第一章 刑事、獣の主人となる 9
「うわあ……推定が地雷にクリーンヒット、しちゃいましたか。承知しました、永久に誰にも口外しません。
……ええと、じゃあこの追加情報も言わない方がいいですか? 宮島
ちなみに旦那様は、若き日の
「最後の情報はできればカットして欲しかったんだが、あの野郎…………そうか、幸せか」
ならいい、とつい唇が動いたのだろう。左隣に掛けたみはやが、何故だか嬉しそうに腕を絡めてきた。
「那臣さんって本当にいい人ですねえ、惚れ直しちゃいました」
「褒めても夜遊び禁止は解かねえぞ。俺の家にしばらく居るつもりなら、その間、門限は午後八時厳守だ」
「いつの時代の頑固親父ですか。それよりらぶらぶ同居はこれからも容認ってことで
「はっきり言っておく。まず俺にロリコンの気はこれっぽっちもない」
「ですよねえ。AV視聴履歴も、大学時代から一貫してしっとり系オトナの女揃いでしたし」
「……その情報も削除しろ……ったく子どものくせに何検索してんだか。
みはや、何度も言うが、お前は十四の子どもなんだ。身寄り話がどこまで本当かは知らねえが、今、この街でお前が一人でいるなら、俺は大人として、お前を適正に保護する義務がある。
……本来なら、問答無用で本郷署の少年係に引き渡すところではあるが……」
みはやが反論してこようとするのを、軽い溜息で遮る。
赤の他人である十四歳の女子中学生みはやを、三十一歳成人男性である那臣が部屋に住まわせる。自分の決断は、本来なら正常なものではない。
だがこのとき那臣は、社会の常識やルールを超えたところのなにかに、是、と
真っ当な大人ならば、否、と即答すべき選択である。ましてや警察官として、そんな非常識な大人を取り締まる立場でもあるものを。
後に、己は選ぶべくして選んだのかもしれないと、妙に得心したこの選択肢である。しかしこの時点では未だ心身に馴染むべくもない。
肌にちくちくと触る違和感に顔をしかめながら、みはやと、そして自分自身に説明を試みる。
「……まあ、その、あれだ。お前は十四の子どもだが、その辺の大人よりよほど聡明で理知的だ。自分のこともよくわきまえてるようだし、俺なんぞに関わってるのも、お前なりに理由があってのことなんだろう。
だが……あのオンボロアパートでよければ、部屋数だけはそこそこにある。大家のじいさんの好意で使わせてもらってる空き倉庫には、まだいくらでも本を置けるスペースがある。
新しい学校にも最寄り駅から地下鉄一本だ。本好きの知り合いの家に下宿すると思って、好きなだけ居るといい」
空いた右手をぽんと軽くみはやの頭に置いた。凜として、それでいて暖かい声が、みはやの耳に優しく染み込む。
みはやは目を細め、那臣に体重を預けた。
「やっぱり那臣さん、いい人です……なんだか団長みたいです」
「それは褒めすぎ、というより恐れ多いからやめてくれ。団長のあれは、人生の目標にするべき領域だ、俺のような若造が例えられていいもんじゃない」
那臣がしかつめらしく
嬉しくなって、みはやはまた子猫のように、頬を那臣の左腕にすり寄せた。
(まったくもう、那臣さんてば最高です)
虚構の世界の住人にすぎない人物を人生の師と仰ぎ、己を顧みて未熟さを悟ってみせる。
まだ無垢な子どもたちのため描き出された、剣と魔法の世界で語られる美しい理想は、現実のこの世界では、時にただ嘲笑を誘うだけで意味を成さない。
自分が主人としたこの男はそのことを十分に、むしろ誰より痛いほど理解してなお、彼の人のように生きたいと願うのだ。自分と同じように。
この人を選んでよかった。この人ならば間違えたりしない、正しく自分を使ってくれるだろう。
そう確信はしているが、いざ事が起こったとき、この主人は自分に何を望むだろうか。
地下鉄を降り、アパートに最寄りの出口に向かう二人に、再び覚えのある悪意がまとわりついてくる。
それを確認したみはやの指先に、
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