俺の次元の壁を越えた冒険

@K1950I

第1話 出会い

 俺は、懐中電灯を照らしながら、裏山をゆっくりと登っていた。そこは家から急な登りで、200mほどで尾根になっている。樹木は生えているが、あまり大きい木はなく雑木であり、登っている道はその雑木の林を縫って刻まれている獣道である。


 それに気づいたのは、見ていたネットを閉じて寝ようとした時間で、時計をみると10時過ぎであった。バリバリ、ズーンという裏山方面からの音に、立ち上がって窓から裏山の方を見た。

 目に入ったのは、裏山の尾根の向こうだろう、光がぼんやりと浮いている。何かが落ちた?しかし、ヘリとか飛行機とかが飛んでいた音は聞こえなかった。


 俺は迷ったが、思い切って出かけることにした。火事だったら大変だし、もし飛行機みたいなもので事故っていれば放っておくわけにはいかない。その30度以上の斜面は、子供の頃は平気で登っていたが、持病があって69歳の俺にはなかなか辛い登りであった。


 ようやく尾根を越えると、半月のぼんやりした暗闇の中に、ちかちか明かりが見えた。それは明らかに火ではなく、ぼんやり乳白色に光る人工のものであった。そして、尾根から100mほど下ったなだらかな斜面の雑木のなかに、暗い色の流線形のものが横たわっており、それがぼんやりと光を放っているのだ。


 その長さは7〜8m位で、ずんぐりした滑らかな流線形の円筒部の幅は2.5m、高さは2m位か。継ぎ目らしきものは見えず、滑な表面であり、翼や窓らしいものは見えない。


 しかし、近くに寄ると、その滑らかな表面に大きな傷が刻まれており、穴も開いているようだが、どう見てもなぎ倒されている木によって傷ついたようには見えない。 

 ぐるりと、懐中電灯で照らしながら、その飛行機の胴体のようなものの周りをまわって見る。その表面の材質は樹脂であるのか、暗褐色のその色は塗料を塗っているようには見えない。


 そして、破れ目のその物質は中まで同じ色なのでますます樹脂のようだが、ちょっと触ってみても多少熱を持っているそれは非常に丈夫なもののようだ。それで、結局それは異星人の宇宙船だったのよ。

 

 どうも、地球を見つけて興奮したらしく、うっかり操作を誤って異物探査機を切ってしまったところに、地球から打ち上げられた人工衛星にぶつかってしまったらしい。本当は異物を見つけると、機が反応して避けるらしいのだがね。


 この場合は相対速度が大きくて宇宙機が中波してしまった。そのため、コントロールを失って地上に落ちたが、流石に自由落下ということはなかったものの、結構激しく地上に突っ込んだらしい。


 それで、パイロットのゲゲラムは、全身打撲でしかも頭を打って気を失なってしまったというわけだ。ゲゲラムはどうも爬虫類から進化したらしく、生白い肌に大きな口と穴だけの鼻とカエルみたいな目であるが、なにか愛嬌がある顔だった。

 ただ、それは気絶から覚めての話で最初に見た時には、その目は閉じられていた。身長は120cm位でずんぐりしており、全身にぴったりした艶のある服を着ていた。


 俺は、じっくりと機体を間近で見て、ドアらしきかすかな切れ目を見つけて、その横にスイッチらしき窪みに触ることでドアを開いて中に入ることができた。どうも、ゲゲラムが出ていくつもりで必死にロックを解いたらしい。入った中は、ぼんやりした明かりであったが十分に明るい。


 彼(?)はパイロット席でベルトにより固定されて気を失っていたわけであるが、見ようによってはそれは結構不気味なはずだが、全く怖いとは感じなかった。俺としては、どうするか迷ったがとりあえず、体をゆすって見た。疫学的な危険があるので、直接触るのはなるべく避け、息もかからないようにした。


 もっとも、そんな機体内は危険な菌・ビールスは根絶されるのでそのようこころ使いは不要であった。彼(?)は、ゆする位のことで簡単に起きることはなかった。 

 しかし、暫くの間断続的に繰り返したところ、相手はうっすらと目を開けた。彼(?)は少し身動きしたが苦しそうな表情だった。


『た、たのむ、薬を取ってくれ』

 頭に明瞭な考えが現れた。


『ほう、念話だな』

 俺は思った。


『薬?どこだ』

 通じるかなと思いながら、相手に語りかけるつもりで考える。


『おお、ありがたい。その君の後ろの3番目の引き出しだ、それを一度押し込むと開くはずだ』苦しみながら伝えてくる指示に、振り返ると切れ目がかすかに見える引き出しの列らしき棚があった。


 その中から指示通りの薬らしきアンプルの中の液体を、これまた指示に従って身動きのできない相手が開けた口に流し込む。ゲゲラムはそれでも2〜3分ほどは荒い息をしていたが、やがて顔が青みがかっていた顔色が赤みかかって、5分ほどで椅子に上半身を起こした。


 そのことに、ゲゲラムは大層感謝してくれた。彼は、すぐに壊れたものと同じ無人の上陸艇を呼び出して、私を誘って母船に連れ帰った。これは、彼が私の死病のことを念話によって知ったためだ。

 そして、母船で彼は私の体を作りかえてくれた。その母船にはゲゲラムと同じようなもの達がいたが、彼は紹介することもなく、自分の行動を誰かに説明する様子もなかったので、それなりの権限を持っていたのだろう。


『どうせ、君は係累もほとんどいないようだし、見かけが大きく変わっても良いだろう。だから若くしておいたし、すこし性能は上げておいたよ。精々人生を楽しんでくれ』

 そう言った念話が彼の最後の言葉だった。


 俺が家に帰ったのは、2日後の朝であったが、どのみち俺は親から引き継いだG県の田舎の廃屋に近い家で一人暮らしだ。ガンで半年ほどしか保たないのは、近所には知らせていて、構わないように言っているから、例え1月以上居なくなっても誰も気にしない。


 体が軽くなったのはすぐ気がついたので、俺は真っ先に母の残した大鏡の前に短パン1枚で立ってみた。見返す像は身長は同じ175cm位で、体つきと顔つきは20代の初めの大学生の頃に近いが、より引き締まって腹筋は割れている。

 顔も締まっていて目つきも鋭いような気がする。体重は先ほど計ったら70kgであった。


 さて、戸籍をどうするか。この状態で三嶋健司69歳として通るわけはない。この際は、三嶋健司は抹殺して新たな戸籍を手に入れるしかないだろう。しかし、それより前に、この体の性能チェックだ。


 俺は、初夏の季節も考えて、いつも散歩に使うスニーカーを履いてTシャツと短パンをつけて、まずは1㎞ほど先の橋までの町道を走ってみた。少し歩いて感じていたが、驚くほど体が軽い。軽く走って、体の軽さに夢中になってその荒れたアスファルト道を全力で走り始めた。


 橋に着いた時には、流石に多少は息が切れたがまだまだ走れる。感触として高校時代ラグビーをやっていた時よりはるかに早い気がしているし、一歩が明らかにはるかに大きい。


 止まったところで、次に櫻の枝をめがけて跳んでみた。跳んで見て驚いたのは、届く自信のなかった高さの枝に体が突っ込んだのだ。学生時代の垂直跳びの記録は80cm位だったが、明らかにその2倍以上は跳んでいる。次に立ち幅跳びを跳んでみた。やはりこれも、身長ほども跳び上がり4m近いのではないか。


 性能を上げておいたって?この体なら世界記録でも出せるぞ。しかし、これは使いようがない能力だ。仮に裏で買ったような戸籍を持っていたら、目立ったらたちまちばれる。

 しかし、少し前までのしょっちゅう痛みが襲ってくるガンで半年の命の体に比べると、文句を言うのはばちがあたるというものだ。それに、ゲゲラムが匂わせていたように頭の働きも至極良さそうだ。


 おれは居間にしている台所の、テーブルに備えた椅子に座って真剣に考えたよ。

 基本的には、今の状態で知り合いには会えないので、近所に挨拶もなくそのまま消えてしまうしかない。親から引き継いだ財産は、家屋敷、田畑と小さな山林である。

 このうち、家は負の資産であるが、田畑は3反ほどあるので、合計すればマイナスにはならないだろう。


 しかし、三嶋健司は死亡の確認ができないので、行方不明になるが、そのまま資産を放置すると、近所や地元の役所の大きな迷惑になる。だから、誰かに譲る手続きをして迷惑にはならないようにしなければならない。


 俺自身は預金が1千万円ほどあるので、数年は暮らしていける。ただ、戸籍がないと部屋を借りることもできないし職にもつけない。だから、ここから消えるにしても、最初にしなければならないのは戸籍の獲得だが、買うなど後ろ暗いことをすれば、目立つことはできなくなる。


 つまり、社会の片隅でひっそりと暮らすことになり、それは、折角の高い能力が意味をなさない。そこをどうするか。一つには海外に行って、日本人の父に置きざりにされた孤児ということで、誰かの養子にしてもらう手を考えた。養子にしてもらう相手は思い浮かぶが、パスポートが使えないので海外には行けない。


 ネットで調べると、無国籍者にも救済の道はあるらしいが、なぜ無国籍になったかという説明が必要であるが、それが難しい。

 よく考えると、若返っただけで本人には違いはないから、本人で通せれば最善であるが、実年齢と見かけがあまりに違うことは大きな問題になるだろう。


 生体認証にしている銀行のカードは使えるが、外見を見比べられると本人とは認識して貰えない。だから、運転免許証やパスポートは実質無効になってしまい本人の確認ができないし、人に会うこともできない。


 そう言えば、ゲゲラムがくれたものがあったが、それで何とかならないか。彼(?)は、それをくれた時にこんなことを言っていた。

『ちょっとサービスのし過ぎだけど、いいものをあげるよ。これに念話で呼びかけたら今と同様に念話で応えるよ。君がこれらをどう使って生きていくか、そしてこの星がそれでどうなるか、楽しみだ』


 そして、貰ったのがこれだ。それはひと時代前のウォークマンのような形と大きさのもので、掌に載せると重さも同じくらいだ。

 ストラップなどは付いていないが『君が例えば腰に下げると思えばそうなるし、頭の上に載せると思えばそうなる。人がそれを認識できないようにすることも君がそう望めば可能だ』そのように説明された。


 全くその通りで、俺が言われるままに腰に下げる形で持つと考えると、全く異物感がなく腰にくっついた位置に留まっているし、重さもそこにあるという程度で掌に載せたほどの重さは感じない。


 それを俺は、玄関の棚に置いていたのを思い出して取りに行こうとして、気がついたらすでに腰にあった。驚いたよ。それを外して、今度は居間にしている台所のテーブルの上におき、次の間の座敷に行って『来い』と頭で思ったらまた腰にあった。

これは思ったよりすごいものだ。おれは声に出さずに聞いたよ。


『お前の役割りは何だ、いや何ができるのか?』


『私は、あなたの執事です。あなたに寄り添って、与えられた能力やものの活用の手助けをする役割りです。そして、あなたはその活用のためには意力を用いる必要がありますが、あなたには十分な意力がありませんので、その増幅も私が行っています。

 いずれにせよ、その意力の使い方、お持ちの知識、機器の使い方をマスターするために暫く訓練して頂く必要があります』

 俺の頭に返って来た答えだ。


 これはもう聞き倒すしかない。俺は真剣になって、その後連続で20時間、ありあわせの物を食いながら、聞いて試し、さらに聞いて試した。漸く自分が与えられたものと能力の輪郭が判ったところで、流石に若く頑丈な体も疲れ果てて、布団にもぐって爆睡し16時間も寝てしまった。


 俺は、老人の俺が住んでいた家に若い俺がいるのは怪しまれると思い、すぐに名古屋か東京に出ていくつもりだった。しかし、一番近い民家が1㎞以上離れている今の環境は、訓練と与えられたものの機能の確認に最適だ。


 そして、俺の能力は他人に認識障害をかけることもできるということも判ったので、ここに居座ることに何の問題もない。だから、俺は2ヶ月間バトラの指導の下に頑張ったよ。ちなみに俺の執事と自称する『存在』にいつまでもお前はないだろう、ということで英語のバトラーからバトラいう名にした。


 最初はバットにしようと思ったが、『悪い』という意味のある言葉はちょっとあんまりだと思って変えたのだが、バトラは名がついたことを喜んでいると思う。少なくとも俺は呼びやすい。


 その中で、俺が気になったのはバトラの動力だ。自分が稼働するのみならず、俺の意力の増幅までするのに相当な動力が必要であると思ったのだ。しかし、バトラの返事では、あいつが言うには動力や、諸々の機器類は異次元に置いており、必要な時、必要なだけ引き出せるらしい。


『さて、ケンジ。当面君が困らない君の資産と能力についてはとりあえず必要な知識の取得と、引き出す方法の訓練・勉強は終わった。もちろん君も判っているように、まだまだ十分とは言えないけれど、後はだんだんに実践の中で上げていくしかない。まあ、君がまだここに居るというのなら、それはそれで良いがね』


 バトラがそう言ったのは、暑い季節が過ぎ、標高600mの俺の家ではすでに秋の匂いがし始めた頃であった。ちなみに資産というのは、ゲゲラムが俺に与えるということで、バトラが管理している異次元倉庫に入れたもののことである。


 俺はそのリストとそれぞれの機能を知ったときは『ゲゲラムの奴、何を考えているのか!』と頭を抱えたものだ。しかし、冷静にその内容を吟味すると、直接的に武器になるようなものはなく、それなりに考えられているのかなと思ったものだ。


 バトラの言葉、実際は念話だが、それを聞いた時の俺の答えは決まっていた。

「わかった。では、当面東京に行こう。これだけのものを与えられて、ここに引っ込んでいるなら、全く意味がないからな。ゲゲラムを失望させてしまう」

 俺はそのように言葉に出して言った。

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