第18話 「サジャラの罪」
「ばかな……!」
修道院長の声が、ほんの少しだが上ずって聞こえた。イグネイはリボンに書かれた名前がみんなによく見えるよう、両手でかかげてみせた。
「ひとの書く文字というのは、クセがあります。だれひとり、まったく同じ文字を書くことはできません。
つまり修道院長、あなたが日々書かれている文字と、この『秘密』の瓶の名前を比べれば、誰が書いたかは一目瞭然なのです」
副官がおそるおそる尋ねた。
「——
イグネイは鋭い視線を修道院長に向けたまま、言った。
「副官、詳細はあとで説明する。とりあえずその矢を抜いて、血止めをしてくれ。
彼女は、大切な証人だ」
有能な副官は、上官たるイグネイが『証人』といった以上、何らかの裁判になるということも理解した。たとえ相手が魔物であっても。
すぐさま、部下に指示をしてサジャラの背から矢を引き抜き、入念な血止めをした。身体に刺さった矢は、引き抜いた後すぐに血止めをしないとかえって出血がひどくなることもある。瞬時に処置することが大切だ。
イグネイは血止めが終わるのを見とどけて、修道院長をつめたく見た。
「さて、修道院長。
あなたがご存じのように俺はこの二日、『聖なる森』の奥にいた。正確には、告解後の秘密をおさめた瓶を管理する『庵』にいた。
修道院では、告解すると記憶も罪も預かってくれる。『秘密』は、この瓶にいれられて『聖なる森』の所定の場所に届けられる。その後は『番人』の仕事だ。『秘密』を預けた本人が死ぬまで、瓶を保管する。
その仕組みが、修道院が始まって以来もう二百年続いている、と言っていた。
そうですね、修道院長」
ざりっと、イグネイは修道院長に向かって、一歩進んだ。
「たしかに『庵』は古かった。建てられて百年以上たっているだろう。修道院が出来たころと同じ時期に作られたものかもしれない。
だが『秘密』をおさめた瓶は、せいぜいこの十年のものだ。それが、俺は不思議でたまらなかった。
『番人』に聞いたら、秘密を告解した本人が死ねば『秘密』も死ぬから古いものはないと言った。どんどん入れ替わる『秘密』を管理するのが、自分の仕事だもと言っていた。
だれが、魔物にそんなことを命じたんだろう?」
修道院長は、もう何も答えなかった。巨体の修道士は、混乱した顔で倒れたサジャラを見ている。
イグネイの声が、冷たくなった。
「なあ、修道院長。
秘密を永遠に守るのに、一番いい方法を知っているか?
秘密を、秘密の持ち主本人に管理させることだ。
『番人』の秘密を『番人』自身に封印させ、森の奥にしまっておくのが安全な方法だ。
ちがうかな?」
「魔物に――ひみつはない」
ささやくように修道院長はいった。そこへイグネイの声が逃げ道をふさぐように、かぶさった。
「そう、魔物なら秘密はない。だがサジャラは、ただの人間だ。
この十年、自分では知らずに森の奥に幽閉されていた少女だ」
「ゆうへい? この魔物――少女の持っていた秘密とは……?」
副官が尋ねる。イグネイは視線を修道院長からはずさずに答えた。
「村を襲った、盗賊団を見たんだ」
「盗賊?」
「十年前、誰かが村に盗賊を引き入れたんだ。おかげで村は丸焼け。村人は何人も殺され、貴重な財産が盗まれた。
サジャラは、そのとき村にいた。今の年齢から逆算して、五~六歳くらいだったんだろう。
とても小さかったから地下氷室にかくれた。そして盗賊と引き入れた人間の、足をみたんだ。
足だけを、見た。顔は見ていない。
なのに、誰かに強要されて嘘の告発をしてしまった。
『犯人の顔を見ていません』と、言えなかったために」
そのとき巨大な修道士の悲鳴が上がった。
「足!? 見たのは足だけ! まさか、まさかまさか」
修道士は振りかえり、修道院長の足元にはいつくばった。
「あのとき、サジャラが俺の顔を見分けたと言ったじゃないか。だから俺の代わりにひつじ番がやったことにしようって。
あの時、そう言ったじゃないか、父さん!」
しん、と森じゅうが静まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます