第18話
※
ふっと俺は回想から我に帰った。
俺が尻餅をついている間によぎった記憶は、ざっとこんなところだ。
目の前では、和也が何やら大声で喚き散らしていて、それを髙明が必死に取り押さえているといった状況だ。
当時、和也の家族は三人。すなわち和也とその両親。
その自宅の焼け跡から二人の遺体が見つかったということは、和也の両親が犠牲になったということに他ならない。
和也はあの廃病院で生徒手帳を紛失していた。きっとそれを敵が回収し、報復のために和也の家に放火したのだろう。予想の範疇を出ないが、俺たちはその可能性が高いと睨んでいる。
あのニュースを見た後、和也に寄り添ってやっていたのが葉月だった。姉弟と言ってもいいくらいの年齢の二人。葉月にそんな気はないにしても、和也が葉月に好意を抱いてしまったのは必然だったのかもしれない。
しかし、と俺は考える。
さっき和也は、自分だって葉月のことが好きなのだと言った。自分『だって』と。
ということは、他にも葉月を好いている人間が近くにいるということだ。
まさか、俺のことだろうか?
真っ先にそう思ってしまったことが何よりの証拠だ。
もしこのまま葉月が命を落としてしまったら、俺はどうなるのだろう。今の和也以上に暴れ狂うだろうか? 心にぽっかり穴が空いて、廃人のようになるだろうか? はたまた後追い自殺でもするだろうか?
そのいずれもが、葉月には望まざることであるようにも思われるのだが。
俺はゆっくりと腰を上げ、髙明と取っ組み合いをしている和也の下へ歩み寄った。
「わっ、馬鹿! 剣矢、今の和也には近づくな!」
「いいんだ。和也は葉月のために怒っていて、俺をぶん殴り足りないんだろう? 思う存分殴らせてやった方がフェアってもんさ」
「剣矢、お前、一体何を言って……?」
髙明が呆気に取られ、脱力した瞬間。
その期を狙って、和也は俺に向かって大きく一歩踏み出した。
「剣矢あぁあ!!」
ドッ、と鈍い音を立てて、和也の拳が俺の胸板に捻じ込まれる。
俺はふっと息をついて、衝撃を受け流した。そっと和也の拳を握り込み、押し返す。
「もう終わりか、和也?」
一瞬、和也は虚を突かれた様子だった。まさか俺が、再び自分から殴ってみろと言い出すとは思わなかったのだろう。
しかし、俺は言った。少なくとも同じ意味合いのことは。
「う、うわあああっ!」
和也は左右の拳を交互に放ち、俺をサンドバックのように扱った。
「お、おい和也! 止めろ、剣矢は今――」
「いいんだ、ッ、髙明……」
呼吸を乱しながらも、俺は髙明に向かって掌を掲げてみせた。
「和也の怒りを受け止めるのは、葉月のためでもあるんだ……」
「そ、それは……」
髙明は頭の回転の速い奴だ。間違いなく、FG内部に三角関係が存在していることは把握している。
それでも流石に、和也が俺を殴ることが、葉月のためになるとは考えつかなかっただろう。
「はあ、はあ、はあ、はあ……」
息切れを起こしたのは、俺ではなく和也の方だ。
狙撃担当として白兵戦術を習得していなかった和也は、呆気なく体力を使い果たした。
言ってやりたいことはあった。お前の葉月に対する想いはそんなものなのか、とか。
だが、俺は口を噤んだまま、和也を見下ろすことしかしない。下手な挑発をして場を乱すことが、最善策だとは思えない。
「畜生! どいつもこいつも、僕を置いて先走って……! 葉月だってそうだ! いくら剣矢のことが好きだからって……!」
俺はちらりと髙明を一瞥した。驚いた様子はない。やはり察しはついていたのか。
「僕は許さないからな、剣矢! 君がもっと上手く戦うなり逃げるなりしていれば、葉月はあんな無茶をしなかったはずなんだ! 君がどこへ行っても、そしてそれが地獄の底だったとしても、僕はずっとへばりついて呪ってやるからな!」
その場で地団太を踏む和也。髙明は最早諦めの入った目で和也を見ている。
しかし。
「へばりついて、呪う……?」
その言葉に、俺の脳内の細胞が何らかの反応を起こした。
俺はふっと顔を上げ、和也のわきを通り抜けてずんずんと進んでいった。
「お、おい、剣矢?」
遠慮がちな髙明の声がしたが、俺はそれを無視。向かうはこの施設の重火器保管室だ。
へばりついて呪う、か。和也もたまにはいいことを言うものだ。
※
「おい剣矢、お前だってまだ寝てなきゃならないんじゃ……」
珍しく動揺の声を上げる髙明。だが、俺はそんなことに頓着しない。している暇はない。
そして重火器保管室で、俺は目的のものを発見した。
一つ目は携行用のグレネード・ランチャー。数日前に髙明が煙幕弾を装填して使用していたものだ。
もう一つは、その手前に置かれていた木箱に詰められていた。カラフルな蛍光粘着弾だ。
「何をやってるんだ、剣矢?」
「尚矢の着ていたパワードスーツ、やたらと排熱口があったよな」
「ああ、俺も目視で確認したが……」
「それを塞いでやるのさ」
「この装備でか?」
「ああ」
俺は無意識に喋りながら、手元で水色の蛍光粘着弾を眺めた。
「確かに、それを使えばパワードスーツは熱暴走を起こして駆動しなくなるだろうが……。しかしお前が眼帯を外しても、いつものように飛び跳ねるのは困難だぞ。敵が飛び道具を使わないとも限らない。現に葉月は撃たれたんだからな」
「だから、これはお前に任せたいんだ、髙明」
髙明は器用に片眉を上げてみせた。
「俺が? いや、危険なだけなら躊躇いはしねえが、お前はどうする?」
「尚矢を攪乱する」
「昨日と同じようなスタイルで戦うのか。勝算は増えるだろうが――」
「勝算?」
俺はわざと口角を上げて不敵な笑みを作ってみせた。
「そんなもん、百パーセントだ。でなけりゃ全員が死ぬ。俺もお前も、和也もな」
「ん……」
髙明は俯いて、自分の後頭部をとんとんと叩いた。
「一つ訊かせてくれ。今のお前を衝き動かしているのは一体何だ? お袋さんの仇に対する憎しみか? それとも葉月をあんな目に遭わせた後悔か?」
「知るかよ、そんなこと」
そう、俺にも分からない。
ただ一つ確かなのは、錐山尚矢をぶちのめし、抹殺することこそが、今の俺にとっての正義だということだ。
仮に肉親を殺したという罪悪感で、この身が押し潰されようとも、俺は『今』を信じる。それしか俺に与えられたものはないような気がするから。
※
翌日、午前十時半過ぎ。
遅い朝食をのろのろと口に運んでいた俺の耳に、ドクの声が飛び込んできた。
《あー、FGの諸君! 緊急事態だ。会議室に集まってくれ。今から五分以内》
俺の正面の椅子にちょこんと座っていたエレナも、何事かと首を傾げている。
俺は自分の手元を見下ろした。今日の朝食はカレーライス。もちろんエレナのお手製だ。
少しばかり目を伏せたエレナに向かい、俺はできるだけ快活そうに声をかけた。
「大丈夫だよ、せっかくエレナが作ってくれたカレーだ。残さず頂くよ」
エレナの前髪が影になって、その表情は窺えない。だが、少し肩を上下させたところを見るに、安心してくれた様子だ。
俺は食べるペースを上げ、カレーを綺麗に平らげ、ごちそうさまをした。そして最後にグラスの水を飲みほし、ぱん、と胸元を叩いてから席を立った。
会議室にいたのは、ドクと髙明に和也。俺が入室すると、エレナもとてとてと駆けてきた。
「よし、これで今出動できる人員は揃ったな」
葉月の意識はまだ戻っていないという。道理で和也がそわそわしているわけだ。
だがそれに気づかない様子で、あるいはそのふりをして、ドクは語り出した。
「先ほど傍受した音声だ。聞いてくれ」
ドクは自分の手に握らせた端末を掲げ、親指だけで操作した。
《フォレスト・グリーンの諸君、私は錐山尚矢だ。昨日は楽しませてもらった。早速で済まないが、用件を述べさせてもらう。昨日と同じ状況で、諸君らとの再戦を所望する。東京湾十三番埠頭にて、午後八時に開戦だ。条件は昨日と同じ。では、健闘を期待する》
「とのことだ」
そう言ってドクは端末を白衣のポケットに突っ込み、俺たちを見渡した。
「剣矢くんの語ってくれたところでは、確かに粘着弾を使った作戦は敵の盲点を突くことができるだろう。これ以上、私から述べることはない。ご武運を、だな。では、解散」
無言で皆が退室するのを見つめてから、俺はドクに声をかけた。
「ドク、昨夜お願いしたものは?」
「ああ、もちろん準備はしてある」
ドクが端末と反対のポケットに手を入れると、そこからごく短いアンプルが出てきた。数は二つだ。
「まだ試作段階だし、どんな副作用が出るか分からない。覚悟はいいんだね?」
「もちろんです。錐山尚矢を確実に仕留められるなら」
「ん……」
ドクが躊躇いがちに差し出した注射器を、俺は有難く受け取った。
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