5-13

 それは、いまより600年と少し前。



 この世界の中心である中央都市と呼ばれる高層建物が並ぶ、地上最大規模に展開する街の中央にある城で当時、大地のヴァーテクスと呼ばれていたテラシアは平穏な日々を過ごしていた。


 同じヴァーテクスとして生まれたアンジーナと一緒に。


 その街は全能のヴァーテクスと呼ばれるバジレウスが管理しているところで、その中央にある城はどの建物より高く、空に伸びている。

 その庭園からは街の全てが見通せる。最高に眺めがいい場所だ。


 その場所がテラシアは好きだった。

 青と白で彩られた大きな城の中で、庭園に繋がる長い渡り廊下を歩いていると、前からアンジーナが駆け寄ってきた。



「おはよう。テラシア」


 その微笑みはテラシアにとって本当に愛らしいもので、だからとても大切にしていたものだった。


「うん。おはよう。アンジーナ」

 テラシアが目を細めて言葉を返す。すると、アンジーナは嬉しそうに笑うのだった。



「…………今日も街の方に降りてみようか」


「うん」


 その日、テラシアとアンジーナは城を出て街を回った。

 街を歩けば、多くの人が頭を下げて感謝の意を伝えてきた。

 当時、テラシアは能力を用いて農作物を育て、それを人々に与えていた。


「みんな、そんなに畏まらなくても大丈夫よ」


「いえ、そうはいきません。テラシア様には本当に感謝しております」


「テラシア様のお陰でわたくしたちは今日も生きていけるのですから」



 人々の声に、テラシアは優しく答えていく。







「テラシア様! 西にある街で餓死者が多発していると聞きました。どうか我々のように彼らをお救い下さい!」


 人間はテラシアに対して救いを求めた。

 その後、テラシアはその街に向かい、見事多くの人間を救ったのだった。


 だけど、それだけでは終わらなかった。

 同じような事態が世界の各地で起きていたのだから。



 テラシアは中央都市から多くの街や村に出向き、その力を用いて人間を救った。


 次第にテラシアに対する信仰は膨れ上がり、多くの人間が彼女の力を頼るようになっていったのである。



 そんなある日、テラシアはいつものように城の庭園から外の景色を眺めていた。



 それを見つけたアンジーナはそっと彼女に駆け寄った。


「テラシア、なにしてるの?」


「アンジーナ。……………………ちょっと外の景色を眺めていただけよ。今日はどうやって過ごそうかしらね」


「いつものように人間を救いに行くんじゃないの?」


「そうね。あたしにはやることが沢山あるからね」


「沢山?」


「うん。この能力で人間を救うの。沢山。もう彼らが飢えて死ぬことが無いように」


「テラシアは凄いのね」


「うふふ。そうかしら」


「うん!」

 誇らしげにアンジーナは頷いた。


「でもね、あたしにはそれよりも大切なものがあるのよ」


「大切なもの?」

 何気ない顔で首を傾げるアンジーナ。

 それを見て、テラシアは目を細めた。



「うん。すごく。……………………大切なものなの」


 テラシアはアンジーナの頭を優しく撫でる。

 綺麗な薄紅色の髪を。まるで赤子に触れるかのように。




「さて、今日も行ってくるから。アンジーナも大人しく待っていてね」


「うん。いってらっしゃい!」








 テラシアは、自身が最初にこの城で目を覚ました時のことを思い出す。


 全てのヴァーテクスは同じ時にこの城の中で目を覚ました。

 城の中央から天まで螺旋状に伸びる支配者の間にて皆が同時に目を覚ましたのだ。

 薄暗い空間の中、目の前の高級そうな玉座に座るバジレウスは残りのヴァーテクスに役割のようなものを与えた。


 その後、各地に散っていくヴァーテクスとこの地に留まるヴァーテクスとに分かれた。


 テラシアとアンジーナは後者だった。

 バジレウスが管理する街に留まり、人々を幸福にするために役割を実行していた。


 自身に与えられた能力を用いて、農作物を育て、それを人々に与えた。


 中央都市を拠点にして、多くの街や村を巡り、人々を救った。


 人々は感謝と尊敬の眼差しをテラシアに向けた。

 信仰を獲得し、ヴァーテクスとしての役割を充分に果たしていた。






 そんなある日、テラシアはバジレウスに呼び出された。



 自身が初めてこの城で目を覚ました、支配者の間に向かう。




 分厚い扉を開くと、あの人同じようにバジレウスが玉座に座っていた。



「何の用かしら? バジレウス」



「…………来たな。テラシア」


 バジレウスは重たい腰を上げてテラシアに近寄った。

 灰色の長い髪をオールバックにしており、その先端は背中まで伸びている。

 モサモサの整えられた長い髭。皺だらけの顔はかなり厳つい。


 真っ白のローブを羽織り、その下には黒と青の重たそうな洋服とブーツを身に着けている。




「近頃、お前の能力を巡って人間の間で争いが起きているようだ」


 バジレウスが発したその一声に、テラシアはひどく動揺した。


「どういうこと?」


「…………比較さ。より深くお前に愛され、より多くお前の能力を受けたいがために争っている」


「――――そんな! 今すぐに辞めさせないと!」


 テラシアは身体の向きを変え、支配者の間から出ていこうとした。それを、バジレウスによって呼び止められる。


「待て! どこへ行くつもりだ」


「どこって、……………………争いを止めに行くのよ」


「此度の争いを止めたところで無駄だ。直ぐに第二、第三の争いが始まるであろう」


「なら、それが起こらないように人間の暮らしをもっと豊かにしてみせるわ」


「それがきっかけとなって争いが始まったのだ!」


 バジレウスに論破され、テラシアは黙ってしまう。


「………………………………なら、どうしろっていうのかしら」


「なに、簡単なことだ。貴様の力の使い方を変えてやればいい」


「…………使い方を、変える?」


「そうだ。その力を使い、人間を襲う怪物を生み出せ」


 その言葉に、テラシアは絶句する。





「……………………な、なにを言っているの?」


「より幸福な未来のためだ」


「言っている意味が分からないわ」


「感謝されるだけでは駄目なのだ。恐れられることこそが重要なのだ。人間をより良き方向へ導くためには恐怖が必要だ」




「…………ごめんなさい。あたしにその考えは理解できない。だから従う事は出来ないわ」


「何か勘違いをしているぞ。テラシアよ」


「―――――え?」


「これは提案ではない。命令だ。背けば貴様が一番大切にしているものをこの世から消す」



「―――――――――――」


「………………………アンジーナ、であったか。お前とは違い、奴はいまだ異名すら持たない未熟者だ。我にとってはいてもいなくとも同じことだからな」


「――――――それは、不可能なはずよ! だって、貴方がヴァーテクス同士の殺し合い、殺害を禁止したのよ!?」


「我が定めた理に我が従う道理はない。あれは我以外が殺害することを禁じたのだ」


 それは、あまりにも暴君な言葉だった。

 言い返すことは、最早テラシアには不可能であった。



「テラシアよ、猶予はないぞ。今ここで決めよ。我に従うか、背くかを」


「……………………………………………………従うわ」



「そうか。あぁ、それと今日の内容を貴様が誰かに漏らせば、同じようにあの娘の命はないと思え」







 その後、テラシアは中央都市から姿を消した。


 好きだった庭園にも、そして一緒に過ごしてきたアンジーナの前にも。

 テラシアが姿を見せることはなかったのである。












 ♦♦♦




 テラシア・テオスから衝撃の内容が伝えられる。


「ど、どういう事なんだよ!?」


 皆が言葉を失う中、アルドニスが口を開いた。


「…………そんな、まさかバジレウス様が」


「ありえねぇぜ」


 ローズさんとルイーズも同様に取り乱している。


 そりゃあそうだろう。

 バジレウスは全能のヴァーテクス。伝え聞く限りではこの世界の支配者だ。

 この世界で一番権力と力を持っている存在だ。


 そいつが、裏では汚いことをしてました、てか?


 というより、テラシアの言葉では明らかに暴君だ。




 みんなが驚く中、俺はあることに気が付いた。



「…………アンジェリカ?」



 俺が名前を呼ぶと、彼女は「ん?」とこちらを振り向いた。


「………………………いや、なんでもない」



 そう言うとアンジェリカはテラシアに向き合った。



「バジレウスに逆らえず、あたしは逃げるように姿を消したわ。そして、ここにたどり着いた。この神殿はもともと地下8階までしかなかったから、その下に階層をつくって、ずっとここに閉じ籠ってきたの。怪物を生み出しながら」



「………………………個々の怪物がヴァーテクスに攻撃ができる理由は?」



「念のためよ。あたしが創り、生み出した子たちだもの。ヴァーテクスを攻撃できる性能を付けるかはあたしの意思ひとつで決められる。でも、外に出す子にその性能を与えればバジレウスに逆らうことにつながる。だから、この神殿の警備に当たらせる子たちだけにその能力を与えたのよ。バジレウスや、他のヴァーテクスから自分の身を守るために」


「…………なるほど」







「私は、バジレウスを許せない」

 アンジェリカが口を開く。


「…………アンジーナ、じゃなかったわね。えーと、アンジェリカ。その気持ちは分かるけど、どうしようもないのよ。あのバジレウスよ。あたしたちにはどうにもできないわ」



「―――――いいえ! そんなことないわ。バジレウスを倒すのよ!」


 テラシアの気持ちを振り払うようにアンジェリカは告げる。


「私はここに来る前にフローガを倒しているの。だから絶対に不可能という事はないわ」



「…………貴女が、フローガを?」


「ええ。私は戦う。だからテラシアも力を貸して!」



 アンジェリカの言葉に、テラシアは考えるように俯き………………。

 そして、


「わかったわ。あたしも一緒に戦うわ」

 と答えてくれた。


 その答えに、アンジェリカは飛び跳ねるように喜ぶ。

 その姿は、まるで幼い子供のように……………………。




 穏やかな気持ちで、アンジェリカを見詰めていた。

 この迷宮に来てから、本当にいろんなことがあった。


 沢山傷付いて、左腕には消えない傷が残ってしまった。

 アンジェリカとの確執があった。それでも、彼女の為に戦うと決めた。

 自分の失敗と弱さに向き合い、不思議な剣との出会いがあった。

 そして、テラシアとの出会い。



 バジレウスとの衝突には、不安がある。

 でも、テラシアが仲間になってくれるのは心強い。

 そして、安心したように呼吸を落ち着けたその時だった。




 唐突に、迷宮の天井が光ったのだ。



「―――――――――ぁ」


 視界を覆う眩い光。そこから撃ち出されたのはいくつもの光弾。それは光の雨となって頭上から俺たちに降り注いだのだった。



「――――――ぐっ!」


 気付いた時には駆けだしていた。無意識に能力を発動させる。

 降り注ぐ光弾。その標的はアンジェリカだった。


 必死に手を伸ばし、その体を引き寄せる。それでも、射程範囲からは逃れられない。

 衝撃があった。

 身体を押される衝撃に、顔を上げる。



「―――――アンジェリカを、よろしくね」


 俺たちを突き飛ばし、そう微笑んだ彼女は次の瞬間、光弾によって貫かれ……………………。




 目の前が真っ暗に覆われた。







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