


 これならば何の問題も無い。

 マスターキーを持って出ていく沼田を送り出し、監視カメラ映像確認の仕事に就く。


 悠々と仕事をしていると、沼田から連絡があった。

 警察と救急には既に通報してくれたらしい。

 そちらもやってくれるなんて素晴らしい。通報者にはなりたくなかった。


 後はやって来た警察の事情聴取に応じる。

 仕事を始めたのは今朝からと答えたときの捜査員の顔は、思わず笑いそうになってしまった。


 事情聴取の内容には真面目に答えた。

 答えは短く簡潔に。

 嫌われてはいけない。だが決して、好かれすぎてもいけない。

 印象に残らぬよう、淡々と受け答えをして済ませる。


 事情聴取は難なく終わってしまい拍子抜けしたほどだ。

 高瀬モモカがリハーサルに向かった後に控え室前を通り、なおかつ彼女がリハーサル後控え室に戻った以降に再び控え室前を通った人物は、数えるほどしかいないはずである。


 その少ない容疑者の1人であるはずなのに、今日から仕事を始めた、被害者と何の面識もないフリーターだからと見逃されたのだ。

 マスターキーの入手も不可能。睡眠薬の存在も知らないと見なされたのだろう。

 手荷物検査すらしない手抜きぶりである。


 とかく警察の捜査は、被害者と全く関係ない第3者の殺し屋が介入した事件についてあまりに無力だ。

 だからこそ自分の仕事が成り立つのだが、こんなことで治安は守れるのかと不安になってしまう。

 

 とにかく仕事はやり終えた。

 ライブ中止となったイベント会場で、出演者達から控え室の鍵を回収して送り出し、警備員としての仕事も終了。


 翌日、予定通りに出社し、警備室で時間を潰す。

 2日目の給料も支払われるそうだ。

 最初から警備員の給料など当てにしていない。

 何しろその数百倍の報酬が、高瀬モモカ1人殺しただけで振り込まれるのだ。


 夕方過ぎ、警察から沼田へと連絡があった。

 捜査は自殺の方向で進めるらしい。


 そうなるだろう。

 そうなるようにしたのは紛れもなく自分だ。

 合鍵1本で崩れるアリバイではあるが、警察はそれを見抜けなかったのだから。


 解放されるとアパートに戻り、荷物をまとめ東京行きの新幹線に乗り込んだ。

 東京駅で乗り換え、神奈川県にある自宅へ戻り、ウィッグを外しメイクし直して、表向きの顔――小野寺花菜に成り切った。


 街に出てこの『ナンバーズ』にやって来たのが23時。

 

 思い返してみると、最初から最後まで幸運に恵まれた仕事だった。

 殺すだけなら簡単だろうけど、ここまで綺麗にはいかなかっただろう。


 警備システムが不十分な地方のイベント会場に高瀬モモカがやって来たのも幸運。

 彼女が致死性の高い睡眠薬を処方されていたのも幸運。


 唯一プロデューサーの小倉が15時過ぎにやって来たのが想定外だったが、大きな影響はなかった。

 

 気がつくとハイボールを飲み干していた。

 アルコールが身体に回ってきたのか気分が良い。


「仕事、かなり良かったと思います。幸運でした」


 呟くように言うと、マスターはグラスを磨く手を止めて微笑んだ。


「それは良かったですね。

 何か飲まれますか?」


 すっかり気分が良くなっていたので、変な注文をしてマスターに嫌われようだなんて感情も消え失せていた。


「カリラ、ストレートでお願いします」


「丁度ボトラーズがありますよ」


「ではそちらで」


 ショットグラスに注がれたウイスキーが届くと同時、仕事用スマートフォンに通知があった。

 表題だけちらと見ると、『決済手続き完了のお知らせ』とある。

 今回の報酬が無事に振り込まれたのだ。


 これで依頼は全て完了。

 しばらくは仕事を気にせず、のんびりと生活できる。


「本当に幸運だったようですね」


 感情が表に出ていたようで、マスターがチェイサーを置きながら微笑みかけた。

 それに微笑み返して答える。


「ええ本当に。

 次の出張もこの調子だと良いですけど」


「きっと上手くいきますよ」


 私がどんな仕事をしているのかも知れないくせに。

 マスターの適当な発言を聞き流し、ショットグラスに口をつける。


 ほどよいピートと煙の香り。

 強烈なアルコールの中にじんわりと甘みが広がり、それは徐々に旨味に変わっていく。

 同時にスモーキーな香りの中からフルーティーなアロマが顔を出し鼻孔を刺激する。


 ボトラーズの質に満足してショットグラスを置くと、マスターの適当な発言などどうでも良くなっていた。


 きっと次の仕事も上手くいく。

 いいや、上手くいかせてみせる。


 さて、次は一体誰を殺すことになるだろうか?


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