第参話 ぽりこれ絵札勝負でおじゃる
朝廷より三位の位を
「これはこれは三位殿、よくぞいらっしゃいました。本日は南蛮渡来の興味深い書物を用意しておりますぞ」
「それは結構でおじゃるな。
所司代で町奉行として働く
表明殿は公家という立場上京都所司代に務める海月介とは親しく、今日も出入筋を遊び半分で傍聴するのを楽しみに来られたのじゃった。
「あと半刻ほどでちょうど次の出入筋が始まりますゆえ、どうぞ見ていってください。この度は以前お話していた『ぽりこれ絵札勝負』なる南蛮のならわしを取り入れる予定です」
「あの珍妙な考え方でおじゃるか? 一応期待して待っておくでおじゃる」
表明殿が所司代を名ばかりの視察のためうろついていると出入筋は間もなく始まり、表明殿は傍聴人の一人として台に座ったそうな。
「この女は私の亭主をお
「私はどうしても必要でしたゆえにご亭主が禿げていることを婉曲に言ったのであって、それで暴力を振るわれたいわれはありません!! お奉行様、どうかこの暴力女を牢にぶち込んでください!!」
「まあまあお二人とも落ち着いて。まずは当時の状況を分かりやすく教えて頂けませんか」
本日の出入筋で争うのは二人の女房で、彼女らの話によると町の
暴力を振るった当の女房は病により髪の毛のない亭主を辱められた怒りを訴え、暴力を振るわれた女房はいかなる理由があれ人前で叩かれた怒りを訴え、双方の話し合いでは決着しないために奉行所まで争議を持っていったそうな。
「そうですね、お二人ともそれぞれ言い分はありましょうし喧嘩両成敗という言葉もありますが、ここは一つ『ぽりこれ絵札勝負』という考え方で裁定を下したいと思います。そちらのご婦人、髪の毛がないというあなたのご亭主のお仕事を伺ってもよろしいでしょうか?」
「亭主の仕事ですか? 木っ端ですが侍として幕府に仕えております」
「そちらのご婦人は?」
「私の亭主は町の豆腐屋の主人ですが……」
「そうですか。では士農工商ということで、被告に二点、原告に一点が加算されました。続けて尋ねて参りますよ」
「はいっ?」
海月介が口にした「ぽりこれ絵札勝負」というのは南蛮の国々で流行しているという物の考え方で、要するにもめ事をお互いの言い分の正しさではなくお互いの持つ特性や属性の有利不利によって裁定しようという文化じゃった。
実際に絵札を叩きつけている訳ではないものの一つ一つ特性や属性を口にして自分の優位性を主張する姿からいつしか「絵札勝負」という名前が付いていたそうじゃが、ぽりこれという言葉の意味はこの時分の人々には分からずじまいじゃった。
「被告のご婦人、あなたのご亭主は侍ということですが、先祖は源氏ですか? 平氏ですか?」
「ええと、平氏の
「それはちょっと頂けませんね。被告から一点引いて現在は一対一で同点です」
「ちょっと待ってくださいよ、どうしてお互いの言い分ではなく性質で正しさが判断されるのですか!?」
「これが南蛮の進んだ文化ですので、この所司代でも取り入れているまでです」
南蛮の 秀でたるもの 取り入れて
押し付けたるも 合はぬは多し
表明殿が傍聴しながら心の中で歌を詠んでいると、海月介は二人の女房への質問を続けていったそうな。
「原告のご婦人、ご亭主の豆腐屋はこれまで何か
「そうですね、以前朝廷の方がお忍びで来られ、うちの店の豆腐は御用達にしてもよい水準と仰いました」
「それは素晴らしい!
「私は夫の病が少しでも良くなればと、
「何っ、
「いい加減にしなさい! 越前君、君にはしばらく長いお
「そ、そんなー!!」
ぽりこれ絵札勝負で調子に乗りすぎた海月介は表明殿の上司である
我が痛み 分からぬ者に 理は無しと
(続くでおじゃる)
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