第12話 死の気配


 4月16日05:55

 ヘリで大体35分くらいで、東京の自衛隊病院に到着した。ヘリから降りると待機していたのか、看護師さんが走ってきて誘導してくれた。


 看護師さんの後ろを付いて行けば、ガラス張りの病室に案内された。


利彦としひこさんと美智瑠みちるさんはオペが20分ほど前に終わって、集中治療室に入っています。詳しい状況は医師から説明がありますので、そちらで質問等お願いします。それと由佳里ゆかりさんとおじいさまおばあさまは後ほど、ご案内します。」


 案内の看護師さんはそう言って、廊下の奥に去って行った。


 目を集中治療室に戻せば、身体中に包帯を巻いた2人が見える。そう言われなければ誰だか分からないくらい、怪我をしている2人を見て少しの現実感と、それを上回る非現実感がごちゃ混ぜになった。


 その後すぐに大川さんが呼びに来て、先生のいる部屋に連れて来られた。


 カルテだろうか、書類を見ていた先生が入ってきた俺を見て声を掛けてきた。


西木圭人さいきけいとさんですね、どうぞお掛け下さい。」


「先生、よろしくお願いします。」


「はい、落ち着いて話を聞けますか?少し時間を空けましょうか?」

 と気遣われたけど、ヘリに乗っている間に落ち着いたし、覚悟も出来た。現実感より非現実感の方が強いけど、父さんと美智瑠の状態を見たら、話をしっかり聞かないとダメだ思った。


「はい、大丈夫です。聞きます。」


「はい、それでは…まずお父さんの利彦としひこさんから。利彦さんは、今日を乗り越えられるかどうかと言った状態です。外傷は美智瑠みちるさんよりはマシなんですが、爆圧で内臓の損傷が酷いです。後で会いに行ってあげて下さい。」


「父さんはもう…、助からないんですね?」


 先生は、ゆっくり首を振った。


(最期に立ち会えるだけでも良かったのか…。母さんと爺さん婆さんには会えなかったし…。)


「……それじゃ美智瑠はどうなんですか?美智瑠は助かるんですか⁉︎」


「美智瑠さんは内臓機能は問題無いんですが、身体中の傷と脳への深刻なダメージがあります。」


(脳なんて1番マズいところじゃねぇか!)


「脳にダメージって、それは問題無い部分なんですか⁉︎」


「美智瑠さんの脳は…、大脳にかなりのダメージを負い、所謂植物状態になってしまっています。ただ脳の中心部分の方には損傷が無くて、なんとか自分で呼吸が出来る状態なんです。ですが…」


 先生は言いづらそうに言葉が止まった。


「美智瑠も…助からないんですか?」


「…それは、今の段階では分かりません。普通の植物状態なら、意識はありませんが、機械の助けを借りながら命だけは助かります。ただ…今回は、」


 また言いづらそうに止まる。


「…脳内から小さな破片が摘出出来ていない可能性があります。オペで可能な限り処置はしましたが…。スキャンでも映らなかったり、内側に入り込んでいたり、脳組織に埋まっている場合は摘出出来ていません。」


(やっぱり、脳のダメージは…)


 先生は黙った俺に気を遣ったのか、

「ただ、見える範囲にあった破片が全てであれば、世間一般に言われる植物状態です。回復の見込みは薄いですが、0ではありません。後遺症が残っても奇跡的に回復される方もいます。」

 と回復の可能性も口にした。


「その回復された方も脳の損傷から回復したんですか⁉︎」


「…いえ、回復された方はほとんどが、低酸素による植物状態からの回復でした…。」


「美智瑠とは、違う状態なんですね…」


 微妙な空気が流れたところに、先程案内してくれた看護師が入ってきて、

由佳里ゆかりさんとおじいさまおばあさまの準備が出来ましたので、会いに行きましょう。」


 そう言って俺を連れ出してくれた。


 ***


 4月16日06:25

 看護師さんに連れられて、ひんやりとした霊安室のようなところに入った。


 身体には白い布が被せられ、顔も布で覆われている。


「左から、由佳里ゆかりさん、おじいさま、おばあさまです。私は部屋の外にいますので。」

 と言って出て行った。


 後ろ姿にペコリと一礼して、最初に母さんから、顔の布を外して死に顔を見た。


 安らかなのか苦悶の顔なのかが分からない。


 穏やかに眠っているように見えるし、悲しんでいるようにも見える。


 やっぱりまだまだ覚悟が足りなかったみたいだ。顔を見ただけでは全く現実感が湧かない。


 顔の布を胸元に置いて、今度は手を取ってみた。


 そこまでしてやっと、母さんの死を感じた。死を感じたというよりは、生を感じないと言った方が近いかもしれない。


 冷たい…。冷たい。手の温度がそこまで低い訳じゃない。室温より少し高いくらいのはずなのに、その手は冷たかった。


 手を握っても熱が伝わらない。際限なく熱が吸われていく。溶けない氷にずっと触れているようで、手の感覚がおかしくなりそうだった。


 *


 母さんの死を実感してから、もう一度顔を見てみれば、安らかかどうかは分からなかったけど、少なくとも苦しんでいるわけでは無い様に見えた。


(ホテルでダラダラしてる間にもっと電話しとけば…、最期の言葉はなんだったっけ…?)


(あぁ…帰ったら家族会議か。母さん、ごめん欠員が出てるからしばらくの間は延期だ…)


 母さんに顔の布を戻して、流れる涙を手でグシグシ拭った。


(ちくしょう…、くそ…クソが!どうしてこんなことになった!俺が悪いのか!俺が悪いんだろ!どうして関係無いのが巻き込まれて先に死ぬ!死なせるなら俺が先だろうが!)


 歯をギリギリ噛み締めながら、身体から溢れそうになる怒りを押し留める。


 身体を震わせながら堪えているところに、部屋の外から看護師さんがいきなり飛び込んできた。


 驚いて思わずビクッとした俺に、


利彦としひこさんが意識を取り戻しました!」

 と伝えてくれた。


 ***


 4月16日07:10

 看護師さんと一緒に走って戻ってきた俺は、先生に集中治療室の中に案内された。


「利彦さんは4分程前に意識が戻ったようですが、…恐らくこれが最後の力です。しっかりお話ししてあげてください。」


「…はい。」


 俺が近づいていくと、父さんが呻いているのが聞こえる。


「父さん、俺だよ、圭人だよ。」


 近寄って、手を握るとやっと気付いたのか、顔が少しこちらを向いた。


「あぁ…圭人か?」


「そうだよ、圭人だよ。」


「お前は怪我してないか?大丈夫か?」


「あぁ、大丈夫、ピンピンしてるよ。さっきだって病院の中200mくらいダッシュしたんだ。」


「おいおい…、病院では静かにしないとダメだぞ。」


「そんなの分かってるよ、看護師さんにちゃんと許可もらったんだよ。」


「そうかぁ…?なら…いい。」


「なぁ、圭人。お父さんはなぁ、昔はちょっとだけワルだったんだ。何か犯罪をやった訳じゃあないぞ?売られたケンカは買う、殴られたら殴り返すってだけのちょっとしたワルってやつだったんだ。」


「それ何回も聞いたよ、それでたまたま母さんと会ったんだろ?」


「そうだ。あれが運命の出会いだったんだ。」


「あーはいはい、その続きは知ってる。で?」


「あー、なんだったか…?そう、お前にもそのちょっとしたワルの血が流れてるんだよって話だ。だから…な、圭人、今回の売られたケンカ…ちょっとだけ、ちょっとだけでいいからよ、やり返してくれや…。お父さんは、もう、ちょっと、年で、身体が、動かねぇからよ…」


「あぁ…、任せろ。それと父さん、母さんから聞いた話だけど、俺は周りの子と比べるとかなりお父さんっ子だったらしいぞ。母さんが負けたみたいで悔しかったからお母さんっ子だって、父さんは言い包められてたらしい。中学くらいの時に謎に自慢された。」


「なにぃ…由佳里、のやつ、やっぱり、そう、じゃねぇかと、思ってた、んだよ…。」


「なぁ、圭人…美智瑠を、頼んだ。さっきから、由佳里が、引っ張って、きて、コイツ…、なんて、ちか…ら……。」


「…あぁ、美智瑠は、俺が面倒見る、から、」


 父さんの手からは何かが、生に必要な何かが零れ落ちていくのを感じた。

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