ノーランド王国のプリンセス婿をとる!

はなまる

わたし死んだの?

そこはボストン郊外の道路だった。

 まるで白昼夢のように、周りの景色がスローモーションのように流れていく。

 ナディアの体は硬いアスファルトの上に、倒れ込んでいく。

 ああ…意識が遠のいて行く。ナディアのかすかに残った意識の中で、人の叫ぶ声やけたたましいサイレンの音が耳の奥深くで聞こえていた。


 

 救急車は到着するとすぐに救急隊員は、きびきびと彼女の手当てを開始した。

 「こりゃあひどい!こんな朝早くから気の毒に…」運転席のシートとエアバッグに挟まれた血だらけの女性を見て言った。

 「それにしてもかなりのスピードが出てたみたいだな…」アウディA8のボディは、道路の大きな街路樹にぶつかりぺしゃんこになっていた。

 「ああ、カーブを曲がりそこなったみたいだな。でも他に人がいなくて良かったよ」

 「ああ、そんなことより急ごう…こりゃあ…おい持ち上げれるか?」

 「クッソ!無理か?」救急隊員は数人がかりで、何とか車から体を引きずりだした。すぐにナディアの怪我の状態を調べた。頭から出血、胸部損傷、他にもあちこちから出血もしている。

 頭を固定するとストレッチャーに彼女を乗せた。

 「そっとだぞ…」

 「ああ、いいか行くぞ」救急隊員は、また数人がかりでナディアをストレッチャーにそっと横たえた。



 「う、うーん…痛い。頭が割れそうに痛いわ」ナディアは無意識のうちにつぶやいた。

 ここはどこ?わたしどうしたのかしら?

 車がカーブを…早く急ブレーキを…だめ!間に合わない…あああ……

 タイヤのきしむ音がする。そして車は大きな木をめがけて…あああ…誰か…


 「う、う…頭が割れそうに痛い…誰か助けて…」ナディアは、まるで溺れてもがくように助けを求めた。


 救急隊員は彼女のうめき声を聞いて慰めた。

 「すぐに病院に着きます。きっとあなたは大丈夫ですよ。しっかりしてください…」そっと彼女に言った。

 だがナディアは、そのまま意識を失い漆黒の闇に落ちて行った。

 


 次にナディアが意識を取り戻した時、自分の体は仰向けに横たわっていた。紫色の光が眩しく体を照らし出し、上半身は裸で、頭には包帯が巻かれていた。


 「みんな後ろに下がって…」医師が両手に、電気ショックを与えるためにパドルを握っている。それが自分の胸に当てられると、次の瞬間ナディアの体が大きくバウンドした。

 「先生、駄目です。脈拍戻りません」看護師がモニターのじっと見つめて言った。

 それから続けて2回電気ショックは行われた。

 「残念だが…」医師はパドルを置くと時計を見た。

 「8時56分死亡」小さな声で言った。



 嘘…ちょっと待ってよ。まだ何とかなるはずよ。もう一度心臓ショックを…ナディアは高いところから叫んだ。

 待って…どうしてわたしこんな所にいるのかしら?

 待って…もしかしてわたし…死んだって事?噓でしょ…困るわ。わたしにはまだまだやらなきゃならないことがあるのよ。ラファエルとの結婚も控えてるし、ノーランド国のためにも彼と結婚しなきゃならないのよ!っていうか、わたしラファエルを愛してるの。彼と結婚してわたしたち‥‥



 その時突然ナディアのからだはふっと軽くなった。

 両腕をかわいい天使が抱えている。

 ”ナディアこれから天国の入り口まで案内するから、わたしたちに任せて”可愛らしい天使は手慣れた様子でナディアに、にっこりと微笑んだ。


 待って…天使さん。わたしまだ死ぬわけにはいかないのよ。困るわ。ナディアはもがいたが体の自由はまったくきかなかった。

 ”いいからわたしたちに任せて”

 ふたりの天使は空高く舞い上がり始めた。


 二人の天使はプリンとポリン。さっきまでふたりはおやつの取り合いでもめていたが、いきなり仕事を言いつけられて機嫌が悪かった。

 「プリン帰ったらさっきの続きだからな!」ポリンが言った。

 「何よ!もうはっきり勝負はついてたじゃない。ポリンの負けよ。おやつはわたしのものだから!」プリンも言い返した。

 ポリンは腹を立てて、掴んでいたナディアの腕をはなしてしまった。バランスを崩したナディアの体は、あっという間に地上に真っ逆さまに落ちて行った。

 「もう!ポリンどうするつもりよ!」二人の天使は大慌てでナディアを追った。



 ナディアの魂は、ちょうど体から魂が抜け出たアンナという女性の体にすぅーと入ってしまった。

 「大丈夫か?アンナ?」呼びかける声がした。

 ナディアは、ゆっくりと目を開いた。アンナ?それって誰?


 「ああ…良かった。気が付いたんだね…」セクシーな男性の声がした。そして大きくて温かな男の手が,自分の手を握った感覚が伝わって来た。

 ナディアは、その男性を見た。

 「ラファエル?どうしてあなたがここに?」ナディアは驚いた。彼こそナディアのフィアンセのラファエルだった。

 「どうしてって?君と一緒だったじゃないか!アンナ、君は僕のヨットでの船上パーティーで酔って海に落ちたんだよ。急いで引き上げたが君は意識を失っていて、病院に運び込まれた。息をしていなくてもう本当にだめかと…でもよかったよ」

 ラファエルはそう言って、彼女の両手をしっかりと握りしめた。

 

 ナディアは、まだよくわかってなかった。わたしのことをアンナってよんだ?どうして?ラファエルにはわたしがわからないの?いくらわたしが太ったからって、そんなこと間違える?それにアンナって誰?ヨットでパーティーって?

 次々に浮かぶ疑問にナディアは何も言えなかった。



 「アンナまだショックから抜け出せないんだろう?いいんだよ。アンナ僕は君とはこれからまだ長い付き合いをするつもりなんだ…僕は君のように美しい人は初めてだよ。そのとびぬけたプロポーションといい、その美しい顔立ちといい…まったく僕のフィアンセとは大違いだよ…」

 「フィアンセって?」それってわたしのことよね?ナディアは思わず小さな声で聞いた。


 「実は…オリンド王国とノーランド王国との間に結婚の約束があるんだ。君も知っての通り僕はオリンド王国のプリンスだ。ノーランド王国のプリンセス、ナディアと婚約しているんだ。でも彼女ときたら、この1年ですごく太ったんだ。それまではナディアは美しいプリンセスだった。4年前に出会って僕たちはお互いに惹かれ合っているとわかって、僕はいずれどこかの王国のプリンセスと結婚するはずだったから、それならナディアと結婚しようと思ったんだ。でも裏切られたよ。彼女ときたら…まるで豚だよ!僕の妻があんなに太ってるなんて信じれないんだ。だから僕は結婚して妻とだけの関係なんて我慢できないと思ってるんだ。僕は君のような人と情熱を分かち合いたいんだ…わかってくれるだろうアンナ?」


 ナディアの心は傷ついた。確かにわたしは太ったわ。1年で15キロも…でもそれはラファエルのゴシップ記事のせいよ!ラファエルは度々ゴシップ誌で騒がれていた。

 ”オリンドのプリンス。また新しいお相手…”なんて次々に美しいモデルと一緒だったり、売り出し中の女優とレストランで食事してたり、わたしがどんなに気をやきもきしているか…ラファエルにわかるはずがないわ!

 その度にストレスで、衝動的にケーキやピザ、アイスクリームにあらゆるデザートを平らげることになるんだから…

 そしてあっという間に15キロも太ってしまった。


 1年前のオリンド王国の舞踏会では、あんなに美しいシルエットのドレスが入っていたのに…半年前のわたしのバースデーパーティーでは、わたしはまるで豚みたいに…パパが用意してくれたピンクのドレスはお腹がパンパンではち切れそうになって、ラファエルなんてわたしの足首がまるで像の足みたいだって…

 一緒にダンスするときもすごく嫌な顔をしてたわ。おまけにいつもは優しいキスをしてくれるのに、あの日は手の甲に紳士的な挨拶のキスしかしてくれなかった。それでもわたしたちは愛し合っているとばかり思っていたのに…


 「そんなこと思ってたの?」ナディアはいきなり起き上がった。

 「アンナ、まだ寝てなきゃだめだよ。僕がそばについてるから安心してお休み」ラファエルは優しくアンナを抱きしめた。

 「あなたに寝顔を見られると思うと休めないから、しばらく一人にして欲しいの…」ナディアは煮えたぎる思いをこらえて、なんとか言葉をはきだした。

 「君は可愛いね。じゃあ後でまた…」

 ラファエルはアンナの唇にキスをすると病室を出て行った。



 ナディアは混乱していた。アンナって?でもラファエルはわたしをそう呼んだわ。どうなってるの?


 そこに天使が現れた。

 「ナディア。君は間違って別の女性の体に入ってしまったんだよ」プリンが言った。

 「えっ?この体はわたしの体じゃないって事?」

 「そうよ。この体はアンナ・ブラッドっていう女性の体なのよ。彼女はさっき海で溺れて亡くなったの。魂は今、天に召されているところよ。あなたも事故で死んだのよ。覚えてるでしょう?わたしたちがあなたを天国に連れて行く途中だったわ。なのにポリンのせいで…さあ、わたしたちと行きましょう。そこから出るのよ」プリンが説明した。


 「やっぱりわたしって死んだの?嫌よ。わたしはまだ死にたくないわ。それにわたしを落としたのはあなた達の責任よ。何とかしてくれるまでここから出るつもりはないわ」


 そんなことより…ラファエルはこのアンナっていう女性と浮気するつもりなの?それも結婚してからも、関係を続けたいですって!

 ナディアは女心はぶっちぎれた。許せない!絶対に許せない!

 こうなったら、結婚式までに痩せて、元のような美しいプロポーションを取り戻すわ。そしてラファエルを見返してやる。


 そしてナディアは気づいた。そうよ。アンナはもう死んだんだもの。わたしがこの体から抜け出せば彼女はもうただの屍だわ。いい気味よラファエル…


 二人の天使は困った。

  ”困ったわポリンどうする?”

 ”ああ…プリンこれが神様に知れたら僕たちは天から追放されるかもしれない”

 ”嫌よ!堕天使なんて…地獄でルシファーのお手伝いなんて!死んでも嫌!ポリン何とかしなきゃ”

 ”ねえプリン。ナディアは死ななかったことにしないか?彼女が元の体に戻れば、僕たちは彼女が生き返ったから連れて来られなかったって神様に言えばいいんだ”

 ”そんなにうまくいくかしらポリン?”

 ”いくよ。いつかほら、あの魂も僕たちが駆け付ける前に息を吹き返して生き返ったことがあっただろう?神様にあの時と同じことが起きたって言えばいいいのさ”

 ”そうねポリン頭いいわね。じゃ早速ナディアの体に戻ってもらいましょうよ”

 ”ああ、そうしよう”



 「じゃあ、ナディア取引成立だ。君を生き返らせる。そのかわりこの事は君の記憶から消し去る。それでいいね?」

 「ちょっと待って、じゃあ今聞いたことは何も覚えてないって事?」

 「ああ、こんなこと覚えてもらっては困るからね」

 「ねえ…わたし誰にも言わないわ。だからお願い。記憶を消さないで欲しいの」

 「それは無理だね!」

 「じゃあ、電話を一本かけさせて、いいでしょうそれくらい…それもだめだって言うなら、天国に行って神様に言いつけるわよ!」

 「もう…わかったよ」ポリンは仕方なく許した。


 ナディアは、アンナのバッグから携帯電話を出すと自分の携帯電話に電話をかけた。

 「ナディア、声をよく聞いて。わたしはナディア本人よ。あなたは気が付いたら何も覚えていないけど、この留守電を聞いたら必ずそれを実行すること。ラファエルはあなたが太ったことをすごく嫌っているわ。そして結婚した後も他の女性と浮気するつもりよ。だから何としても結婚式までに痩せて彼に浮気させないように約束させるのよ。ママに誓って嘘じゃないわ。絶対に信じて。じゃあねナディア頑張って!」そう留守電に録音をした。



 「さあ、いいわ。わたしをもとの体に戻してちょうだい」

 「ああ。さあリラックスしてゆっくり息を吐いて…」ポリンはすぅーと何かを引っ張った。

 ナディアの魂がアンナの体から出た。

 ナディアはまたふたりの天使に腕を抱えられてふわりと浮き上がった。

 眼下には女性が横たわっていた。美しい女性だった。ブロンドで素晴らしいプロポーションだった。

 ”アンナ、これもあなたの運命なの。許してね”ナディアは一瞬、若く美しいアンナが哀れに思えた。



 このいきさつを見ていた堕天使がいた。カープ彼は愛と憎しみの堕天使だ。ふたりをあらそわせようとナディアに不思議な力を与えた。


 

 ナディアが次の瞬間耳にとらえたのは、彼女の侍従ラモンの泣き声だった。

 「ナディア様…ああ、こんなことになるなんて…」

 「ナディア様わたしたちは一体どうすればいいんです」次に聞こえたのは侍女のシモーナの声だった。

 ナディアの亡骸は病院の遺体安置所にあった。事故から半日が経っていて、亡くなって2時間ほどが経過していた。

 ラモンはまだ信じれなかった。ノーランド王国のプリンセスであるナディア様が亡くなったなんて、最近具合の悪い国王にどうやって報告すればいいだろう。

 ナディアはノーランド王国のただ一人の後継ぎで、オリンド王国のプリンスラファエルと結婚したら、彼が後継ぎとしてノーランド王国の国王となる予定だった。オリンド王国にはラファエルの上に、ガブリエルとミカエルというプリンスがいるので、国王のカールはナディアとラファエルの結婚をすごく喜んでいた。入り婿に来てくれるプリンスなんてそうそういないからなと…



 「ラモン、シモーナ…」

 「死体が…死体がしゃべった」ラモンは真っ蒼になって腰を抜かしそうになった。

 「ナディア様…あああ…おかわいそうに…きっと魂がまだこの世にあるのよラモン」シモーナがつぶやいた。


 「何言ってるの!ふたりともわたしは生きてるわ」ナディアははっきりとしゃべった。

 「ナディア様…ああ…まさか本当に?」ラモンはナディアの顔を見つめた。

 ナディアは目をしっかり開けて、ゆっくり息をした。

 胸が苦しかった。

 「うう…痛いわ」ナディアは苦しそうに言った。

 「シモーナなにしてるんだ。すぐに医師を呼んでくれ…」

 「はい!」シモーナは急いで看護師を呼びに行った。

 ラモンは死体安置所からナディアのストレッチャーを出した。

 縁起でもないナディア様をこんな所に一秒だって置いてはおけない。


 医師と看護師が駆け付けると、すぐに処置室に運ばれて、傷の手当を受けた。

 「先生。ナディア様は?容体は?」ラモンが聞いた。

 「奇跡としか言いようがありません。死因はショック死でしたが、頭にも異常はないようですし、胸の傷も大したことはありません。じきに退院できますよ」

 「そうですか。ありがとうございます」ラモンは大喜びで、やっと国王にナディア様がけがをしたことを報告した。

 

 「それでナディアの容体は?」国王は心臓が止まりそうになった。

 「はい、一時は危険な状態かと思われましたが、ナディア様は軽いお怪我でじきに退院できるそうです。ですから国王陛下ご心配には及びません」

 「では、1か月後の結婚式は大丈夫なんだな?」

 「はい、もちろんでございます」

 「それはよかった。退院したらノーランドに帰国させよう。ラモン頼んだぞ」国王は早くに妻を亡くして今ではナディアだけが心の頼りだった。

 「はい、そのように手配します。国王陛下では失礼します」ラモンは電話をしながら深々とお辞儀をした。

 そしてシモーナに着替えを取りに帰るように指示をした。

 病院の外では事故を聞きつけてパパラッチどもが、ナディアの容体がどうかサメのようにうようよと嗅ぎまわっていた。

 シモーナは裏口から気づかれないように病院を出た。

 国王はやっと落ち着くとオリンド王国の国王フィリップ国王に連絡をした。




 ナディアは少し落ち着くと、やっと事故の事を思い出した。車はブレーキにロックがかかりハンドルがきかないまま、大きな木にぶつかった。そうだ!わたしのバッグは?

 「ラモンわたしのバッグはどこ?それに鏡も取ってちょうだい!」

 「はい、それがお荷物は事故でわからなくなっていまして、もし見つかれば警察が届けてくれるはずですが…」

 「そう…じゃあ携帯電話もだめになったわね」ナディアはこの時自分が留守電を入れたことなどもうなにも覚えていなかった。


 「お顔が少し腫れていますが、すぐによくなりますよ」ラモンはそう言いながら手鏡を渡した。

 「嫌だ…どうしましょう。顔がこんなに…」ナディアは声を上げた。

 「大丈夫ですよ、ナディア様すぐに良くなります。それにしても奇跡ですよ。あんなひどい事故でこのくらいの怪我で済むなんて…」ラモンは目頭を押さえた。

 「ごめんなさいラモン。心配かけて、まさかそんなスピードを出してたなんて思わなくて…」


 その時ラモンの電話が鳴って、ラファエルがこちらに向かっていると連絡があった。

 「ナディア様ラファエル様がこちらに向かっておられます。お見舞いに来られるそうです」

 「まあ、ラファエルが…ああ…でもどうしましょう。こんな顔でわたしとても会えないわ…」

 「とんでもありません。ご無事なだけで皆様がどんなにお喜びか…ラファエル様はそんな人ではありません。ナディア様もご存知でしょう?」

 「ええ、そうね。彼は心の広い方ですものね」


 確かに彼はナディアにやさしかった。4年前初めて会った時ナディアは一瞬で恋に落ちた。彼もまた同じように自分を愛してくれていると信じていた。ナディアはハーバード大学に留学したばかりで4年後に結婚する約束をしたのだった。それからは年に3~4回くらいしか会えなかったがナディアは充分に幸せだった。だがゴシップ誌の彼はそんな風には見えなくて…でもどうしても彼に聞くことは出来なかった。




 「ああ…ナディア無事でよかった」ラファエルは病室に入るなりそう言った。

 「ラファエル…来てくれたのね。わたし…」ナディアは、シルクのナイティを着ていた。顔を赤くして急いで上掛を首まで引き上げた。

 「聞いたよ事故の事。駄目じゃないか、もう少しで命を落とすところだったんだぞ!」ラファエルは彼女の手をそっと取った。


 その瞬間、彼女の頭に彼の声が聞こえた。

”まったく!何やってんだ。僕は忙しいんだ…アンナはいきなり息を引き取るし、結婚までに後1か月、ナディア君はもう昔のように美しい君ではなくなった。何とかして 僕の好みの女性を見つけておきたいのに…アンナはぴったりだったのにまさか死ぬなんて…”


 ナディアは混乱した。彼は怒ってる。それにアンナって誰?それでも気持ちを押さえて誤った。

 「ごめんなさいラファエル怒ってるのね」

 「何言ってるんだ、君が無事で良かったよ。怒るはずないだろう…」

 ”ああ、そうさ。僕は怒ってる。君と婚約なんかするんじゃなかった。君は太ってしまって、僕は太った女は嫌いなんだ!”


 「噓!それに事故の事を怒ってるんじゃなくて太ったことを怒ってるの?」ナディアは彼の顔をじっと見た。


 なんだ?どうして僕の考えてることが分かる?

 「まさか。そんなはずないだろう?君は少しふくよかになったのは認めるが…ハハハ」

 「それにアンナって誰?わたしそんな名前の人知らないわ」

 「ナディア本当に大丈夫か?いいから休んでラモンを探してくる」ラファエルは気が動転した。どうしてアンナの事が心が?心が読めるわけじゃあるまいし、頭を打ったと聞いたがどこかに問題があるのか?



 ラファエルは彼女の手を離すとラモンを探しに行った。だが、検査ではどこも異常がなかったらしいとラモンが話してくれた。そしてラファエルから記者会見をして欲しいと頼まれた。


 ラファエルは病院の外で簡単にナディアの事故の怪我について会見をした。

 「ところでプリンス・ラファエル、ナディア様とのご結婚は予定通りですか?」

 「ああ、今のところ医師からもじきに退院できると聞いているから、1か月後の式は予定通りだと思うよ。じゃあこの辺りで終わりにしてくれ!」ラファエルは慣れたように記者たちに引き取るように命じた。

 そしてため息をついた。彼女の顔は腫れているのは事故のせいだろう。だが体は相変わらずぶくぶくじゃないか…あの体を抱くと思うとぞっとする…だが、僕は一国のプリンスだ。約束を破ることは出来るはずがない。


 病室に入る前ラモンとすれ違った。

 「ラモン君は帰って休んでくれ、今晩は僕が付き添うから、でも明日からは仕事があるから悪いが結婚式まで忙しいんだ。ナディアの事を頼むよ」彼はどこまでもプリンスとしての体面を保とうとした。

 「はい、ラファエル様ありがとうございます。ナディア様も喜ばれます。プリンセスはいつもあなたの事を想っておられますから、後の事はお任せください。ナディア様が退院されたらノーランド国に帰るように言われていますので、では失礼します」ラモンは嬉しそうに病院を後にした。




 その頃ナディアの心は怒りで嵐が吹き荒れていた。ラファエルはわたしのことが嫌いになったんだわ。太った女は嫌いってはっきり言ったもの。あれが嘘だったとは思わないわ。それに何とかして好みの女を見つけたいですって?

 ナディアの女心に火がついた。

 こうなったら結婚式までに瘦せて彼をあっと言わせて見せるから、今に見ていなさい!



 ラファエルは病室に戻ってくると、もう一度ナディアのベッドの横の椅子に座った。今度は手を取ったりしなかった。

 「ナディア今はゆっくり休んで、心配ない結婚式までにはすっかり良くなってるから」出来ればもう少し入院が長引いて結婚式が延期になればいいんだが…


 彼ってそんな事を想ってるの?

 ナディアはこれは何かの間違いだと、彼の本心を知ろうと目を閉じてみた。

 「さあ、もう休んで僕がそばにいるから」彼はきちんと椅子に座りなおす。

 ああ、なんて面倒なんだ。

 そんな風に思っていても、幼ないときから培われた礼儀正しさを失うことはなかった。


 ナディアは悲しくなった。結婚式は延期したい?わたしのこと面倒ですって?

 「ラファエルもう帰ってもいいのよ。どうせ面倒なんでしょう?わかってるわ。あなたの思ってることは…」

 「面倒だなんて…思うはずないだろう?僕たちは結婚するんだから…」ラファエルはため息をついた。まったくどうなってる?


 気まずいまま時間が過ぎた。

 ナディアは、ベッドの上掛を顔までかぶり彼を意識していたが、薬のせいかいつの間にか眠ってしまった。

 その夜とうとうラファエルはベッドのソアの椅子で一夜を明かした。ナディアの言ったことが頭を離れなかった。彼女がどうして自分の心が分かるのか彼は恐くもあり不思議でもあった。

 


 翌朝ラファエルはラモンが来るとナディアに挨拶をした時またナディアの頭に声が聞こえた。

 どうして僕の心がわかるんだ?太っておまけに気味が悪い。彼女を嫌いなわけではないが…でもどうすることも出来ないだろう。約束は破ることは出来ないんだ。諦めろ!とにかく結婚はしなければならない。後は生き抜きするための女を見つけよう。もうそれしかない!


 「じゃあナディア、僕はニューヨークで仕事がある。残念だが結婚式に会えるのを楽しみにしてるよ」そしてそっとナディアの頬にキスをした。

 「ええ、来てくれてありがとうラファエル。結婚式に会いましょう」

 ナディアんは差しだした頬が怒りと悲しさで震えた。

 見てらっしゃい。絶対に痩せて見せるから、そして彼をあっと言わせて見せるから!



 ナディアは、早速ラモンに命じてダイエットをするための専門家を呼んだ。

 そして厳しい制限カロリーと運動は怪我が治るまでは有酸素運動をメインに行った。

 そして彼女は、なぜか相手の考えていることがわかることに気づいた。ダイエットの専門家は2週間で15キロ…無理無理と思っている。

 まあ、見てなさい!絶対に痩せて見せるから…

 「いいから、どうすればいいのか教えてちょうだい!」ナディアは病院の食事は一切取らずダイエット食品だけを取った。

 お見舞いにもらったベルギー産のほっぺが落ちそうなチョコレートも、差し入れにとシモーナが持ってきてくれたおいしそうなドーナツも、どんなに欲しくてもぐっと我慢した。

 そしてあり余った時間を有酸素運動に費やした。


 どうやら彼女は息を吹き返すとき不思議な能力を一緒に持ってしまったらしい。



 ナディアはラモンに命じて、ラファエルの居場所を突き止めるためGPS追跡装置のアプリでラファエルの居場所を特定し始めた。

 そして彼がどこにいるか頼んで調べさせた。1週間ほどするとナディアはもう我慢できなくなった。何しろラファエルときたら、仕事が終わると取引先のパーティー、毎日のようにモデルやパーティーで知り合ったの女性とレストランでの食事を楽しんでいるのだろう。いつも仕事が終わるとあちこちのホテルやレストランにいた。

 ラモンやシモーナが心配しているのもよくわかっていたが、彼女を止めることは出来なかった。

 そしてノーランドには帰らないからと言い張った。



 「ラファエル…」ある夜とうとうナディアはたまらず彼に電話をかけた。彼はきっと今日もどこかのパーティーにお出かけのようだ。会社を出てホテルに向かっているみたい。

 「やあ、ナディア?番号が違うから誰かと思ったよ」何の用だ?てっきり他の女性かと思ったのに。

 彼の考えが受話器から聞こえた。待って今のはなに?

 「誰か待ってたの?」

 「とんでもないよ」驚いた。まるで考えてることが分かるみたいだ。

 まあ、さっきのはラファエルの頭の中の声なんだわ。

 「ええ、新しい携帯電話にしたから、あなたに番号を伝えようと思って」

 「ああ、そうか。前のは壊れたんだね。それで調子はどう?」何だよ。僕は忙しいんだ。

 「ええ、ありがとう。おかげで順調よ。ただお腹がすくだけで…」もう余計なことを…

 「お腹がすくって?」何やってるんだ!まったく…どうせならもっと他の病気で倒れるとか…

 「心配しないで、それより仕事はどう?」心配するはずないわ。わたしが重病にでもなればいいと思ってるのね。

 「ああ、一件厄介な案件があってね」まあナディアにはどうせ言ってもわからないだろうが、あのフランクはラモンを知り合いだったはずだが…早く仕事を終えてリンダとの食事に行きたい。


 もう!ラファエルったら…また女性と一緒なの。いい加減にしてよ!思わずそう言いそうになったが、ぐっとこらえた。

 「ねえ、ラモンに変わりましょうか?」

 「えっ?ああ、そうしてくれるか」

 「お電話変わりました。ラファエル様なんでしょうか?」

 「実はフランクの事なんだが、彼と知り合いだったよね?出来たら彼に株の話を聞いてほしいと口添えして欲しいんだ」

 「任せてください。すぐにフランクと話をしてみます」ラモンは頼られてすっかり気をよくした。

 「ああ、ありがとうラモン」

 「はい、承知しました。今ナディア様と変わります」

 「ラファエル、それで仕事はうまくいきそうなのかしら?」

 「ああ、ラモンがいて助かったよ。ナディアありがとう」助かったよ。

 「今日もこれからまだ仕事なんでしょう。ラファエルお疲れ様。しっかり食べなきゃだめよ。じゃあおやすみなさい」

 「ああ、君もゆっくり休んで、おやすみナディア」ラファエルは気が変わった。なんだかあんな風に言われると気が引けた。リンダとの食事はなしだ。

 彼は真っ直ぐ自宅のペントハウスに帰って行った。



 翌日もナディアは彼に電話をかけてみた。今日は5番街のデパートにいるみたいね。

 「ラファエル?今話できる?」

 「ああ、ちょっと待ってくれ」また厄介な時に…秘書のバーンズを叱り過ぎた。つい女性との約束と仕事の会食が重なっていらついたせいだ。何とかしてバーンズの機嫌を取らないと、全くどうすればいい?ラファエルはちょうど買い物に来ていた。バーンズに気の利いたものでもプレゼントしようと思っていたのだ。

 「ねえ、何か困ってる?」

 「ああ、ちょっと秘書にお詫びをしようと思って、約束の手違いがあってそれを責めたらすっかりご機嫌が悪くなってね」

 「秘書の女性はいくつくらい?着ている服装は?」ナディアは彼からいろいろ聞いた。

 「そうね。それなら高級ホテルのディナーチケットでもプレゼントしたらどうかしら?もちろんふたり分よ」

 「それはいいな。ありがとうナディア。助かったよ」香水を手に取っていたラファエルはその場を立ち去った。

 翌日ナディアの言った通りバーンズにディナーチケットをプレゼントした。彼女は大喜びで一日中機嫌がよかった。

 



 その週末彼は自宅に帰っていた。まあ珍しい。彼が家にいるなんて…もしかして彼女を呼ぶつもりなの?

 「ハーイ、ラファエル。ご機嫌いかが?」緊張して強張った声が出た。

 「ナディアか?ああ、今日はちょっと体調が悪いんだ」昨夜飲み過ぎたか?

 「どうしたの?」

 「朝から胃が痛くて、薬は飲んでみたけどちっとも効かないんだ」食欲はないし、喉も少し痛い。それに寒気がする。

 「まあ、大変。何か食べた?」風邪かしら?

 「嫌、何も。食べると余計に痛くなるんだ」クッソ!頭も痛い…

 「ラファエル体温計はある?熱を測ってみて」

 「ああ…38度少し」

 「まあ大変じゃない。アスピリンはある?あったらそれを飲んで、ジンジャーティとかは?ほら前にわたしがあげたじゃない。まだあるといいんだけど…」

 「ああ、確かキッチンの棚の奥にあったはず」あれは確か…

 「ねえ、ラファエル誰か看病してくれる人はいないの?」

 「ナディア勘弁してくれよ。そんな人いるわけないだろう?」ああ。僕もそんな人がいたらすぐに来てもらうよ。頭が痛いのに困らせるな!

 ナディアは電話口で微笑んだ。

 「ねえ、ラファエル。チキンヌードルスープとかある?」

 「ああ、確かそんなのがあった気が…」通いの家政婦は、いつも冷凍庫に作り置きを入れてたはずだが…悪いことに今日は週末で家政婦は月曜日まで来ないし…


 ラファエルは携帯電話を片手に冷凍庫の中をかき回した。

 「よくわからないけど、チキンやスープを冷凍したのがあった」こんなものを食べろと?

 「電子レンジはもちろん使えるんでしょう?」

 「当たり前だろう?」それくらいできる!

 「じゃあ、それを温めて飲んで、食べて薬を飲むの」

 「ああ、そうするよ。ありがとうナディア。じゃあ」電話はいきなり切れた。



 ナディアは心配で居ても立ってもいられなくなった。もういつ退院してもいいはずだ。ダイエットは今のところうまくいってあともう少しで目標達成までに来ていた。

 「ラモン退院するわ。それからニューヨークまでの飛行機のチケットを取ってちょうだい」

 「ナディア様でもまだ退院の許可が出ていませんが」

 「わたしはノーランド王国のプリンセスよ。早く医師に退院すると伝えてちょうだい!」

 「はいすぐに」ラモンのイライラが伝わってくるが仕方がない。医師と話をすると許可はすぐに下りたが夜も遅いので明日にして欲しいと言われた。仕方なくナディアは言うことを聞いた。そして翌朝ナディアはニューヨークに向かった。

 


 しかし彼のペントハウスに着くと彼はいなかった。ナディアはビルの管理人に聞いた。

 「わたしラファエル・アレキサンダーの婚約者なんですけど、彼どこに行ったか知りません?」

 「お嬢さん、そんなうまいことを言っても無駄ですよ。そうやって今までに何人もの女性が彼のところに押しかけてきましたからね」またか。いつものあれだ…どうせ昨晩一緒にでもいたんだろう?彼が本気で相手にするわけないだろう?帰った。帰った。

 「まあ、失礼ね。わたしは本物の婚約者よ。もういいわ!」ナディアは携帯電話で彼の行方を追った。

 最初は電波が悪くなかなかラファエルが見つからなかった。だが急に彼の居場所が指し示されるとナディアは急いだ。


 

 途中で5番街のショップのウインドウで自分の姿を見てハッとした。

 もしラファエルはわたしが付け回していると知ったら…気づかれないように変装しなければ…

 

 もうそんな事しなくてもいいのに…カープは悔しがった。クッソ!彼はもっとふたりがもめるところが見たかったのだ。


 ナディアは店でブロンドのウィッグとブルーのカラーコンタクトを買った。彼女は黒髪でエメラルドグリーンの瞳だった。身長は170センチ体重は今ではきっと50キロくらいだろう。スレンダーな彼女はブルーのミニのドレスに着替えると高いハイヒールも買った。サングラスといつもは付けない派手なイヤリングまでも…


 結局ラファエルは、今夜もカクテルパーティーに来ていた。

 入り口で招待状がいると言われて困っていると、不思議なことに数分後には入れてもらえた。

 ナディアは喜んでパーティー会場に入った。

 そんな彼女をカープはほくそ笑んで見ていた。カープは人間に成りすましていた。なかなかもめないふたりにやきもきしていて、手を差し伸べたのだ。



 そんなことなど知らないナディアは、ラファエルを探した。彼は黒髪の美人と話をしていた。ふたりは笑ったり体を寄せ合い、ラファエルがかがんで彼女の耳元に何かささやいた。

 ナディアはふたりにそっと近づくとその彼女の体に軽く触れた。

 ”もう彼ったらすてき。でも知ってるのよ彼がオリンド王国のプリンスだって事は、今晩ホットな一夜を過ごしたらそれをネタにするわ。そして極めつけは妊娠したって彼に言うの。驚くわよきっと…”


 まあ何てこと。なんとかしなくちゃ…

 ナディアはラファエルを助けようと彼女を止めようとしている。


 なんてこった!カープは驚いた。俺がせっかくもっともめるようにしてやったのに…


 彼女がお手洗いに行くとナディアもその後を追った。そして彼女にはっきりと言った。

 「あなたの考えてることなんかお見通しよ。すぐにここから出て行きなさい!」

 「まあ、失礼な人ね。あなた誰?」

 「彼がプリンスだとでも?あの男はラファエルのそっくりさんなのよ。今までに何人も騙されてるの。気を付けたほうがいいわよ」ナディアはそう言った。彼女はすぐに立ち去った。

 同じように声をかける女性にすべてそう言って追い払った。


 ああいい気分だわ。今夜の彼は収穫なしってところね。ナディアは気分よくシャンパンを飲み干した。ちょうどそこにラファエルが声をかけて来た。

 「ねえ、君。おかわりはどう?」彼は片手にシャンパンを持っている。

 「残念。もう帰るところなの」ナディアはばれるかとひやひやした。だが彼は全く気付かなかった。

 「いいじゃないか…」ラファエルが寄りかかって来た。そして彼女に体を預けて来ると、ナディアはすぐに気づいた。彼は熱があった。

 もうこんな体でパーティーに来てお酒まで飲むなんて!


 ナディアはすぐにウエイターを呼んで彼を下まで連れて行った。そしてタクシーで彼のペントハウスに急いだ。

 「家まで送るわ」

 「僕は酔ってなんかない!」ただ…じっとしていると…それになんだかおかしいんだ。

 そりゃそうよ。あなたは熱があるのよ。気分が悪くて当たり前よ!


 タクシーの中でラファエルはナディアにキスしてきた。情熱的で体が熱く燃え上がるキスを…彼女は何も考えられなくなった。

 「一緒に僕の部屋に行こう」そうささやかれナディアの体はあっという間に燃え上がった。


 いいぞ!これで彼女がナディアだと分かれば大騒ぎだ。カープはふたりをエレベーターの天井から見つめた。


 エレベーターに乗ってる間も彼のキスは収まるどころかますます激しくなり下腹部は一気に熱くなり始めた。

 「君の名前は…」

 「ナタリーよ」ナディアはとっさに嘘をついた。どうやらラファエルにはわたしが分からないみたい。悲しい気持ちとは裏腹に体はますます燃え上がる。

 「ナタリー…お願いだ、キスを返してくれないか」君が欲しいんだ。ああ…素晴らしい。君はすごく美しいよ。

 彼が求めている。このわたしを…

 ナディアの耳には、もう何も聞こえてはこなかった。


 抱き合いキスをしながら転がり込むように彼のペントハウスに入った。一度来たことがあったが今は何も見えなかった。

 目の前のラファエルしか見えない。彼の金色に欲望に輝いたその瞳しか見えなかった。

 彼はすぐにドレスを脱がせ始めた。甘い香りが鼻腔をくすぐり、下腹部は今にもはち切れそうになる。


 「ナタリー君はすごく綺麗だ。ああ…わかるだろう。僕がどんなに君を欲しいと思ってるか」耳たぶから首すじに唇を這わせながらささやく。

 彼の手がそっと彼女の胸を包み込んで、指先で愛撫する。

 「ああ…お願いラファエル…」彼女の手が彼の上着を脱がせるとシャツのボタンをはずす。そしてその隙間から地肌に触れてくる。

 ラファエルは正気を失いそうだった。こんなに興奮したのは、いつの事だったか思い出せなかった。


 彼女のドレスを床に落とすと、ラファエルは熱くなった部分を彼女のお腹に押し付けた。

 「ああ…来てラファエル。わたしの中に…早く」あああ…わたしはこの瞬間ラファエルをどんなに愛しているか気づいてしまった。

 もう引き返せない。彼に抱かれるならもうどうなってもいい…


 ラファエルは、もう息も付けないほど興奮した。

 理性は吹き飛んだ。急いで彼女をリビングのソファーに横たえるとラファエルは熱いキスをした。

 

 ナディアは初めてでどうしていいかわからなかった。でもとにかく彼を受け入れたい衝動が止まらない…

 「お願い。やめないで…」もはや懇願に近かった。


 ラファエルの自制心は花火のように飛び散った。

 そして初めて味わう恍惚の荒波にあっという間にさらわれた。



 彼がナディアの上で、激しく体を震わせた。そしてしばらく固まっていたかと思うと、彼女にキスをしてソファーから転がり落ちた。

 笑いながらまた彼女にキスをすると、ラファエルは彼女を抱き寄せて一緒にソファーに座り込んだ。

 一体どうしたんだ。こんな事初めてだ。


 ナディアは素性がばれはしないかと急に心配になって体を硬くした。

 「大丈夫?」ラファエルはそんな彼女のおでこにキスをした。なんて可愛いんだ。

 「ええ、何でもないわ」ナディアは俯いた。ラファエルはわたしとは気づいていない…

 「そんなはずない。君は…バージンだった。そうなんだろう?どうしてこんなこと?」

 「いいじゃない。わたしの勝手よ」伸ばしてきた彼の手にさわる。何も感じなかった。ラファエルの声も聞こえてこない。どうして?いつもなら彼の考えていることが手に取るようにわかるのに…?

 もう…ばかみたい。早くここから立ち去るのよ…一刻も早く!

 ナディアは立ちあがろうとした。ラファエルが彼女の手をつかんで離さない。


 「そんなわけにはいかないよ。僕は結婚するよ。つまり責任を取るって事だ」

 「どうして?どうしてそんな事いうの?そんなに嫌なの?」ナディアは裸なのも忘れて立ちあがった。美しいシルクのような肌が月明かりに照らせれて輝いた。

 「何が嫌なんだ?君は美しい。見てごらんその体を…ミルク色の肌。滑らかで透き通るような美しさ。まるでアフロディーテのようだ。君のような女性を妻に出来るなんて光栄だよ」ラファエルはその体を称賛した。


 「わたし知ってるのよ。あたなが婚約してるって事」我慢できずにナディアは言った。

 「いいんだ。彼女との結婚はやめる。考えてたんだ。こんな気持ちで彼女を幸せに出来るかと…」

 「やめて!わたしはあなたの都合のいいようになんかならないわ」ナディアは腹立たしさで、頭につけていたブロンドのウィッグを放り投げ、カラーコンタクトを目から取り外し、彼の真正面に立った。


 「ナディア?まさか…そんなはずは…本当にナディアなのか?どうしてそんなに痩せたんだ?」彼の声がひび割れた。



 彼女はドレスを急いで着ると振り返った。

 「ええ、そのまさかのようよ。おあいにく様ラファエル。あなたが断らなくてもわたしが断ったげる。婚約は解消よ。二度とわたしに近づかないで!」ナディアの声は震えていた。涙なんか見せたくはなかった。唇を嚙みしめぐっとこらえる。

 どんなに愛していても、ラファエルはわたしを愛してなんかいないのよ。どうせうまくいかないわ。こんな結婚なんかなくなればいいのよ!


 「でも一体どうやってそんなに痩せたんだ?君の体は大丈夫なのか?あんな大きなけがをしたばかりで…」ラファエルが近づいて彼女を見つめた。

 「やめて!太ったわたしは嫌いって言ったじゃない。それなのに瘦せたら心配するなんて…あなたなんか大っ嫌い!」彼の温もりが伝わってくると、思わずその腕にしがみつきたくなる。そんなことをしないようにナディアはこぶしを握り締めた。


 「ああ、僕もそう思っていた。でも最近なんだか君の夢を見るんだ。君はいつも僕の心配をして優しく寄り添ってくれる。君は温かい春風のように僕の心を包み込んで…だから僕はどうしていいかわからなくなっていた」

 「そんなの…そんなのずるい」

 「ああ、そうだよな。でもナディアどうして僕がこんな風に君を抱いたと思う?君の中にナディアを感じたんだ。そしたらもう何が何だかわからなくなった。こんなに感じたことは今までにないんだ。嘘じゃない。本当だ。だからあんな事を口走った。結婚しようなんて…そこまで思わせたのは君だったからだ」

 「そんなの意味が分からないわ…」そう言ってナディアは笑った。


 「君に気づかないなんて、どうかしてたよ。でもはっきりわかったことがある。僕はナディア君を愛してる。君も僕を愛している。そうでなければこんなことしないはずだ。そうだろうナディア?」

 「一つ聞いてもいい?わたしと結婚しても浮気するんでしょう?」だって代わりの女性を探すって言ってたもの…

 「いやそんなことしない。絶対に約束する。もう君以外の女性となんか…一生こんな美しい人以外抱く気にはならないよ」ラファエルは彼女にキスをした。

 「本当に?それは本心なの?」

 「もちろん神に誓って!」

 「じゃあ、太るのは禁止って事ね」

 「ああ、出来ればそう願う。でもうちの母も僕たちを産んで太ったけど、父は前より母を愛してるよ」

 「そうなの?でも、いいわ。もし太ったら脂肪吸引でも胃の切除だってしちゃう。だってラファエルわたしあなたに愛されたいもの…だからずっとわたしを愛して」

 「ああ、心から愛してるよ。ナディア。ずっとこれから一生君と愛を分かち合いたい。心から誓うよ」

 「わたしもラファエルあなたを愛してるわ。永遠に心から愛してる」

 

 

 

 

 結婚式の当日の朝、父と一緒にナディアは緊張しながらオリンド王国の宮殿に入った。結婚式はオリンド王国のブリューリーク宮殿で行われる。

 宮殿の入り口では近衛兵が立っている。広い庭を通り過ぎると建物が見えて来た。白い大理石。塔がいくつもありアーチ型の入り口がいくつもある。


 迎えの人に出迎えられ彼女は車をおりた。大きな入り口を入るとエントランスホールが広がっている。円柱の柱にはいくつものレリーフ模様が描かれ金の飾りがついている。

 大理石の中央の階段を上がるとその上にはミネルヴァの石像が据えてある。廊下にはいくつもの絵画が飾られていた。

 ここで父とは別れた。

 彼女の通された部屋は高い天井からクリスタルのシャンデリアが輝く落ち着いた雰囲気の部屋だった。アンティークの調度品、歴史ある家具が所狭しと並んでいる。隣には広い寝室と大きなバスルームがあった。

 結婚式は宮殿内にある教会で式を済ませると玉座の間で披露宴が行われる予定だ。



 ドアをノックする音がしてメイドが入って来た。

 「ナディア様、この度はおめでとうございます。心からご祝福申し上げます。わたくしがあなたさまのお世話をさせていただくエマと申します。何でもわたしに申し付け下さい」エマは50代のふくよかな女性だった。にこやかにほほ笑んで挨拶をするとドアから出て行こうとした。

 「エマ、ラファエル様はどこにいらっしゃるかしら?」あれからお互いに忙しくて会っていなかった。

 「はい、きっと明日の結婚式の事でお忙しくしていらっしゃるかと…でもナディア様が来られるのをそれはもう楽しみにしていらして…」

 「そう…荷物はもう届いているかしら?」ナディアはそう聞いてうれしかった。

 「はい、荷物はこちらのお部屋に片付けてありますからご安心下さい」

 「わかったわ。あの…ウェディングドレスはどこにあるかしら?」

 「はい、クローゼットの一番中央にかけてございます。とてもお綺麗なドレスでわたしたち感激しました。今日の結婚式が楽しみです」

 「ありがとう」

 「さあ、少し休んでください。もうすぐ式の準備に取り掛かりたいと思いますので」

 「式の準備って?」

 「はい、エステティシャンによる美肌マッサージから始まってヘアスタイルからネイルまで全てお任せください」

 「ええ、そうね。そうだろうと思ってたわ」ナディアの胃がひっくり返りそうになる。緊張で朝食も入らなかった。

 それにラファエルはどこ?彼に会いたい…でも結婚式まで顔を合わしてはいけないのよね…

 


 ナディアはクローゼットを見つけると急いでウェディングドレスを手に取った。3日前に一度着て見たドレスだった。

 鏡の前でもう一度自分を見た。結局15キロやせた。4年前と同じ体重に戻った。プロポーションはばっちり上から85、62、90…完璧なサイズだ。

 自信を持ちなさい。彼はわたしを愛してるって言ったじゃない。あの事故から不思議な力で彼の考えが分かっていた。その間は彼の心が分かりある意味で安心できた。だが、バージンを失った途端、その力は消え失せた。


 

 神は怪しい空気に気づかれると、それがカープの仕業と分かりカープは地獄に送り返された。カープはもう彼女のそばに近づくことさえできなかった。

 そしてプリンとポリンに事情を聞いた。ふたりは正直に本当の事を話した。だが、幸せに満ちたナディアを見て彼女の事はこのままにすることにした。



 ナディアはエステティシャンによって、肌を磨き上げられネイルから根やスタイルまで完璧に整えられた。

 美しく結い上げられた髪には、先ほどプリンスから届けられたまばゆいばかりのダイヤモンドのティアラがつけられた。

 ドレスは白いシンプルなウェディングドレスで、袖や背中はクチュールレースになっている。

 ダイヤモンドのネックレスとイヤリングもつけて、頭にはベールか被せられた。

 「まあ…なんて美しい花嫁」口々にため息が漏れた。


 そしてナディアは遂に父とバージンロードを進んだ。緊張で今にも倒れそうだ。

 「パパわたし倒れそうよ」

 「しっかりしろ!ほら前をしっかり見て、ラファエルが待ってるぞ」父に言われて前を見た。

 祭壇の上にはにこやかにほほ笑んだ愛するラファエルが待っていた。ナディアはあまりにハンサムな婿に、これまた倒れそうになった。


 ふたりは祭壇で向かい合わせになり誓いの言葉を述べた。神父に指輪の交換を言われてふたりはプラチナのそろいのリングで愛を誓った。

 そしてラファエルはナディアのベールをそっと持ち上げた。

 「すごくきれいだよナディア…君を生涯愛すると誓うよ」

 「あなたこそすごくセクシーですてきよ。こんな人がわたしの旦那様になるなんて嘘みたいよ。あなたを永遠に愛すると誓うわ」

 ふたりの誓いのキスに、参列者からうっとりしたため息が漏れた。


 教会を出ると、天から祝福の光のシャワーがふたりを包み込んだ。

 今日ラファエルは無事に晴れてノーランド王国の入り婿になった。


 

 

                               -ENDー

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ノーランド王国のプリンセス婿をとる! はなまる @harukuukinako

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