第一章 刑事、獣の主人となる 8
昨日の辞令についても、みはやから自慢げに種明かしされた。
警察上層部には、みはや本人から『
まさかの国家公安委員長をはじめ、警察庁長官以下、数十名の幹部の私物スマホのメールアドレスに、
「幹部のみなさんの大事な恋人や大事なお友達や、人知れず
可愛らしく小首を傾げて、いけしゃあしゃあと
政府首脳部の裏事情はともかく、少なくとも、警察幹部のプライベートを把握する程度の仕事はお手のものだと証明されたわけだ。
「……いちおう確認しておきますけど那臣さん、もしかして警察、辞めたかったですか?」
今もまた、大きな瞳を見開いて、長身の那臣の瞳を仰ぎ見てくる。そのあどけない表情は、警察組織に恐れられる獣というイメージとは到底結びつかない。
「正直愛想は尽きたがね……仕事自体は嫌いじゃないからなあ」
一昨日知り合ったばかりの子ども相手に、何だって本音を語っているんだか。むず
そんな那臣の様子を気にも留めず、軽い調子でみはやは続けた。
「わたしはどちらでも構いませんよ? 現状、上司の覚え
『
引きこもっても快適な衣食住と、通販宅配の受け取りと、発売日のマンガ雑誌の差し入れをお約束しますのでご心配なく。
さあ、レッツ無職!」
その待遇に図書館貸し出し代行が加わったら、うっかり話に乗ってしまいそうだ。
危険な誘惑をなるべく素っ気なく切り捨てる。
「俺は基本
「おおっ、カッコいいです那臣さん、労働者の鏡ですね!
ではでは明日の労働の
「一昨日まで観光しに来てただろうが」
「地元では真面目が売りの
ほらほら、いつの間にかもうすぐ日暮里駅ですよね?」
みはやがはしゃいで那臣にじゃれついてくる。こんな子どもに振り回される警察組織も気の毒なことだ。まあ好きに振り回させている自分も同じだが。
楽しげな女子中学生に引きずられていく三十男、という不思議な組み合わせが好奇心を抱かせるのだろうか。すれ違う散歩のお年寄りたちの無遠慮な視線が痛い。
その中に混じって、ちり、と皮膚を刺す、異質な感覚を那臣は覚えた。
反射で左手のみはやを
だが神経を研ぎ澄まして気配を探っても、もうすでに周囲にそれらしい人影はなかった。
「どうしましたか那臣さん」
腕の中のみはやの問いかけに、ああ、と
気のせいかもしれない。それに万一あの件で自分をどうにかしたい人物だとしても、まさか渋谷や原宿のど真ん中で白昼堂々仕掛けてくることはないだろう。
那臣は軽く首を振り、みはやとともに、駅へと続く細い坂を下った。
不夜城東京とはいえ、交通機関はそれなりの時間に客たちを終電に乗せ、家へと送り帰す。終電を逃した遊び人は、数時間後に再び動き出す始発を、呑みながら待てばよい。
那臣たち官庁街の住人たちにとっても、始発帰宅は日常茶飯事だった。東京は朝も早いのだ。
「……だが十八歳未満は夜遊び厳禁だ……っつったのに、結局十一時回っちまったじゃねえか」
ハイテンションのまま次々と遊び回るみはやを、那臣は引きずるようにして、先程ようやく地下鉄に放り込んだ。
女子中学生のパワーを少々
「いいじゃないですか。保護者付き、それも警察官付きですよ? 性犯罪に巻き込まれる危険もヤバみなドラッグ売りつけられる心配もありません。いたって健全にショッピングして食事して映画見て、シンデレラさんより先に帰宅。何か問題でも?」
「おおありだ。言ったろ、十八歳未満高校卒業前は原則夜遊び一律禁止。保護者付きだろうが警官付きだろうが、年齢制限は解かねえぞ」
「お父さん厳しいですね……ちなみに原則の例外はお尋ねしてしてよいですか?」
「誰がお父さんだ。そうだな、大失恋でも喰らったら、ひとり夜の海に向かって叫び、泣きべそかいて朝帰り、くらいは仕方ないから認めてやってもいいぞ」
「リアル体験談ですね、ずっしりと重いです。
というか場所違くないですか? 那臣さんが叫んだところ、推定、七里第二ダムですよね。海から直線距離にしても約七十三キロはありますよ」
「……お前が情報屋として有能なのはよーく判ったから……頼む、それは封印してくれ……」
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