8
「いやほんとだから! 信じてくれって! な?」
疑いの目を向けるロイに自分が見た光景を何度も説明するのだが、彼はどうも信じてくれない。
「そんなゴミを食う化け物なんているのか? 真っ黒な? 緑の一つ目を光らせる奴?」
台所の片隅で羊肉のリゾットを既に平らげたロイは、まだ一口も手が付けられていないイギーのものに手を伸ばしながらそう言って訝しむ。
「あいつ、いつ山を下りてくるんだろ」
「ほんとにこれ、貰っていいのか?」
「なあ。俺、明日もうゴミ捨て行けないよ。どうすりゃいい?」
「さあなぁ。オレの仕事は掃除であってゴミ捨てじゃないしなあ」
「なあ頼むよ、ロン。明日一緒にゴミ捨て行ってくれないか。俺の飯食べただろう?」
既にイギーのリゾットはロンの胃袋に半分以上入っていた。
「い、いや……まだ全然食ってない。食ってないし」
「もうそんだけ食っただろ? じゃあ明日、頼んだからな」
「待てよ。今からここに戻すから」
「流石にそれは要らない」
「おいイギー!」
空腹どころではなかったイギーは皿を持ったままのロンを置いて、他にも付き合ってくれそうな使用人、あるいは警備の兵士、もしくは侍女を探した。けれど誰もそんな理解不能な恐ろしい化け物がいるかも知れない場所に付いてきてくれる人間はおらず、調理長のアーバインからは金払って街で傭兵でも捕まえてこいと言われてしまった。
そんな金の持ち合わせがないことくらい分かっていただろうが、確かに傭兵に頼るというのは正論だ。イギーは無給でも受けてくれそうな奇特な人間がいないか、街の酒場を見て回った。しかし緑色の一つ目の化け物の話をしても誰も信用なんてしてくれず、笑い者になるだけで、一人として一緒に付いていってやろうと言う輩はいなかった。
結局ロン以外の人員が確保できないまま、イギーは翌朝を迎えた。
「なあイギー。今日はちょっとお腹の調子が悪くてだな」
「ロン。もし俺が死んだらマリアンヌさんに好きだったって言っといてくれないか」
やけに神妙な顔つきでそんなことを口にしたからだろうか。
「おいおい。死ぬとかそう簡単に言うなよ。オレたちの仲じゃねえか。何かあったら真っ先に逃げ出そうぜ」
「そうだな」
持つべき者は友だという確信で二人は握手を交わし、麻袋の載った荷車を引いて、屋敷を出ようとしていた。その二人に、声が掛けられる。
「ねえ。話、聞いたわよ」
マリアンヌだ。彼女は小ぶりの斧を手に、やってくる。
「マリアンヌさん? それは」
「イギーとロンが化け物退治に行くっていうから……あれなんでしょ? 調査隊の調査。それならわたしが付き合ってあげないとね」
人数が増えるのは心強いが、肩に斧を乗せている彼女は逞しいというよりもハイキングにでも出かける姿に見える。
「どうする?」
「だって、今更断るって訳にも」
イギーもロンも、流石にマリアンヌを一緒に連れていく訳にはいかないという考えで、
「えー! どうしてよ?」
「本当に危険なんだって。危険て言葉の意味分かってる?」
「それくらい分かるわよ。けど、そこに行けばアルデバランが取り戻せるかも知れないんでしょ? だったらみんなで協力して、さっさと取り戻しちゃおうよ」
「その気持ちは嬉しいんだけどさあ、ほんとにいるかどうか分かんないし、そもそもイギーの勘違いかも知れないし。それにほら、マリアンヌだってミリア様の世話があるだろう?」
「それは大丈夫。ちゃんと許可はいただいてきたわ」
彼女は笑顔だ。それにこの頑固さ。イギーは半ば諦めた。
「それじゃあ、ずっと後ろで見守ってるくらいなら……」
「いいわよ。それにお屋敷とミリア様のお守りばかりで、なかなか自由に散歩も出来なかったから、気分転換になるし」
それでもロンは「いや、けどさあ」とイギーに助けを求めるような視線を向けたが、彼がゆっくりと首を横に振ると「まじか?」と口の形だけで言って、二人して「さ、行きましょう」と先頭に立って歩き出した彼女の背を見つめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます