3-9

「今から、トラゴースの討伐に移る。タクミ、力を貸してくれ!」


「え! …………はい!」


 走る馬車の上で、男の声に従う。


「そこに転がっている黒色の袋を取ってくれ」


 そう言われて、荷台に積んであった黒い袋を手に取った。

 片手サイズの袋にしては重たいそれを手渡す。


「ありがとう」

 ダウトはそう言って袋を受け取ると、中に手を突っ込んだ。

 そして、取り出されたのは小さな木の箱だった。


 片手で器用に木の箱を開ける。その中から出てきたのは3本のナイフだった。


 料理を食べる際に使われる銀色のナイフ。見慣れたナイフと異なるのは持ち手の端に紐が付けられていることだ。


「タクミ、この紐は思いっきり引っ張ると抜けるようになっている。この紐を抜いてから直ぐにトラゴースに向かってこいつを投げてくれ」


 そう言われてナイフを渡される。

 ナイフにしては重さある。通常のものより2倍から3倍くらい重たい。


 俺は言われたとおりに、端についている紐を引っ張る。


 すると、簡単に紐が抜けた。

 そして、揺れる荷台の上から山羊の怪物目掛けてナイフを投げる。


「―――――ふんっ!」


 投げたナイフは見事怪物の眉間に突き刺さった。

 特に狙ったわけではないのでミラクルだ。


「――――伏せて!」


 直後、ダウトの声が響いた。

 それに従って咄嗟に身をかがめる。




 ――――――!!!

 凄まじい音と衝撃が襲ってくる。

 それだけじゃない。身を焼くような熱が広がり、その空間を包み込んだ。


 熱風と衝撃に耐えながら顔を上げる。


 黒い煙と独特の臭いがそこには広がっていた。


「…………火薬?」


 その臭いには覚えがあった。

 夏の花火の臭いに似た刺激臭。



 黒煙と火薬の臭い。凄まじい熱と轟音に衝撃。


 ここまでこれば、察しが付く。



「な、なんて危ないもんを持たせるんだ!」


「いやー、大成功だったな」


 俺の憤慨を受け流して目を輝かせるダウト。

 いや、サングラスで隠れているせいで表情は分かりにくいが、その声には喜びが混じっているので、そんな気がした。


「な、なんなんだよ! あれは!」


 黒焦げになって倒れる怪物の死骸を刺して強気に問う。


「最近開発したばかりの新商品だ。爆発する短刀。すごいだろ?」


「―――――っ、ぐぅぅぅぅ」


 危ないものだが、威力は怪物を殺せる程だ。

 人間にとってはかなり便利な武器となるだろう。

 だが、それとこれとは話が別だ。


「先に説明しろよ!」


「いやぁ、驚かせようと思ってさ。すごくいい反応をありがとう」


 殴りたい。

 その気持ちを必死に抑えて拳を握り締める。

 掌に爪を食い込ませて痛覚で怒りを麻痺させた。


 俺の中で胡散臭い男から、ろくでなしへとダウトの印象が変わった瞬間だった。










 追いかけてくる脅威もなくなり、馬車のスピードは落ち着いた。


 ゆっくり走りながら道を進んでいく。

 俺としては先を急ぎたいのだが、我がままを言いたくないので言葉を呑み込む。


「…………それで、さっきの爆発する短剣なんだけどさ、まだ正式名称が決まってないんだ」


 運転席でダウトが口を開く。

 荷台にはさっきの黒い袋が積んである。

 その中にアレがたくさん入ってるかと思うと、背筋が凍る。


「そこで、いい名前を考えてほしいんだよね」


「…………俺にですか!?」


「いや、こうして出会えたのも何かの縁だろうし、せっかくだから名前つけてみないかい?」


 その言葉に、「うーん」と悩む。


 …………悩むふりをしているが、内心では舞い上がっている。

 決して態度や表情には出さないが、心の中でガッツポーズを決める。


「…………嬉しそうだね」


「うぇっ!?」


 ダウトの言葉に変な声が出てしまった。


 わざと喉を鳴らして落ち着きを取り戻す。


「……………………もしかして顔に出てましたか?」


「うん。かなり気持ち悪い顔してたよ」


「……………………そうですか」



 しばらく、無言の状態が続いた。











 さて、俺の中の厨二心がそろそろ抑えきれないので、名前を考えるとしよう。


 右腕を抑えながら頭の中で考えを巡らせる。


 ナイフ形の手榴弾と言ったところか。

 手榴弾がどのような構造をしているかなんて知らないが、おそらく似たような感じで爆発させているのだろう。


 …………手榴刃ってのは安直か。


 うーん。

 投げナイフ、投擲。…………、爆破…………。



『投擲刃・爆式』



 うん。かっこいい。


「とう…………」

 思いついた名前を告げようとして言葉を呑み込む。


 俺は知っている。

 要求を受け入れさせるために使う裏技というものがあるという事を。


 人間は大きな要求をされた後に小さな要求をされると譲歩する心理が働くという事を、知っている。


 その応用技。


 投擲刃・爆式というかっこいい名前を受け入れさせるために、わざとダサい名前を初めに言う。


 我ながら、天才の発想である。



「ふふふ、思いつきましたよ」


「お、なんていう名前?」

 聞きたそうにするダウトに対して、少し溜めて焦らす。


「マジカルナイフ、というのはどうでしょう」


「…………マジカル、ナイフ」


「あー、ダサいでー――――」

「いいな! マジカルナイフにしよう!」


 なんと、予想外の出来事が起きる。


「……………………はれ?」


 放心する俺をよそに、独りで喜んでいるダウト。


「本当に、いい名前だね! タクミ、ありがとう」


「………………………………あ、はい」

 と小さく頷く。


 さらば、投擲刃・爆式。

 お前の事は、忘れないよ。



「ん? どうかした?」


「…………何でもないです」


 漸く俺の異変に気が付いたダウトが首を傾げた。

 だがもう遅い。

 ここで名前の変更なんてできるはずがない。

 何故なら、ダウトは嬉しそうに喜んでいるからだ。




「あ、いい名前を付けてくれたお礼に、数本持っていくと良い」


 そう言って木の箱を5箱受け取った。















 馬車はスピードを上げて進んでいく。

 それはちょうど、平原が終わり乾燥地帯へと変わる境目に入った時だった。



 視界の右奥で、凄まじい轟音が鳴り響いた。


「な、なんだ!?」


 ダウトは体勢を崩して暴れる馬を器用になだめる。


 音の発生方向は少し遠いようだ。

 だが、空に昇るように砂ぼこりが舞い上がっている。


 その直後、同じような現象が立て続けに起きて咄嗟に身構えた。

 意図せず息を呑み込む。




 その時だった。


 複数の馬車が、こちら側に走って来るのが見えた。


 まだ小さな馬車の集団。だが、その異変に商人であるダウトも気付いた。

「何かあったのか?」


 ダウトの独り言が響く。


 それを覆う様に、俺の耳は自分の心臓の音に支配されていた。

 直ぐ近くで何度も響く鼓動の音。


 こちらに向かって走って来る馬車の集団。その先頭の馬車が俺たちの目の前で停止した。


「向こうでヴァーテクス様たちが戦闘を行っている。直ぐにここを離れた方がいい」


 その馬車に乗る男の言葉に、停止していた俺の身体が動き始める。

 荷物袋を手に取り、荷台から飛び降りる。


「タクミ!?」

 制止する声を振り切って進む。


「ここまでで、いいです。ありがとうございました!」


 そう告げて、脚に熱を走らせる。

 強く地面を蹴って、駆動させる。



 逸る鼓動を抑え込み、歯を食いしばって能力を行使する。


 ここまで馬車による移動により、充分休むことができたみたいだ。体に疲れは感じられない。

 身体が羽のように軽く感じられる。


 だが、この先に待ち受けるのは重たい現実だ。

 だが、眼を背けることなく。

 俺は真っ直ぐに前へと進む。











 ―――――まだ、見えない。





 猛スピードで乾燥地帯を進んでいく。


 考えられる人の限界速度を凌駕して肉体に負荷を掛ける。



 地平線を越えて地面を蹴り続ける。



 ―――――見えた!



 それは、人智を越えていた。

 目の前では、神の衝突に等しい戦闘が繰り広げられていた。



 薄紅のツーサイドアップに束ねた髪を翻し、赤く滲んだ白の戦闘ドレスを着こんで必死に応戦するアンジェリカを視認する。



 それと対峙するのは青い髪を頭の後ろひとつで束ねる女戦士。

 青の線が入った白を基調にした堅い服装。その上から金の装飾が施された丈の長いマントを羽織っている。

 服の上からでも分かるガタイのいい身体。肉付きがよく、鍛えられているのがわかる。


 前の戦闘で、手も足も出なかった存在。


 おおよそ、人の身では敵う事のない絶対的強者。


 あらゆる攻撃を通さない防御能力。

 目で追う事が出来ない圧倒的な移動速度。

 壁を貫通する防御不可の攻撃性能。


 その力は、まさにチートと呼ぶに相応しい。



 勝ち筋なんて見当たらない。


 そもそも、俺は奴を前に逃げた。

 敵わない存在だと、奴を認識してしまった。


 自分の後悔を弱さと共に呑み込む。



 瞬間、アンジェリカとユースティアの戦闘を傍観する人影を見つけた。

 離れたところに馬車を停止させて戦闘を眺めている3つの人影。


 それを認識し、直ぐにその顔が脳裏をよぎった。


 だが、直ぐに思考を取り戻す。

 3人の顔を頭から排除して進む。


 秩序のヴァーテクス。


 奴を前にして余分な思考は命取りになる。

 故に、この瞬間だけはその存在を忘れることにした。



 あっという間に彼女らとの距離は縮まった。

 あと5秒もすればこの手に届く距離だ。




 荷物袋から剣を取り出す。そして、刀身を鞘から抜き放つ。


 覚悟は決めた。

 勇気は振り絞った。


 ―――――俺なら、できる!!


 根拠のない自信をもって数回地面を蹴る。

 勢いはそのまま。

 出来るだけ息と気配を殺して敵の背後に回り込む。


 その正面。

 驚いたアンジェリカの顔を認識した。


 ―――――余分は切り捨てる。


 直後、恐怖と後悔が蘇ってきて、この身を襲った。


 ―――――くっ!


 視界が一気に白く濁る。




 だが、その白い霧を晴らす光を、俺は知っている。



 1秒にも満たない刹那の最中、金髪の少女を思い出した。



 ―――――ふんっ!


 躊躇うことなく、腕を振るう。

 人型生物。その命を断つことに迷いのない純粋な一撃。


 だが、その結果は結ばれることなく。

 甲高い音と共に弾かれてしまう。


 今のは死角からの攻撃だった。

 さらに、今の俺は50メートルを3秒で駆けれるほどに加速した状態だった。

 気付いても反応できるまでにはラグが存在するはず。

 なのに、奴は反応してみせた。



「―――――貴様は」


 こちらを僅かに振り向いたユースティアと目が合った。

 鋭い目つきに精神が蝕まれる。


 こわい、怖い、怖い。こわい、こわい怖い。


 地面を踏みしめて、再び歯を食いしばって剣を振るう。

「おおおおおおおおおっ!!」


 再び弾かれる鉄の剣。


 やはり、こいつには攻撃が通らない。


 ユースティアはこちらを振り向き、腕を振りかぶる。

 その一撃は地を裂き、あらゆるものを貫通する死の一撃。


 後ろの飛び退き、その軌道から外れようと藻掻く。

 その刹那、アンジェリカが浮遊させる剣が飛来した。


 連続で弾かれ、落ちてゆく剣の雨。


 瞬間、ユースティアの動きが止まった。

 その隙を見逃さない。

 右脚に力を込めて地面を蹴る。

 剣を鞘に納めて、走り出す。


 ユースティアの横をすり抜けて左腕でアンジェリカを抱きかかえる。


「―――――えっ、ちょ!」


 声を上げるアンジェリカに構わず走り出す。


「馬車を、出せー!」


 遠くで傍観している3人に向けて叫ぶ。


「人間の分際で、私の邪魔をするなっ!!」


 ユースティアの魔の手が迫る。


「―――――っ。アンジェリカ、能力で剣を飛ばし続けて!!」


 一瞬の躊躇いの後、アンジェリカは俺の声に従って剣を射出し続ける。

 そのどれもが虚しくも障壁に弾かれてしまう。


 背中から向けられる圧力に耐えながら、逃げるようにして能力を全力で行使する。

 左手に剣を持ち、その腕でアンジェリカを抱えながら走り、そのまま荷物袋に空いた手を突っ込んだ。


 そして、中から木の箱を取り出す。

 木の箱はその場に捨てて中からナイフを取り出す。


「アンジーナ!!」


 背後で雄叫びが響く。


 歯で紐を掴み、そのまま引き抜く。


 そして、ナイフをユースティアの足元に向かって投げる。


 飛んだナイフは狙い通り、奴の足元の地面に突き刺さった。

 それは、ユースティアには届かない防ぐ必要のない攻撃。


 もし、奴の防御障壁が自動的に働くものでないのなら…………。


 直後、ユースティアの足元が赤く光を発した。


「なっー――――!」


 その声は誰のものだったか。

 凄まじい轟音と熱を含んだ衝撃に搔き消された。



 爆発の熱風に背中を押されて、そのまま地面を駆ける。


 目の前には発車したばかりの馬車が走っている。

 地面を蹴って馬車の荷台に飛び乗る。



 意図を察したアルドニスとローズさんが俺たちを避け、荷台の上に着地を果たす。

 アンジェリカを下ろして、口に咥えていた剣を床に落とす。


 酷使された脚、心臓と肺の負荷が追い付いて俺の身体を蝕む。

 痛みを必死に抑えながら、チラッと後ろを確認する。




 ユースティアの姿は見られない。

 その事実に胸を撫でおろした。

 全身の痛みが引くころ、あることに気が付いた。

 皆の視線が俺に集まっている。


 肺と心臓の活動を落ち着かせようと試みる。

 だが、その沈黙が重たすぎて、その時間を待っていられない。



「ごめんっ!!」


 深く頭を下げる。


「逃げてしまい、すまなかった。…………もし、可能ならばもう一度だけチャンスを下さい!」


 頭を下げ続ける。

 空気が重い。視線が痛くて、呼吸すらままならない。

 心臓が痛くて、苦しくて…………。


 怖かった。


 それでも、このままなのは嫌だったから。

 勇気を出してここに来たのだ。



 俺を見て、アルドニスが長い息を吐いた。


「…………簡単には許せねぇ。だから、一発殴らせろ」


「わかった」


 俺が頭を上げると、それは直ぐに飛んできた。

 アルドニスの拳が腹に命中する。それは鉄球のように重く硬い一撃だった。


 息を漏らして耐える。片膝が荷台の床に衝突する。

 そんな俺を見下ろしてアルドニスが口を開いた。


「…………仲間としては認める。だけど、今回の事を忘れる訳じゃねぇからな!」


「…………うん。わかったよ」

 俺はそう言って立ち上がる。

 すると、ローズさんが近付いてきた。


「お姉さんは戻ってきてくれて嬉しいわ」


 ローズさんは目線を合わせて頭を撫でてくる。

 恥ずかしさが込み上げてきて、逃げるように離れる。


 そして、運転席にいるドミニクさんを見詰めた。


「…………私は何も言えません。でも、戻ってきてくれてありがとうございます」


「…………なんか、意外ですね」

 ドミニクさんの言葉に、声を漏らす。

 すると、ドミニクさんが首を傾げた。


「何がですか?」


「ドミニクさんにはもっとガミガミ言われると思ってました」


「私をなんだと思ってるんですか!?」

 珍しく声を荒げるドミニクさん。


 俺は笑みをこぼして濁しながら追及を回避する。


 そして、最後にアンジェリカを見詰めた。


「私は勿論、大歓迎よ! それと、助けてくれてありがとう」


 アンジェリカの微笑みに胸が締め付けられた。

 みんなの優しさに救われる。

 だが、それが非常に苦しかった。


 ―――――あぁ、胸が痛い。


「みんな、ありがとう!」

 痛みを感じながら、再び頭を下げる。


 短いようで長かった数日間。

 あの村で過ごした4日間は非常に大切なキッカケとなった。


 あの日、止めてしまった歩みを再開させる。



 心に決めたことがある。

 後ろを振り返りながら、ある決意をする。



 俺はもう、誰かを置いて逃げない。




 遠くの空、舞い上がっていた砂煙が晴れていく。


 追って来る影はない。

 決然と顎を引いて前を向く。


 煌点の光を受けて馬車は進んでいく。




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