あがたの短編小説

あがた

硝子の家

 やっと見つけた、あの男。


 高校時代に毎日見ていたその顔は昔と変わらず甘いマスクをしていた。


 彼は、大人になって幸せな家庭を築いていた。


「ずいぶんといいところに住んでるのねぇ」


 フーン、と声をだして、興信所からの手紙を畳んで胸ポケットにしまった。


 報告書にあった項目、若手実業家で、嫁は元モデル、一男一女の絵にかいたような幸せな家庭だったので、私は自然と口角があがるのを抑えられなかった。


「セキニン、取らせなきゃ」


 脳裏に刻まれた禁断のワードを呟いて、私はバッグにホームセンターで購入した包丁をしまった。




「おいゴミィ」


 ドン、と腹をけられて思わず給食で食べたカレーを吐いた。


「うわっキタネェ!お~い雑巾!」


 すると取り巻きがグイっと私の頭を押さえつけて、地面の吐瀉物目掛けて思いっきり顔を叩きつけた。


 頭に衝撃が走る、一寸してから鼻血がダラダラと出てきた。


 血と、ゲロの匂いが混ざったソレを嗅いで胃がキュッとなった。


 取り巻きとゲラゲラ笑いながら、続けて彼が暴力を振るう。


「セキニン、とらなきゃな!」


 彼は決まってそう言って私に暴力を振るった。



――私の兄は「殺人犯」だ。


 ある日駅に車で突っ込んで、構内の人間を6人ほど無差別に殺めた。


 現行犯逮捕ののち、極刑の世論を裏切り、高裁の下した判決は、


「心神耗弱の状態であった為、責任能力が認められず無期懲役」との判決であった。


 それから私達一家の暮らしは一変した。


 連日押し寄せるマスコミ。過激な報道。切り取られるプライベート。


 私達も犯罪者ですか?

 

 そう思うのも束の間、父は失踪し、母は首を吊った。


 親戚に引き取られた私に待っていたのは学校での熾烈ないじめだった。


 兄が犯罪者なら私も犯罪者で、兄の罪も私の罪らしい。


 一度いじめの主犯格のあいつに


「私は誰も殺してない!父も母も優しい人だった!」


と涙ながらに訴えたことがあったが、


「身内の罪はお前が償わなきゃいけねぇんだよ、セキニン取らなきゃな」


と言われ、彼は綺麗な顔を歪めながら涙が枯れるまで私を殴った。

 

 セキニン?


 それはまるで暴力にかこつけて、脳みそにこの発言を刻み付けるような行為だった。


 結局いじめは高校三年間毎日行われた。








 高級住宅街に建てられた瀟洒な家から出てきた「ソイツ」を見つけた瞬間私の体は勝手に動いていた。







--○○県で実業家の奥さん(30)娘(5)息子(3)が包丁でめった刺しにされ殺害された事件で、その付近で血まみれで呆然としていた女を逮捕送検しました。

容疑者は警察の調べに対し「身内の罪のセキニン取らせました」などと意味の分からない供述を繰り返しており、警察では精神鑑定も含め動機の解明にあたる方針です。

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