五秒間の戦い

西山鷹志

第1話 今日はお見合いの日

五秒間の戦い


 時は二〇〇六年二月トリノオリッピックで日本選手団は誰一人として金はおろか銅メダルさえ届かなかった。オリッピックも終盤、彗星の如くいや妖精の如く現れたフィギュアスケートで日本初の金メダルを獲得した荒川静香選手。世界が称賛した快挙は今も語り継がれ「イナバウアー」という流行語を生み出した。

このイナバウアーは日本中が湧いた。上体を後ろに反らす「レイバック」も加えて一


園子もイナバウアーに憧れフィギュアを始めたのが十年前、だが夢はかなわなくOLとして働いていたが今でも時おりフィギュアのレッスンコースに通い練習生からレッスンコーチに就任し後輩を指導している。

 その日は朝から雨が強く降っていて、道には所々に水溜りが出来ていた。

しかし天は園子を祝福するかのように、出かける頃には空は真っ青に晴れ渡っていた。

 街を行き交う人の中に小学生達が歩いて来る。彼女達の向かう先は分かっていた。かつて園子が通ったアイススケート場があり、そこにはフィギュアのレッスンコースがある。『いいなぁ、あの子達には夢があって』つい彼女達を見て園子も同じ道を歩んだ日々が蘇る。


と、よそ見した時だった! 歩道にある鉄のマンホールの蓋で足を滑らせた。

ツルッと右足が滑り、上体が後ろに傾きかけ同時に右足が上がって行く。

あっ転ぶ!! 園子は一瞬、脳裏をかすめた。

 『駄目! 今は絶対転んではならない。もし此処で転んだら私の人生はどうなるの』 

 小学生達に気を奪われ、マンホールの蓋に足を乗せたのが間違いだった。しかも周りに水溜まりが残っていた。倒れたらワンピースが泥まみれになる。

 今日は園子にとって大事な日なのだ。大袈裟に言うなら勝負の日だ。

 もしかしたら自分の一生を、左右しかねない一日となるのだ。

 そう今日は、お見合いの日。

 数日前から色んなブティックを見て周り、お気に入りのワンピースを買った。

 淡い水色で、いかにも若さが引き立つようなワンピースだ。

 これなら相手の方も、心を揺さぶられるだろう。


 園子は、まもなく三十路を迎える。いくら結婚年齢層が上がったとは言え、やはり三十代では聞こえが悪い。果物に例えるなら食べごろ。これを過ぎたら賞味期限切れ寸前、商品価値が下がる。それは絶対嫌だ。何度かお見合い写真を渡れたが今回は上物、いや私の好みのタイプ。絶対に逃がしてはならない。

 だから今日の日の為に、お見合いの作法など勉強して来たのだ。

 勿論、相手にも因るが、紹介してくれた人の話では稀にみる好青年だと聞く。

 全てがこの日の為に習い事をし、作法を習い、エスティックサロン、美容店へと今日の為に備えて来たのだ。

 だが此処で転んだら総てが水の泡。洋服も水の泡では洒落にもならない。

 その洒落にもならない現実が、今その足元にある水溜りに倒れこみそうな状態にあるのだ。


つづく

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