七話 「茶化し」と「距離」と
「飯はまだかよー、香花ぁ」
「うるさいわね、あんたのせいで魚焦がしたようなもんでしょうが。こっちは忙しいのよ」
せっせと動く香花を尻目にプースカと文句を言う四八目。
あの激動のトークショーが閉幕することはしばらくなかった。それに気を取られていた香花は魚をグリルで焼いていたことを忘れていた。その結果からこうして今、黒焦げになった魚をなんとかして救出しようと悪戦苦闘を繰り広げていたのだ。
ナナも何か手伝うことはないかと、香花に尋ねたが「大丈夫よ、大丈夫だから」と、大丈夫の一点張りだった。
急なことで対応が雑になるのも致し方ないが、頼りにされていないこともあって、ナナは肩を落とした。
「まあ、そうがっかりすんなよ。ナナ……とか言ったっけか?」
その様子を見ていた四八目は少しの笑みを浮かべ座った状態で、ナナに擦り寄ってきた。
「あいつが大丈夫だって言うんだ。別に気にする必要もねえだろ。どしッと構えてろよ、どしッと」
「は、はぁ……」
相変わらずの顔に似合わない話し方に違和感を覚えつつ、ナナは相槌をうった。
「昔からああいう奴なんだよ、香花は」
「お二人は長い付き合いなんですか?」
客観的に相性がいいか悪いかと言われれば返答に困る二人だった。どちらも気を遣っているようでもないが、特別仲が良さそうにも見えない。だからと言って、心の底から嫌っているとも見えない。
「んー、まあなぁ、もう数年くらいはあいつと知り合ってから経つな。香花の野郎、仏教面でいつ見ても面白くない顔してるけどよぉ、なんだかんだいって面倒見いいし、悪いやつじゃあないからなぁ、定期的に会いたくなるんだよな」
冗談か正気か分からない話をしていた先程の四八目とは違い、香花との思い出を四八目は淡々と語る。
「俺と香花以外にもな、仲間が他にいるんだけどよ、みんな香花のそういうとこが好きで連むんだと思うぜ。まあ、それしか取り柄がないようなもんだしな! ははははは! ウ……!」
高笑いする四八目めがけておたまが宙を舞った。
「あらあら、手がすべちゃったわ」
おたまの持ち主はもちろん香花だ。香花は地に落ちたおたまを拾い上げ、水道水で軽く洗った。
「うう……いってぇなぁ、この地獄耳が」
そりゃ、あの声量で話してたら……と思ったが、ナナは口にしなかった。
「にしても、香花が赤の他人の面倒をここまでみるのも珍しいな」
「え? そうなんですか?」
「おうよ、まあ最近ここに迷い込む新人も見てなかったし、俺の思い違いかもしんねぇがな」
八方美人と言えば少々オーバーな表現になってしまうだろう。確かになんやかんやいって香花は誰からも親しまれる存在に見えた。
だがしかし、全員に対してそうであったかと言われれば、そうでもない気がする。四八目と話している時の香花と、市場の地人と話している時の香花、その素振りは同じように見えたが、お互いの距離感は四八目とのやりとりの方が近く感じた。
無表情な香花も相手との距離感は大切に保っているのだろう。しかし、ナナは自分と香花の間の距離が偉く短く思えた。まるで初めから壁がないかのように。
香花さんはどうして初対面の私に凄い優しいのだろう。そんな疑問がナナの中で生まれた。
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