22. 聖華国の街

 マナストリア聖華国に入って3日ほど経つと初めて大きな街にたどり着いた。

 ひとまずここで1日休憩となるらしいね。

 あたしやエリスは毎晩お風呂に入っているしぐっすり寝てもいるけど、ほかの人たちは1カ月間野宿だったんだもの、ゆっくり休んでもらわなくちゃ。


『エリクシール殿下。あの街で一番大きな宿を押さえてあります。今日はゆっくりとおくつろぎください』


『わかりました。ご苦労様です』


 あたしたちは隊長のレイフさんに案内されながら街の中へ入り、この街で一番大きいという宿に到着した。

 そこは木造4階建ての宿。

 シックで落ち着いた雰囲気のあるすてきな場所だった。

 そしてあたしはそこで意外な人とも再会することになったよ。


「来たか、アウラ」


「あれ、ロマネ。あなたもここに?」


「エリクシール殿下のお供を護衛してここまで来た。今日まではエリクシール殿下の合流待ちだったわけだな」


「そっか。そっちは襲撃されなかった?」


「こちらは襲われなかったな。やはり人質にしても効果が薄いと判断されたのだろう」


「なるほど」


 エリス本人は抹殺しても人質にとっても意味があるけど、そのお供までは殺す必要性がなかったわけか。

 腕利きの護衛がついていたことも承知しているだろうし、襲うよりもスルーした方がいいって判断だったのかも。

 まったく、あたしたちだって見逃してくれてもいいじゃない。

 街中でエンシェントフレーム用の魔導銃を乱射するような騒ぎを起こすくらいならさ。


「ロマネ、あなたの方は襲われませんでしたか」


「はい、エリクシール殿下。こちらはモンスターに襲われたぐらいです」


「私の方はリードアロー王国の追撃部隊に数回襲われました。やはり、狙いは私に絞ったようですね」


「そのようです。立ち話もなんです、まずは宿へ」


「はい。アウラ様も行きましょう」


「ああ、うん」


 あたしは王女としての側面を見せたエリスに気押されながらも宿に入る。

 そこは、外見に違わぬシックな空間だった。

 豪華なエントランスホールに見蕩れているとエリスたちに置いていかれてしまった。

 みんなはどこに行ったんだろう?


「お客様、アウラ様でお間違いはありませんね?」


「ああ、はい」


「エリクシール殿下たちはラウンジにてお待ちです。そちらにご案内いたします」


「ありがと」


 宿の従業員によってラウンジルームへと案内された。

 そこにはエリスとロマネを始め、数人のエルフや妖精族が揃っている。

 あたしもエリスに手招きされてその輪に加わった。


「ロマネを除く皆さんには初紹介ですね。私の同行者、アウラ様です。マナトレーシングフレーム『ヘファイストス』のパイロットでもあります。いま私が身につけている装備の作製者ですよ」


「おお、あなたが」


「あなたが作ってくれたドレスには助かっております。刃で刺しても傷ひとつつかない上に気品に満ちた作りのドレス。この上のない特上品でござます」


「武器や鎧もそうですね。武器はエンシェントフレームとすら渡り合えるほど強く、鎧はほとんどの攻撃を届く前から弾き飛ばす。殿下が戦うことがあってはなりませんが、万が一の備えとして大変心強い。本当に感謝しております」


 手放しに褒められてちょっと恥ずかしい。

 どこまでが本心かわからないけれど、これは嬉しいな。


「いや、それほどでも。エリクシール殿下の装備作りはヘファイストスも乗り気だったから本気を出したまでです」


「その通りです。私の装備と同じレベルの品を量産できると考えてはなりませんよ」


 エリスもそこは釘を刺す。

 あたしも誰彼構わずエリスの装備クラスを作りたくなんてないもの。


「もちろん。そのような下心はございません。ただ……」


「ただ、なんですか? 度が過ぎた発言は許しませんよ」


「いえ、優れた鍛冶師でしたら私どもの装備も点検してもらいたかっただけでございます。やはり、この先を考えると……」


 この先。

 つまり、リードアロー王国との戦争だよね。

 それについてエリスはどう考えているんだろう?


「その話は華都についてからにいたしましょう。私どもがアウラ様を縛り付けるわけに参りませんから」


「はい。アウラ様、出過ぎた口をきき申し訳ありません」


「いえ。この先を考えれば不安になって当然ですから」


 あたしはこの先どうしたいんだろう?

 とりあえずリードアロー王国にはいられないから、エリスについてマナストリア聖華国に来たけどその先をまったく考えていなかった。

 あたしにはヘファイストスもあるし、なにをするにしても大体困らないんだけど。


「アウラ様、なにか余計なことをお考えでは?」


「え、いや……」


「アウラ様はご自由になさってよろしいのです。華都までは来ていただきたいのですが、それとて私のわががま。いまこの場で立ち去っても咎めませんよ」


 うーん、エリスにすら迷いを見抜かれたか。

 あたしってそんなにわかりやすいかな?


「アウラ様の処遇については別の話です。まずは今後の予定について詰めましょう。各自の魔導車はどのような調子ですか?」


「はい。私どもの魔導車ですが……」


 そのあとは事務的な話に終始した。

 魔導車の方はかなり無茶をして走ってきたせいでガタがきているらしい。

 ただ、その話を聞いていたヘファイストスが「自分が直す」と言いだし、実際に修理と性能向上までしたおかげであと半月もあれば華都までつけるようにしてしまったようだ。

 ヘファイストス、やり過ぎ。


 さて、打ち合わせも終わり、あたしたちは部屋に案内された。

 あたしの部屋は最上階にある眺めのいい部屋。

 この宿で2番目に高級な部屋らしい。

 そんな部屋をあたしが使ってもいいのかな?


 窓から眺める景色はとても色鮮やかで、まだ春になっていないのに色鮮やかな花々が咲いている。

 というか、地面だけじゃなく家の壁や屋上まで花が咲いているのはどういうこと?

 不思議に思っていたら、あたしの部屋についていてくれたメイドさんが教えてくれた。


「アウラ様。マナストリア聖華国の街では様々な場所で花が咲いているのですよ」


「様々な場所って花壇とかだけじゃなく?」


「はい。家の壁に花を咲かせる品種を植える家や屋上を花壇にする家も多くあります」


「それにまだ冬の季節なんだけど?」


「マナストリア聖華国はそこまで冬が厳しい寒さになりません。冬咲きの花々も多数存在しています」


「へえ、本当に知らなかったな」


「この先の街でもいろいろな花々が見られますよ」


「そうなんだ。ちょっと楽しみかも」


「存分にご期待を」


 部屋の窓から外の景色を楽しんでいるとエリスもやってきてお茶の時間になった。

 マナストリア聖華国のお茶は花の蜜を少量加えて飲む習慣があるらしく、甘くておいしい。

 そういう意味でも、マナストリア聖華国の人が他の国に行ってお茶を飲むと苦くて辛いのだとか。

 本当に場所が変われば文化も変わるね。


 明日からはまたマナストリア聖華国の首都、華都マナストリアに向けての旅だ。

 さすがにもう安全だろうけれど、気を抜かずに行かなくちゃね。

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