第78話 聖女の力5

 私の横に佇むグウェイン様がふっと鼻を鳴らす。

 

「私を誰だと思っているんだ。稀代の魔術師グウェイン・ウィンザーだぞ」

 

 あっ、この前話したときに『大』が抜けていた事を気にしているらしい。

 

「ではハナコ様がここを離れても『黒霧』を押える方法が見つかったのですね?」

 

「あぁ、正確には見つかっていた。という方が正しいがな」

 

 グウェイン様が私の頬を優しく撫でると目を細めて微笑んだ。それはまるで愛しい者を見つめるような仕草でたちまち私の頬が熱くなる。

  

「あの、グウェイン様、その、それでその方法とはどんなものなんですか?」

 

 いつになく甘い雰囲気に胸がドキドキとする。

 駄目だ、勘違いしちゃう……勘違い、だよね?

 グウェイン様を見上げると私を優しく見つめる瞳と目が合ってしまい、キュッと胸が痛む。

 

「ほわぁ……キュンキュンしますぅ」

 

 ハナコ様が両手を胸の前で握りしめうっとりしている。

 あわわわ、忘れてた。グウェイン様と二人きりじゃなかった!

 私は軽く咳払いすると改めてグウェイン様向き直った。

 

「それで、方法は?私に何かお手伝いできませんか?」

 

 どうやらここへ来る前に既に方法は見つかっていたらしい。もしかして他の人にそれを知られたくなかったのだろうか?でもどうして?

 

「いや、これは私にしか出来ない。だからお前たちは一刻も早くここから離れろ」

 

 顔をそらし早く行けと私達にヒラヒラと手をふる。

 何か変だ。

 

「どういうことですか?」

 

 グウェイン様に詳しく聞こうとしたがエドガールが私の腕を掴んだ。

 

「姉さん早く。外で父さんが待機してるんだ、誰かに見つかる前に行かないと」

 

 早く早くと引っ張るエドガールの様子は明らかに変だ。

 

「先に行って、私はグウェイン様と話があるから」

 

「姉さん!」

 

 エドガールの手を振り切りグウェイン様を見つめた。エドガールは私とグウェイン様を交互に見たあとため息をつくと戸惑うハナコ様と先に横穴から出て行った。

 

 二人が居なくなるとグウェイン様がわざとらしく笑顔を見せ私に手を伸ばし抱き寄せた。

 

「やっと二人だけになったな」

 

 包み込むように抱きしめられ嬉しさが込み上げる。

 くぅ〜、負けちゃ駄目。話を聞かなきゃ!

 

「グウェイン様、誤魔化さないで下さい」

 

 心地良い腕の中から緩む気持ちを振り切るように抜け出し出来るだけ厳しい顔を作って麗しい顔を見上げる。

 

「駄目か。厚かましい奴だな、侍女のくせに上位貴族に詰め寄るなんて」

 

 グウェイン様が抱きしめた手を離すと私に背中を向けた。

 

「なにせ私は公爵様お気に入りの侍女なので」

 

「はっ!自分で言うのか。本当にお前と来たら……」

 

「早く話して下さい。どうするつもりなんですか?」

 

 私が話を聞くまではどこにも行きそうにないと諦めたのかグウェイン様は崩れかけた石の扉の前に行くと話し始めた。

 

「前に言ったろ、手記が残っていたと」

 

 百数十年前の侍従が残した手記には賢者の最後も綴られていた。賢者は魔法陣へ聖なる力を注ぎながらここで生き続け、いよいよ寿命が尽きようとする時、この石の扉に強大な封印魔術を施しうろを塞いだ。それまではこの『黒霧』が潜む虚には扉は無く、ポッカリと開いていただけだった。魔法陣へ聖なる力を込めることにより『黒霧』はここから出られない。つまり『黒霧』を押えつけここに引き込む力がこの中に・・・・存在し、ここの魔法陣へ聖なる力を注ぐことでそれを発動させている、という事だ。それはつまり……

 

「魔術具がこの虚の中にあるということですか?」

 

 肯定するかのように嘆息するグウェイン様。

 

「その魔術具が作動している限り『黒霧』は抑えられていたが、この扉に施された魔法陣はそれを上回る力で賢者の死後『黒霧』を抑え込んでいた」

 

「賢者の死後……」

 

 そうだ、聖なる力を注ぎ続けなければ魔術具が作動せず『黒霧』が流れ出るはずだ。ではこの百数十年何故『黒霧』が流れ出ていなかったのか?

 私は息苦しくなる胸を押さえた。この話の先を聞きたくない気がする、嫌な予感が……

 

「賢者は自らの死を悟るとこれまでで最大の力を振り絞り石の扉に魔法陣を描きそこへ力を注いだ。見ろ」

 

 グウェイン様が指差す先には幾つか拳大の穴が空いていて、それは魔法陣をぐるりと囲っている。石の扉はひび割れ半分ほどが砕けて魔法陣も掠れて薄っすらと痕跡を残すだけだ。

 

「賢者は最後の力を振り絞り石の扉に埋め込んだ魔石に聖なる力を込めると扉を内側から閉じた・・・・・・・

 

 いま見えている石の扉の魔法陣は内側に施された物だった。力を失った扉を『黒霧』が押し開きここから大陸へ再び流れ出ていた。

 

「グウェインさま……」

 

 私の視界がぐにゃりと歪む。

 

「扉は内側から閉じる必要がある。閉じたあとに魔法陣に魔石から聖なる力を注ぐ為に作動させなければいけないからだ」

 

 そう言いながらグウェイン様は石の扉を魔術で修繕し『黒霧』が潜む虚を塞げるよ形どった。

 

「グウェインさま……」

 

 私の足は力を無くしたようになりへなへなとその場にへたり込む。

 

「ハナコ様は魔術が使えない為この作業は出来ない」

 

 あっという間に扉に魔法陣が描かれていく。そこへ開けられた穴に拳大の魔石を幾つも埋め込んでいく。

 

「この為にハナコ様に魔石へ聖なる力を込めさせていたのですか……」

 

 ここへ来るまでの間にハナコ様は魔術を使えるように訓練することは殆どなく、ひたすら魔石へ聖なる力を込めていた。グウェイン様はハナコ様が魔術を使えないとわかった時点でこの準備を進めていたのだろう。

 

「賢者はその後どうなったのですか?」

 

 聞きたくなくても聞かなければいけない。知りたくなくても知らないまま生きていくことなんて出来ない。それに答えはもうわかっている。

 

「さぁな、手記はそこで終わっている」

 

 グウェイン様は私に手を貸し立たせると横穴へ連れて行った。

 

「話は終わりだ。早く行け、エルビンが外で待っている」

 

「嫌です……行きません」

 

 俯いたまま私を押し込もうとする手を払う。

 

「ワガママを言うな、いい年だろ」

 

 茶化して話すグウェイン様に向き直り上着を掴むと引き寄せくちびるを重ねた。驚いたグウェイン様が固まっていたがすぐに私を抱きしめ、別れを惜しむように深くキスをした。

 くちびるが離れるときつく抱きしめられる。

 

「嫌です……グウェインさま……」

 

 ポロリと涙が頬を伝う。

 

「困らせないでくれ、それでなくともお前の事はは計算外なんだ」

 

「私を愛したことがですか?」

 

 見上げるといつまでも見慣れない美しい人が私を愛でる。

 

「よくわかったな」

 

「優秀な侍女なんです。主の事は何でもわかりたいと思っています。愛している人なら尚更です」

 

 勘違いなんかじゃない、グウェイン様を愛している。ずっとずっと前から。

 

「私も一緒に行きたい」

 

 顔をグウェイン様の胸に擦り寄せ抱きしめた手に力を込めた。

 

「ふっ……お前ならそう言うだろうと思ったよ。だが心配するな、私は別に独り大陸のために犠牲になるわけではない」

 

「どうなさるのですか?」

 

 グウェイン様は私から体を離すと石の扉を立てかけ『黒霧』が淀む虚へ背を向けて立った。

 

「内側から扉を閉め、これを作動させる。そして中にあるであろう魔術具にも聖なる力が魔石から注がれるように施し脱出する予定だ」

 

「脱出ってどうやって?」

 

 グウェイン様はニヤリと笑い私を見る。

 

「お前が言っていたろう。ここではない何処かへ移動させられないかと」

 

 ハナコ様がもし『黒霧』を封印する事が出来なかったら、ハナコ様だけでも何処かへ移せないかグウェイン様に頼んだ事があった。

 

「召喚の魔術をアレンジした魔法陣を使ってこの中から脱出する予定だ。だがそれは一人用でな、残念だがお前は連れていけない」

 

 そう言い扉を掴んで一歩『黒霧』の方へ踏み込む。

 

「でも、待って下さい……それって……」

 

「エレオノーラ、もし無事に脱出出来たら必ずお前の元へ行く。それまで浮気せずに待っていろ」

 

「う、浮気!?」

 

 聞き慣れない言葉に私が動揺しているすきに扉を閉じようとし、グウェイン様の体も『黒霧』の中へ入って行く。

 

「待って下さい、あ、あの、本当に大丈夫なんですか?」

 

 今にも閉じてしまいそうな扉に手を伸ばし止めようとするとグウェイン様が本当に美しい笑顔で微笑んだ。

 

「一年経っても戻らなければ私のことは忘れろ、幸せに生きるんだぞ」

 

「なっ!グウェイン様!?」

 

 微笑みに見惚れているとそう言い残し静かに扉が閉じられた。

 

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