プロローグ②


 初めは何が起きたのか分からなかった。ハンドルが勝手に動いたと思ったら戻せなくなって、歩道に乗り上げて工場の外壁に衝突したようだ。流石は大型トラックで、幸いにも自分の身体にはどこにも怪我は無いようだった。


 原因は分からなかったが、事故を起こしてしまった以上はまずは警察を呼ぼうと財布とスマホを持ってトラックから降りた。


 警察に自分のスマホから110番を掛けている内に、周囲から人が集まってきて声をかけてくれた。


 中でも自分の後ろにいたらしい40代くらいのトラックドライバーが、「大丈夫か?動かない方がいいから座ってな!」と事故状況の確認をしてくれると言うのでお言葉に甘えてお願いした。

 警察への電話口での説明が終わり、次に会社にも連絡した。後は現地でと通話を切ったところに先ほどのドライバーが顔を青白くしながら戻ってきた。


「にぃちゃん歩けるか?悪いけど自分の目でも確認して貰いてぇんだが…」


 まさか…と思いつつも、おじさんドライバーと2人で衝突した場所の確認に向かった。


 するとそこには、車体が少し潰れたトラックと、壁との間に挟まれた人の腕があった。


 自分で顔の血の気が引いていくのが分かる。人を殺してしまった。就業初日に事故を起こして、しかもそれが死亡事故だ。そこまで考えたところで、救急車を呼ばないといけないことに気づいた。


 もう一度警察に掛け直して人が巻き込まれていること、救急車の手配が必要であることを説明した。


 通話を切って自分の今後のことを考える。恐らく被害者の生存は絶望的で、見えた腕はピクリとも動いていなかった。ニュースでよく見る業務上過失致死ってやつかとか、懲役何年だとか、賠償はどれだけ払うんだとかそんな事ばかりを考えた。人を殺しても自分のことを考えているのに気付いて、なるほどこれが自己保身かと変に納得した。


 暗い未来に潰されそうになっていたところにまたおじさんドライバーが声をかけてきた。


「にぃちゃん?ちょっとこの死体おかしくねぇか?こんだけ潰されてどこにも血が出てねぇよ」とおじさんは見慣れたのか、少し顔色が戻ったように見える。


 確かに、よく見ると色々と飛び散っていそうな状況なのに、車体やその下には血が一滴も見当たらなかった。


 おじさんドライバー曰く、トラックに潰されて血が出ないなんて有り得ない、車でもスクラップになるのに、人間なんかトマトジュースだと語り出した。


 そんな話をしている内に警察が到着した。


 まずは座って話をしましょうとパトカーに入れられて事情聴取が始まった。アルコール検査も問題無く、あとは何が起きたのか電話口で話したことを再度説明した。一通り説明が終わって、ふとパトカーの外を見ると、おじさんがトラックの横で警察官達に説明してくれている。結局、不可解な点はあるものの死亡事故として扱われ、業務上過失致死傷罪として現行犯逮捕されてしまった。どうしても手助けしてくれたおじさんにお礼を言いたかったので警察官の許可を得て、パトカーから降りた。


 2人の警察官相手に話をしているおじさんに近づいていくと、3人共話を止めてこちらを向いた。


 今警察官が見ている前で何かを渡すのは良くないと思ったので、「あの、色々と気にかけていただいてありがとうございました。後日お礼がしたいのでお名前と連絡先を教えていただいてもよろしいですか?」と尋ねてみた。


 おじさんは警察官をチラッと見て何も言わないのを見ると、「最初は居眠りかと思ったけどそんな感じでも無かったから証言してやろうと思っただけなんだけどなぁ…まぁ、高橋です。番号は○○○-○○○○-○○○○」と教えてくれた。


 そう言うとおじさん改め高橋さんは、「こっちは言いたいこと言ったら勝手に帰るから大丈夫、落ち着いたら連絡してくれ」と言ってくれた。


 その後もう一度お礼を言ってから警察官に促された俺は、パトカーで留置場に送られた。

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