第2話
「こいつが落ちて来たのか……?」
ライゼのボロ臭い家の天井を突き破り、テーブルを破砕した何某は薄暗い部屋の中だというのに光を放っているかのように美しい少年だった。
もっとよく見るためにライゼは瓦礫と化した家具どもをまたいで少年へ近づいていく。
「しっかし、すっげぇ美人だな、こいつ。てか落ちてきたのに傷一つねえのか」
見れば見るほど、この少年が八番街にいるのがおかしいくらい見目麗しいことがわかる。
さらりとした、貴族が服に使うと言う絹糸のような青の透き通った白髪は、隙間風を受けて揺れると鈴音でも鳴っているのではないかと錯覚させられる。
皮膚だって、煤で薄汚れたライゼとは違って白く透き通った真珠のよう。
瞼は閉じられていて、そこについた睫毛は女のように長く、鼻は高く整っていて唇は乾燥など知らないようだった。
顔だけ見れば女と見まがうが、顔から下りて喉仏を見れば形がしっかりと出ているし、鎖骨はくっきりとしていて以外にも筋肉質な身体が男を主張していた。
男のライゼですら思わず喉を鳴らすほどの美少年だ。
一度見ればきっと忘れられない彼は、生憎とこの八番街では見たことがない。
「やっぱり
そもそもこの少年がライゼの家に穴をあけたのか。
「とりあえず起こしてみるか」
考えても仕方ない。
とりあえず、起こして事情を聴くことにしようとライゼは決めた。
「おーい、起きろー」
ぺしぺしと近くにしゃがんで、頬を叩く。
「う……」
「おっ、生きてた生きてた、おーい、起きろー」
少年が反応したことに気を良くしてライゼは再びぺしぺしと頬を叩きまくる。
流石にそこまでされれば、どんなに鈍感な相手だろうと、寝こけた相手だろうとも目が覚める。
少年の光を乱反射させたかのような輝きを放つ紅玉の瞳に、ライゼの姿が映りこんだ。
そこから彼の反応は迅速だった。
一気呵成、考えるという行為を置き去りにして少年はライゼに跳びかかる。
「は?」
ライゼが気が付いた時には、少年に馬乗りになられて、両肩を押さえつけられていた。
ただそれは少年も同じであった。
彼も気が付いた時には、ライゼを押さえつけていたのだ。
押さえつけたは良いがどうすればいいのかまでは考えていなかったようで、とにかく力だけが込められている。
それは少年の身体が出しているとは思えないほど、作業用重着にでも押さえつけられいるのではないかとライゼは錯覚するほどだった。
ミシミシと骨が音を立てている。
このままではマズイとライゼはなるべく穏当に進むべく言葉を選んだ。
「お、落ち着けよ。別に天井ぶっ壊したこととか怒ってないからさ」
「っ!」
その声にびくりと反応した少年の力が緩む。
かといってそれでライゼが逃げ出せるわけではないが、骨が砕かれるということはなくなった。
ほっと一息を吐き、今度は自分の上からどかせようとしたところで、ぱたりと少年が倒れる。
「さあ、どいて――っておい、大丈夫かよ!?」
息はしているため、死んでいないようだが、また振り出しに戻ってしまった。
「はぁ……起きるまで寝かせとくか……。都市管に言ったところで、どうせ自分で何とかしろって言われるだけだろうからなぁ」
仕方ねえと奇跡的に破壊を免れていたベッド兼ソファーに少年を寝かせる。
「しっかし、なんなんだこいつ? すげー力だったしよ」
ライゼは寝ている少年の傍にしゃがみこんで観察する。
「うーん?」
頬でもついてやろうとした時、再び少年の目が開く。
「うおっ、もう起きたのかよ。大丈夫か?」
「っ!」
「おおっ、待て待て! また倒れるぞ。俺は何もしねえから、安心してくれ」
少年は何かを言おうと口を開きかけて、再び目を伏せて閉じる。
それからややあって口を開いた。
まるで話慣れていない、あるいは話すのが初めてであるようにライゼは感じた。
「……ここ、は」
「俺の家だよ、八番街の」
「はち、ばん……」
「お前、どこから来たんだ? どうして俺の家はこんなんなってんだよ。そもそも――」
その時、ライゼの家のドアが乱暴にノックされる。
『いませんか! 都市管理委員会です!』
「あっ……」
少年はびくりと身体を震わせ身を縮こませる。おびえているようだった。
誰なのかもわからない厄介な少年だ。力も強い危険人物でもある。そんな者を家に置いておくのは自殺行為だ。
まだライゼの夢は叶えられていないのだから、さっさと都市管理委員会に引き渡してしまおう。
そう思った。
「いやだ、ボクは壁の外に行く、んだ……」
ただ少年に呟かれた一言が、ライゼに決断させた。
「……こっちだ」
ライゼは少年の手を取り、部屋の端へ連れて行く。
そこにはカーペットに隠れて床下収納の入口がある。ライゼは少年をそこに押し込む。
「隠れてろよ。いいな」
『返事がないなら、いないものとしてドアを蹴破りますよ。一、二』
扉をしめたところでドアの外にいる何者かはより一層激しくドアを叩く。
「今行くよ!」
再び収納の入口を隠してからドアを開ける。そこに立っていたのは、緑色の軍服に身を包み、サーベルを腰に佩いている金髪の女だった。
女はライゼが出てくると、都市管理委員会の紋章が入った手帳を見せてくる。
「都市管理委員会執行部のカウティ・スウフ・ベリオです」
「どうも。えっと、そんな偉い人がなんで俺の家に?」
「少年を見ていませんか? 青みのある白髪の少年なんですけど」
ライゼはあの少年が思い浮かんだ。
「いや、見てないな。見ての通り穴掘り屋なもんで、ずっと地下にいて帰って来たばかりなんだ」
「そうですか……」
カウティの視線は屋根に空いている穴に向く。
「あれはどうしたんです?」
「老朽化って奴だよ、帰ったら穴空いててびっくりしたぜ。勘弁してくれって話だよ。なあ、都市管理委員会に頼めば、これ修理してくれるのか?」
「いえ、申し訳ありませんが個人の邸宅の修理を都市管理委員会は請け負っていません。私、執行部ですし。そういうのは管理部の仕事ですし。なので、しかるべきところに金を払い、修理を頼むのが良いと思います」
「その金がねーんだよ」
「それはご愁傷様です。ですが、私には関係ないですね。ないですが」
カウティは腰のポーチからブルーシートを取り出す。
「せめてこれで塞いでください。多少はマシでしょう」
「なんでこんなもん持ってるんだ……」
「ふふん、私は準備が良い女と呼ばれていますから。これくらいは出てくるんです」
「はぁ……まあ、助かったよ」
「では、何かあれば委員会まで報告を」
「へーい」
カウティが立ち去って通りの向こうに消えるのを待つまで見送ってからライゼは家の中に戻った。
「執行部が動いてんのかよ、あいつほんとになんなんだ?」
ともあれ、ブルーシートでありがたく屋根をふさいでから、床下収納スペースへと降りていく。
床下収納とは言えどライゼの努力により小さな部屋くらいのスペースがある。
いわゆる秘密基地と言う奴だ。
そこに降りると、少年は壁に飾られた雲海の写真を見ていた。
「気になんのか?」
声をかければ、びくりとして隅の方へ行って身構えてしまう。
「そんな身構えんなよ。執行部の奴は追い返してやったんだぞ。お前、なんで追われてるんだ?」
「……ボクが逃げ出したから」
「何から逃げ出したんだよ」
「動力精製。ボクはヴィリロス。この都市に虐げられるドラゴンのひとりだ」
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