ドラゴンパンク・フリーブラッド

梶倉テイク

第1話

「だー、今日も硬いな!」


 下級労働者用の雑極まりない作業用重着ワーキングウェアを身に纏い、ボサボサした赤髪の少年は空色の瞳でまっすぐ壁にドリルを当て続ける。

 何度やっても、何時間続けても硬い坑道の壁は、彼の採掘を阻み続けている。


 壁に囲まれた都市に生まれた者たちは、壁の向こう側には何もないと言う。

 だが、少年ライゼは知っている。

 一度だけ、死んだ父親に連れられて壁の向こう側を見たことがある。

 そこにはどこまでも広がる真っ白な雲海があって、その下にはどこまでも広い地上というものがあるのだと。


「絶対ぶち破ってやるからな目の前の壁も、都市の壁も! そんでオレは広い世界に行くんだよおおおお!」


 気合いを入れてライゼは、より一層強く壁に向かって採掘攻撃アタックを仕掛ける。

 しかし、そのアタックはまったくの無駄に終わった。


「あり? 止まっ……た……?」


 ドリルはアタックの直後に停止してしまった。

 燃料メーターを見れば、ゼロを示していた。

 瞬く間の内に慌てるライゼ。


「おいおいおいおいおい! 嘘だろ!? まだ作業始めたばっかだろうが!」


 ガンガンとウェアの計器盤をぶったたくが、完全に燃料切れ。

 ウェアはうんともすんとも言わない。


「たはぁ……マジかよ……」


 目の前の現実を受けとめきれないライゼに、年長の労働者が話しかける。


「どうしたよ、ライゼ」

「あ、聞いてくれよおやっさん。こいつ動力切れでさ」

「あん? また無茶な使い方したんじゃねえだろうな」

「んな新入りみたいなことするかよ。そもそも今朝、動力缶を取り換えたばかりだってのに」

「そいつは妙だな」


 年長の労働者がそう言った時、坑道のライトが明滅し始める。

 それから消えた。あたりからはざわざわとした声が聞こえ始める。


「チッ、また動力停止かよ。ライゼ、動くなよ。すぐに戻る」

「わかってますって。てか、最近多くないっすか、動力停止」

「そうだな。俺らがガキの頃はこんなことなんざなかった。聞いたか、隣の七番街は完全に動力がなくなったって話だ。何でも七番炉で何かあったとかな」

「マジすか。どうするんすか?」

「さあな、都市管理委員会がなんとかするだろうぜ」

「本当にしてくれるんすかねぇ……」


 などと話している間に動力が戻ったようで、ぱっとライトが付き坑道を照らし出す。

 明かりが戻ればもう良いとばかりに他の労働者たちは仕事に戻る。作業場に採掘音が再び響き渡り始めた。


「で、お前はどうすんだよ」

「あー……とりあえず、坑道長のとこに行こうかなって」

「あのドケチな坑道長が新しい動力缶をくれると思うのか?」

「流石にノルマに関わるなら、なんとかなるんじゃないかなーって……」


 そんなわけねぇだろうなとお互いに思いながらライゼはおやっさんと別れて、ウェアを脱いで広場の階段を昇って坑道長のいる事務所を事務所へ向かった。

 中へ入れば、都市管理委員会らしい白い制服の如何に偉そうな男が椅子に座って新聞を見ているようだった。

 坑道長はドアの開閉音でライゼの存在に気が付いたのか露骨に嫌そうな顔を向ける。


「何か用ですか。私は忙しいのですよ」


 さっさとどっか行けという感情が滲みだすヤル気のない声。

 ライゼは思わずぶん殴ってやりたくなったがギリギリで踏みとどまりつつ予め決めていた問いを口に出す。


「いやぁ……新しい動力缶とかないですかね」

「今月分は渡したでしょう」

「替えたばかりなのにもう動力切れになったんですよ」


 坑道長は盛大に溜息を吐いた。


「まったく。下級労働者はこれだから」


 坑道長は新聞をたたんでライゼの前に立つ。

 手にした指揮棒で、手袋に覆われた掌をこれ見よがしに何度も叩いている。ペシペシとくぐもった音が鳴る。


「いいですか。そもそも下級労働者に作業用重着まで支給しているのです。最大限便宜を図っているのです」

「(……それなら黒缶じゃなくて赤缶寄越せっての)」

「何か言いましたか?」

「いーえ、何も!」


 坑道長は顔をしかめるが、ライゼの小声に追及することはなかった。

 再び指揮棒をぺしぺしと叩きながらくどくどと「おまえたちは贅沢過ぎる」という小言を言い続ける。

 とりあえず、何時まで経っても終わらないのは困るライゼは口をはさんだ。


「あー、で、結局、新しい動力缶はないってことですか?」

「決まっているでしょう。作業に戻りなさい。手があるのですから、手を使いなさい。手を」


 そう言って坑道長はライゼを追い出した。

 ライゼは大人しく作業場まで戻ってから、振り返る。


「うっせー、坑道長のバーカ!」


 中指立てながら言い放って、ライゼは憤然としながらウェアを置いた場所まで戻る。

 そこではニヤニヤと笑ったおやっさんがライゼを待っていた。


「はは、その様子じゃダメだったみたいだな。ま、ドケチな坑道長が月分以上の動力缶なんざ出してくれるわけねーんだよ」

「はぁ……それじゃあ、どうしろってんすか」

「ま、いつもみてえに硬いとこばっか掘らず柔らかいとこ掘れ柔らかいとこ。そこならギリギリなんとかなんだろ」

「それしかないかぁ……」


 深いため息を吐きながらライゼは立ち上がり、ツルハシ片手に坑道へ入って行くのだった。


 ●


 作業終了時間になり、ライゼは地面に座り込む。

 ツルハシを振るい続けたおかげで汗だくの上、腕も足もガクガクだった。

 そんな彼の下へおやっさんがやってくる。


「たはぁ……疲れたー」

「おう、お疲れ。ウェアなしで頑張ったじゃねえの。帰れるか?」

「まあ、何とか」

「ウェアの方は俺が運んどいてやるから、先上がっちまいな」

「おお! ありがとうおやっさん!」


 よろよろと立ち上がり、おやっさんに礼を言って帰路につく。

 居住区までのエレベーターで上がり、外に出れば汗が夕暮れの風で気持ちが良い。ライゼはこの瞬間が仕事から解放されたと感じられて好きだった。


「はー、生き返るー」


 意気揚々と帰宅しようとしたところで、馴染みの配達員に話しかけられた。


「お、ライゼじゃねえか。丁度良かった」

「なんだ? 何かいい話でもあったのか?」

「いや、全然。ただおまえの家、大穴が空いてたぞ?」

「は……?」


 信じられない言葉を確かめるため走ったライゼが目にしたのは、何かが降ってきて大穴があいた我が家であった。


「なんだってんだよ、ちくしょう!」


 何が起きたのかと確かめる為に家の中へ飛び込めば、暗闇の中でも輝いて見えるほどに美しい少年が、爆心地で眠っていた。


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